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このパーティはヤベェ!

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 遠くで鴉が鳴いている。
 電信柱も舗装路もない剥き出しの野原が一面に広がっている。時折、ひゅうと肌寒い風が吹き抜けて、俺の髪をパサパサと揺らす。

 見上げた空は薄曇り。星は隠れそうだ。
 あれから意識を失った俺はあの金髪集団に運ばれ、交戦地帯より幾分か離れた此処で野営の準備を行っていた。後方ではあの悪役じみた中年達が簡易テントだろう設営に携わり、俺は焚き火の作成を任されていた。

 集めた掌大の石で浅めに掘った穴の周りを囲っていく。一度意識消失した所為か、現在、頭の中は靄が晴れたように鮮明だ。
 この肉体の持ち主はユニ・アーバレンスト。十七を迎えたばかりの一般冒険者だ。
 四十路前の佐竹紫は何処にもいない。

 因みに冒険者というのは魔物討伐・採集・配達・警護・賞金首の撃退等様々な仕事を熟す、言わば個人事業主のようなものらしい。
 が、冒険者にはそれぞれチェスの駒に似た階級もとい等級があり、下から順に白磁・銅・黒鉄・銀・金・白金・ミスラル・オリハルコン・アダマンタイト。

 このユニ少年は黒鉄に位置している。
 そして最後にこのコスプレじみた服装について。こちらは付与術師という職業制服、のようなものだ。
 付与術師とは、自己含む仲間への能力上昇や敵への妨害、戦場操作に特化した支援型の職業である。

「薪持ってきたよ」

 手元に影が差し、見上げるとあの金髪男が立っていた。年の頃は十代後半。凪いだ海のような、穏やかな微笑を浮かべ、手には言通り、焚き火用の薪を持っている。
 短く刈り揃えた、やや癖のある金髪は夕焼けの光を浴び、きらりと輝いている。逆光により翳った翡翠の瞳も宝石のように美しい。

 背は190を優に越えており、健康的な小麦色の肌。右頬の辺りに刀傷だろう傷跡が少々目立つ美青年だ。
 着衣は上下共に何かの動物の皮を鞣した、所謂レザーアーマーを纏っている。その右腰の部分にドッグタグのような黒鉄の薄い塊が小さく存在を主張しており、反対には細工は乏しいものの使い込まれた剣をさしていた。

 俺はぎこちない愛想笑いを浮かべる。
 彼はユニ少年の所属するパーティ、疾風迅雷の司令塔で、職業は素早さ特化の剣士だ。
 名前はレオンハルト――仲間内ではレオ――、性格の良い好青年で、このユニ少年の想い人であった。

 彼は邪魔にならない位置に薪を置き、俺の隣に腰を下ろした。ユニ自身は然程小柄でない方だが、レオと並ぶとより大小が際立つ。
 緊張か、ユニ少年の恋心か。情熱的なフラメンコの靴音のように心臓が忙しなく動く。
 そんな俺とは正反対にレオは薪を一つ手に取り、ナイフで樹皮を削り始めた。しゃっ、しゃっ、と小気味良い音が嫌に大きく響く。

「ねぇ、ユニ」
「ひゃいっ!」

 一段高い声が出た。
 瞬間、顔に熱が集中するが、彼は触れることなく話しを続ける。

「体調は良くなった?」
「あ、うん。もうばっちり」
「そっか」

 以降、居心地の悪い沈黙が流れ、ユニ少年の胃が、しくしくと痛みを訴え始める
 十代の少年と三十路のおじさんが同化してるとか心底どうかしてるが、それ以上に目下、レオ青年への対応に困っていた。

「あのさ」
「はっ、はい!」
「そんなに身構えなくていいよ」
「……ごめん」
「あ~……責めてるわけでもないから。それよりあの時、本当にゴブリンに何かされたりしてない?」
「さ、されてない。されてないよ」

 まさか仲間が三十路のおっさんと同化し、あの消失した画面曰くユニ少年は当て馬キャラなる存在で、ここはBLゲームの世界で、隣のレオ青年はそのBLゲームBindのパッケージに載っていた六人の内の一人に似てて、更にその声は俺の元彼の声そのまんまで困惑してるんです――なんて口が裂けても言えない。

「そっか。じゃあ一つだけ約束してもらっていいかな」
「約束?」
「ユニがもし一人で抱えきれなかったり、不安を覚える事があったらその時は俺や皆に遠慮なく話してほしいんだ」
「そ、だね。その時はちゃんと言うね」

 なんて優しい人なのだろう。
 こんな彼が、いやこの世界を構成するもの全てがプログラミングされたデータなのか、俄には信じ難い。
 だってユニ少年にも記憶があるのだ。生まれてから今日まで。楽しいこと、辛いこと、悲しいこと、幸せだったこと……人間として当たり前の感情が確かに存在しているのだ。

「……あ」

 きゅるる、とユニの腹が鳴る。羞恥もあるが、やはり生きているのだと実感出来る。

「俺もお腹空いたな」
「あはは。なら急いで作らないとね」
「今日は何を作るの?」
「何って……いつもと同じだよ」

 一瞬、俺が作るのかと疑問を覚えたがユニの記憶では常に彼が担当していたようだ。
 干し肉の赤ワイン煮と聞いたレオが満面の笑みを浮かべる。

「ユニの作るご飯はどれも美味しいから俺は好きだよ」
「っ、そっか」

 脳裏にアイツの姿が過る。
 『俺は紫の飯が一番好きだよ』
 そう言いながらクリスマスに浮気しやがったアイツの顔が――。
 胸が痛い。

「あ、ゴブリンの耳の処理しないと」
「え」

 何やら底の黒ずんだ皮袋を取り出したレオは、当たり前のようにその口を開き、下へひっくり返す。次いで重力に従い、幾つもの小さな耳が落ちてくる。人型の耳だ。
 俺は寸での所で悲鳴を飲み込んだ。
 耳は全てゴブリンのものだった。

 レオの名誉の為に言っておくが、決して彼が熱狂的なイヤーコレクターではなく、これが討伐証明として必要な部位だからだ。
 各地域、国に点在する冒険者支部に提出することで数に応じて報奨金が出る。冒険者にとって、これは立派な飯のタネだった。
 そうこうしていると、レオはまるで干し柿でも作るかのように魔物の耳に穴を開け、紐に通していく。とてもグロい。

「ん? どうかした?」
「う、ううん。結構取れたね」

 発した声は少しだけ震えていた。
 ユニ少年はグロテスク耐性があったようだが、俺はその耐性値がほぼ零である。なのでなるたけ視界に入れないよう意識して、完成した焚き火兼竃で夕餉の支度に取りかかる。



 *・*・*




 曇り夜空の隙間から二つの三日月が覘く頃、俺達は食事を始めた。
 仲間が〆た鶏肉と干し肉を赤ワインで煮たものが椀の中で湯気をたてる。膝の上にはソテーした鶏肉のチーズを乗せたライ麦パンと袋の中で砕けて歪な形となったナッツ。それら三つが今晩のメニューだ。

 俺は自分の椀に口をつける。
 少量の調味料で調えた雑な赤ワイン煮。正直不味くはないが旨くもない、微妙な味だ。
 横目に仲間達を窺うと、ヴァイキングもといラムの隣に座る昭和の悪役レスラーを彷彿とさせる男と目が合った。
 彼の名はグノー。
 彼も疾風迅雷のメンバーで、独特な発語が印象的な中年男性である。

「どうしタ、ユニ」
「あのさ、今日の味つけ大丈夫だった?」
「いつも通り旨いゾ」
「そっか。それなら良いんだ」

 ほっと胸を撫で下ろす。ユニの記憶手順の他に俺個人の好みを優先してみたが、無事彼等の許容範囲内だったようだ。
 焚き火の中で火の粉が爆ぜる。
 食事の合間に雑談を交わしながら、記憶の中の彼等と俺の印象とを結びつける。

「しかし最近魔物の数が増えてるような気がしねえか」
「それはオレも思っていタ」
「確かに。けどまだ繁殖期までは二カ月近く先な筈だよね」
「つってもあくまで目安だろ。ま、こっちとしちゃ稼ぎが増えるから存外悪いもんでもねえけどよ」
「けどあんまり一度に来られるのは遠慮したいかな。特にゴブリン」
「あ~……うん」

 大量の亜人を想像して苦笑いを溢す。
 どう足掻いてもサイコロジカル・ホラーだ。ちょっと、いやかなり出会したくない。

「そうだ。明日は街に帰還する予定だけど、見張り番はいつも通りで構わない?」
「異議無し」
「右に同じク」
「ユニは……うん。じゃあ俺とユニが先で二人は後で」
「了解」

 因みに見張り番とは、火の番兼魔物の襲撃警戒当番を指す。現代の整備されたキャンプ場とは異なり、ファンタジー色溢れるこの世界の野宿は、冬眠前の熊がいる山でキャンプしているようなもの。多くの冒険者パーティや行商達はこうして交互に見張りを行い、夜を明かすのだ。

「そうと決まれバ。ラム!」
「おう!」

 そう言うと二人は食事をかっこみ、仲良くテントの中へ消えていく。正直、食後直ぐの睡眠は褒められたものではないが、危険と隣り合わせな冒険者にはやむを得ないことなのだろう――そう思っていた時期が、俺にもありました。


 ぐちゅ、ぬちゅ、ぬぽっ。
 二人が消えて数十分、簡易テントの内側から聞き覚えのある水音が鳴り始めた。

「ぐ、ぉ、おぉっ、そこ、そこぉ!」

 重なる声はグノーのもの。
 何をしているのか察した俺は思わず椀を落としそうになった。

「今日も激しそうだねぇ」

 田舎のご近所さんが世間話を振るかのようなトーンでレオがしみじみと呟く。
 そう。今、後方の寝床では中年二人による性交が始まろうとしていた。次第に薪の弾ける音を掻き消して、皮膚と皮膚のぶつかり合う音と、俗に言う汚喘ぎんほぉ系が、夜の空間に大音量で響く。

「……ユニ。やっぱり食欲ない?」
「あ、ううん。大丈夫」

 固まった俺にレオが優しく寄り添う。
 前門に恋人の声そっくりのユニの想い人、後門にBGM『汚喘ぎんほぉ』再生中のデキてる中年二人。
 シチュエーションが最悪すぎて泣けばいいのか、怒ればいいのか、ショックを受ければいいのか。情緒がジェットコースターだ。

「ぉ゛っ、おぉんっ、ぐっ、んひぃぃい」

 転職しよう。
 俺は強くそう思った。
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