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これはデートではありません!

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 目を開けると美形であった。
 天井を背にした若い男。それは少々不明瞭ではあったが、見た者に親近感を与える笑みだ。軈てその輪郭が露わになり、鮮やかな金髪碧眼が視界に映る。
 一瞬にして思考がクリアになる。
 金髪碧眼もといレオは僅かに驚き、おはようとはにかんだ。
 ……と川端康成風に表現を真似てみたが、要約すると寝起きにイケメンは心臓に悪いね!である。
 ぎこちなく挨拶を返すと、彼からコップが一つ差し出される。受け取ったそれは生温い水だった。喉に流すとあっという間に五臓六腑に染み渡る。
 嗄れた感謝の声音に、元彼と情事を終えた朝が過る。腰と股関節が悲鳴をあげ、心は満たされていたあの朝を――。

「……ユニ?」
「へ、あ、ごめ――っ!」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃に俺は目を見開く。そこには鎧のない、アメリカンスリーブに似たものを着用したレオがいた。
 控えめに言ってとてもエロい。

「っ、何でもない。それより俺」

 慌てて周りを見渡す。

「あ、メモ帳とペンなら机の上に置いといたよ」
「!? もしかして読んだり」
「ごめん。見たけど俺には読めなかった。あれって付与術師に伝わる言語?」
「あ、まぁそんなとこ」

 念の為、日本語版続け字で書いておいて良かった。

「そうだ。さっきそれ貰いに行った時、グノー達と出会したんだけど、二人とも今日は入荷予定の品が入るから防具屋に見に行くって出掛けていった」
「そうなんだ」
「ユニは予定ある?」
「あ~……具体的にはまだ。その辺ぶらついてあとは減った道具の補充くらい?」
「そっか。あ、俺にも一口ちょうだい」
「え」

 ごく自然な動作で、レオは俺から掠め取ったコップに口をつける。嚥下の度に動くその喉仏に目が奪われる。 

「っ。俺の水!」
「ごめんごめん。でも全部飲んでないから」

 残り三分の一程になって帰ってきたコップ。冒険の際には仲間内で皮袋の水やワインを廻し飲みしているのに、今は心臓が騒がしい。恐らく紫ではないユニの部分が強くそうさせているのだろう。多分きっとそうだ。
 俺は誤魔化すように話題を変える。

「レオは?」
「俺? うーん、ユニに予定がないなら連れて行きたい場所があったんだけど一緒に行ってもいい?」
「何処なの?」
「それは秘密」

 正直あまり気は進まないが、断りかけた途端、悄気るレオに負けて了承してしまった俺はやはり意志が弱い。

「やった。あ、でもユニの用事が終わってからでいいからね」

 その姿に、これから散歩に行くゴールデンレトリバーを連想してちょっとだけ笑ってしまう。

「やっと笑ってくれた!」
「?」
「やっぱりユニはそうやって笑ってる方が可愛いくて俺は好き」
「ごふっ、」

 不意の一撃に、飲みかけた水が違う所に入った。

「ゲホッ。レオ。男にそう言う事を、言うんじゃない」
「グノー達は普通に言い合ってるけど?」
「アレは基準にしたら駄目!」

 本気で解ってなさそうな彼に今度は頭を抱える。

「兎に角、今みたいな事は挨拶みたいに軽々しく言ったりしない。特に他人には!」
「うーん。よく解らないけど解った。けど、さっきのはちゃんと俺の本心だよ」
「いやだからっ……うん、もういいや。着替える」


 最初に向かった先は市場通りだ。
 皇都の市場通りと聞いて、現代日本的に築地や横浜等の代表地を連想してしまうかもしれないが、そこは例えるなら蚤の市だった。
 道の端全体に肉・魚・果物などの食料品から骨董、宝飾といったありとあらゆる屋台が所狭しと犇めき、辺りは誰のものか判別つかない客引きの声と活気に満ちている。
 行き交う人々は時折足を止めては値引き交渉に勤しんだり、冷やかしにと様々だ。
 かく言う俺達も流れに乗り、覗いては足を動かすを繰り返す。補充はいつもの店で、此処で特別欲しい物は無い。
 立ち寄った理由は、ただ単に気晴らしとこの国の物価と景気を見たかったから。
 相手の身なり、顔色、購入数。転職する上で便利ツールのないこの世界ではどうしたって足と目で直接情報を得なくてはならない。
 ふと傍らを見上げると、市民と同じような軽装に帯刀しただけのレオが、テーマパークに訪れた子供のように瞳を輝かせる。
 
「そんなに心踊るもの?」
「踊る踊る。人が一杯いるのは楽しいし安心する」

 人酔いしやすい俺には解らない感覚だ。
 すると何かを発見したらしいレオが小走りで駆けていく。止まった場所は二店舗離れたサンドイッチの屋台だ。
 そういえば着替えて直ぐ宿を出て、朝食を食べていなかった。

「おじさん、それ二つ」
「あいよ」

 ねじり鉢巻きの似合う中年男性の手には、具がぎっしり詰まったサンドイッチがあった。作業台には作り途中の焼いた鶏肉とパン、瓶に入ったマスタードが置かれている。
 近付くと肉の他に胡椒のきいたマスタードの香りがツンとした。

「はい。ユニの分」
「あ、りがと。幾ら?」
「いいよ。俺の奢り」
「……ありがと」
「どういたしまして。食べよう」

 促されるまま齧りつくと、やはり匂い同様少しだけ辛かったが、味自体は悪くない。
 溢さないよう、ちびちび食べる俺に対し、レオは大口を開けて豪快に齧りつく。

「ふん、ふまい!」
「慌てて食べると喉に詰まるよ」

 アイツにない無邪気さか、はたまた周囲の喧騒効果か。ずっと感じていた気まずさは今はなりを潜めていた。
 それどころか俺は無意識に彼の口元についたソースを拭ってしまう。

「あ」

 やってしまったと思うがもう遅い。
 流れる何とも言えない空気。どう切り抜けるべきか、思案した刹那、同じく面を喰らっていたレオが先に動く。もの凄く咽せたのだ。

「ゴホッ、ゲッホ」
「今飲み物買ってくるから待ってて!」

 慌てて目についた果実水を買い、レオに押しつける。1,5リットルはあろうジュースだったが、まあいいだろう。
 彼は一気に流し込み、ふぅと息を吐く。

「生き返ったぁ」
「なんかごめんね」
「いい、いい。俺が勝手に咽せただけだから。それよりユニ、ジュース幾らだった?」
「900。詫びだから返さなくていいよ」
「そういう訳には、じゃあ二人で半分こしよう」

 はい、と渡されたそれはずっしり重い。
 その太陽な笑顔に押され、仕方なくストローに口をつける。

「……あ、意外とさっぱりしてる」
「そ。見た目はドロっとしてるのにね。けど飲みやすくて俺は好きだよ」
「俺も好きかも。――レオ?」
「あ、いや、なんでもない」

 何故かレオの頬がほんのり赤い気がするが、きっと穴違いを起こした時に体温が上がったのだろう。

「ところで此処では何買うの?」
「これといっては決めてないよ。ただの暇つぶし、みたいなもんだし。レオが俺に見せたいものが急ぎならそっち行く?」
「出来れば俺は夕方辺りがいいかな」
「了解、わっ!」

 前の方で、突然方向転換した客を避けようとして蹌踉めきかけた矢先――

「危ないっ!」

 横からの強い力により俺は転倒を免れた。
 代わりに――。

「大丈夫か、ユニ」
「あ、うん。大丈夫」

 大きな手に肩を抱かれ、レオに寄り掛かる形になっていた。気付いた瞬間、今日一番の不整脈に襲われる。

「――あの、レオ。もう、大丈夫だから」
「すっ、すまない!」
「兄ちゃん達。そこでイチャつくのは商売の邪魔だし、危ねぇぞ」
「イチャ!?」

 屋台のおっさんに指摘され、俺は陸に打ち上げられた魚のように口を開閉する。レオは……大体同じだった。

「ユニ、行こう」
「うっ、うん」

 その後、俺達は微妙な空気を放ったまま、レオ案内の夕暮れの丘まで行き、微妙な空気を継続して宿に帰還した。
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