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序
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「リシェンヌとの婚約は破棄だ!」
その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌはめまいを覚えた。
八歳から十年続いた婚約者との縁が、今、終わろうとしている。
リシェンヌは声すら出せず、必死に遠のく意識を引き留めようと頑張っていたが、その間にも話は進んでいく。
「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」
有無を言わさず、第三王子ヴィクトルが宣言した。
宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。
「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」
まったく悪びれもしないロレッタの声が呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。
その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。
まただ……。
リシェンヌは絶望の中で思う。
彼女は妹が生まれた瞬間から、奪われ続けてきた。
最初に奪われたのは、両親だ。
妹のロレッタが生まれたとき、母親は体調を崩してしまった。
公爵という高位貴族であれば、婦人であっても多くの公務が存在している。出産という身体に負担がかかる大仕事の後であっても、それほど間を開けずに復帰するのが通例となっていた。
当然ながら産んだ赤子の世話をする時間が取れるはずもなく、すぐに引き離されて乳母が育てることになるのだ。
もちろんリシェンヌも出産後すぐに引き離され、乳母によって育てられたのだった。
しかし、リシェンヌの妹は出産後に母親が体調を崩したことで、引き離されることはなかった。
せめて体調が戻るまでの間だけでもと母親が望み、同じ部屋で世話をされることになったからだった。
睡眠が邪魔されないようにと眠る間は別室に移動させられたが、それ以外はずっと一緒だった。
そんな状況で、母親が妹のロレッタに深い愛情を感じないわけがない。
体調が戻った後も母親は頻繁に妹の面倒を見るようになり、自室でできる事務的な仕事の時は目の届く範囲にいさせるようにした。
リシェンヌの父親もまた、母親がロレッタに向ける優しい視線から興味を持ったようで、ロレッタのことを構うようになった。
リシェンヌの時は、生まれた直後こそ顔を見に行ったものの、その後は放置していたのにかかわらず、その妹のロレッタとは遊び相手になるほど執心した。
気付けば、両親と妹という仲むつましい家族が完成していた。
リシェンヌはその中に入っていなかった……。
母親からすれば産後すぐに乳母に預けられ、気付いたら育っていた子供だ。確かに実の子だが、母親はロレッタのような純粋な愛情を感じられなかった。
父親は言うに及ばない。ロレッタに対して愛情を感じたのが例外でしかない。元々彼は、子供を愛情の対象だとは考えてはいなかった。
リシェンヌに対して両親はあくまで親でしかなく、その対応は事務的でしかなかった。
リシェンヌは家を発展させるための駒だ。
他家と縁を結ばせ、領地を継がせるだけの存在だ。
愛情を与える対象ではなかった。
それでも親としての役目は果たしてくれていたが、ロレッタが生まれて以降はわずかにあった事務的な親としての行動すら無くなってしまった。
姉と妹。
子供という立場は変わらないのに、両親にとってその差は大きかった。
その後もリシェンヌとロレッタの格差は広がっていく。
ロレッタの望みはいつでも叶えられる。
欲しいものはなんでも手に入る。
『あなたは姉でしょう!譲ってあげなさい!』
それはリシェンヌの物であってもそれは例外ではなく、両親のこの一言で奪われていった。
『わがままを言うな!』
リシェンヌの望みは、いつもこの一言で我慢させられてきた。
リシェンヌは何も与えられず、手にしたものはいつも妹のロレッタに奪われてきたのだ。
生まれてからずっと過ごしてきた部屋も、ロレッタが物心ついたころに奪われた。今のリシェンヌの部屋は、本宅ではなく離れの一室だ。
優秀な侍女も、亡くなった祖母から受け継いだ宝石も奪われた。
学園でも同じだった。
この国では十三歳から十六歳までの三年間、貴族の子供たちは国立の学園に入ることを義務付けられている。
ロレッタが入学するまでの二年間は何事もなく過ごせたが、ロレッタが入学すると途端に皆、リシェンヌに対してよそよそしくなった。
ロレッタが学園内でも人目をはばからずリシェンヌから奪っていく姿を見せつけたため、誰もが姉妹の上下関係を把握し、リシェンヌと仲良くしても得はないと判断した結果だ。
この時から、いずれはロレッタと婚約する者が公爵家を継ぐだろうと噂され始めた。
リシェンヌは長女としての価値すらないと思われたのだった。
リシェンヌが親友だと思っていた者たちまであっさりと遠ざかっていったことで、彼女たちがリシェンヌ自身を見ずに公爵家を継ぐ令嬢のお友達という立場が目当てで仲良くしてくれていたことを思い知った。
それは婚約者である第三王子も同じだった。
同じ学園に通っていた彼は、露骨に乗り換える準備を始めてロレッタと仲良くなっていった。
リシェンヌと第三王子との婚約は、娘しか生まれなかった公爵家に第三王子が婿に入り継ぐためのものである。
長女のリシェンヌが婚約者となったのは同じ年齢だったというだけでしかない。
ハッキリ言って、姉妹どちらと結婚してもいいのだ。
それを知っている第三王子はロレッタとの仲を隠そうともしなかった。
そして……。
ついに今日のロレッタの卒業式後の夜会で、リシェンヌは婚約者まで奪われてしまったのだった。
その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌはめまいを覚えた。
八歳から十年続いた婚約者との縁が、今、終わろうとしている。
リシェンヌは声すら出せず、必死に遠のく意識を引き留めようと頑張っていたが、その間にも話は進んでいく。
「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」
有無を言わさず、第三王子ヴィクトルが宣言した。
宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。
「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」
まったく悪びれもしないロレッタの声が呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。
その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。
まただ……。
リシェンヌは絶望の中で思う。
彼女は妹が生まれた瞬間から、奪われ続けてきた。
最初に奪われたのは、両親だ。
妹のロレッタが生まれたとき、母親は体調を崩してしまった。
公爵という高位貴族であれば、婦人であっても多くの公務が存在している。出産という身体に負担がかかる大仕事の後であっても、それほど間を開けずに復帰するのが通例となっていた。
当然ながら産んだ赤子の世話をする時間が取れるはずもなく、すぐに引き離されて乳母が育てることになるのだ。
もちろんリシェンヌも出産後すぐに引き離され、乳母によって育てられたのだった。
しかし、リシェンヌの妹は出産後に母親が体調を崩したことで、引き離されることはなかった。
せめて体調が戻るまでの間だけでもと母親が望み、同じ部屋で世話をされることになったからだった。
睡眠が邪魔されないようにと眠る間は別室に移動させられたが、それ以外はずっと一緒だった。
そんな状況で、母親が妹のロレッタに深い愛情を感じないわけがない。
体調が戻った後も母親は頻繁に妹の面倒を見るようになり、自室でできる事務的な仕事の時は目の届く範囲にいさせるようにした。
リシェンヌの父親もまた、母親がロレッタに向ける優しい視線から興味を持ったようで、ロレッタのことを構うようになった。
リシェンヌの時は、生まれた直後こそ顔を見に行ったものの、その後は放置していたのにかかわらず、その妹のロレッタとは遊び相手になるほど執心した。
気付けば、両親と妹という仲むつましい家族が完成していた。
リシェンヌはその中に入っていなかった……。
母親からすれば産後すぐに乳母に預けられ、気付いたら育っていた子供だ。確かに実の子だが、母親はロレッタのような純粋な愛情を感じられなかった。
父親は言うに及ばない。ロレッタに対して愛情を感じたのが例外でしかない。元々彼は、子供を愛情の対象だとは考えてはいなかった。
リシェンヌに対して両親はあくまで親でしかなく、その対応は事務的でしかなかった。
リシェンヌは家を発展させるための駒だ。
他家と縁を結ばせ、領地を継がせるだけの存在だ。
愛情を与える対象ではなかった。
それでも親としての役目は果たしてくれていたが、ロレッタが生まれて以降はわずかにあった事務的な親としての行動すら無くなってしまった。
姉と妹。
子供という立場は変わらないのに、両親にとってその差は大きかった。
その後もリシェンヌとロレッタの格差は広がっていく。
ロレッタの望みはいつでも叶えられる。
欲しいものはなんでも手に入る。
『あなたは姉でしょう!譲ってあげなさい!』
それはリシェンヌの物であってもそれは例外ではなく、両親のこの一言で奪われていった。
『わがままを言うな!』
リシェンヌの望みは、いつもこの一言で我慢させられてきた。
リシェンヌは何も与えられず、手にしたものはいつも妹のロレッタに奪われてきたのだ。
生まれてからずっと過ごしてきた部屋も、ロレッタが物心ついたころに奪われた。今のリシェンヌの部屋は、本宅ではなく離れの一室だ。
優秀な侍女も、亡くなった祖母から受け継いだ宝石も奪われた。
学園でも同じだった。
この国では十三歳から十六歳までの三年間、貴族の子供たちは国立の学園に入ることを義務付けられている。
ロレッタが入学するまでの二年間は何事もなく過ごせたが、ロレッタが入学すると途端に皆、リシェンヌに対してよそよそしくなった。
ロレッタが学園内でも人目をはばからずリシェンヌから奪っていく姿を見せつけたため、誰もが姉妹の上下関係を把握し、リシェンヌと仲良くしても得はないと判断した結果だ。
この時から、いずれはロレッタと婚約する者が公爵家を継ぐだろうと噂され始めた。
リシェンヌは長女としての価値すらないと思われたのだった。
リシェンヌが親友だと思っていた者たちまであっさりと遠ざかっていったことで、彼女たちがリシェンヌ自身を見ずに公爵家を継ぐ令嬢のお友達という立場が目当てで仲良くしてくれていたことを思い知った。
それは婚約者である第三王子も同じだった。
同じ学園に通っていた彼は、露骨に乗り換える準備を始めてロレッタと仲良くなっていった。
リシェンヌと第三王子との婚約は、娘しか生まれなかった公爵家に第三王子が婿に入り継ぐためのものである。
長女のリシェンヌが婚約者となったのは同じ年齢だったというだけでしかない。
ハッキリ言って、姉妹どちらと結婚してもいいのだ。
それを知っている第三王子はロレッタとの仲を隠そうともしなかった。
そして……。
ついに今日のロレッタの卒業式後の夜会で、リシェンヌは婚約者まで奪われてしまったのだった。
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