追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)

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5巻

5-2

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「その、見つけたといえばそうなんだけど、ちょっとね……」
「なんだ、ハッキリ言ってくれ。何かあるなら対応を考える必要があるからな」
「おい、何かまずいことになってるのか⁉」
「何があったの?」

 望郷のメンバーは口々に問いかけるが、ロアは気まずそうに苦笑いしながら目をらすだけだ。

「本当に、ちょっと準備するだけなので。それで問題なくなりますし。ここを出てから何だったのか教えますよ。今言うと、その、まずいんで……」

 双子の魔狼だけは、鼻をスンと鳴らした後でロアの態度の理由を察したのか、二匹で目を合わせてから、横目でグリおじさんを見つめていた。

〈何をうだうだとやっておる! 行くぞ。こっちだ〉
「あ、待って! すぐ済むから! 動かないで!」

 ロアが叫んだものの、グリおじさんはしびれを切らして歩き始めてしまった。
 そして次の瞬間に。

「ピギャぁあああああああ‼」

 グリおじさんの絶叫が響いた。
 石造りの通路に鳴き声が反響する。
 望郷のメンバーはうるささに一瞬耳を押さえかけたが、すぐに立て直して周囲を警戒する態勢を取った。

「やっぱり。嫌いなは真っ先に見つけちゃうんだよなぁ……」

 グリおじさんが叫びを上げる異変に、望郷のメンバーが慌てる中、ロアはため息交じりで呟いた。
 グリおじさんは全身の毛を膨らませて、高い天井に届きそうなほど跳ね上がったと思ったら、直後にあらぬ方向へ風のように走り去っていった。

「ピギャぁあああああああ‼」

 そしてまた絶叫だ。
 先ほどの絶叫と同じく耳が痛くなるような、本当の絶叫だった。グリおじさんが浮かべていた魔法の光が掻き消える。

「何が起きた‼」

 ディートリヒが叫ぶのに合わせるように、ベルンハルトが魔法の光を浮かべる。再び、周囲が明るく照らされた。望郷の警戒態勢は明かりが消えても揺るぐことはない。
 闇の中であっても、気配だけで戦いができる自信があるからこそだ。

「周囲には何もいないぞ! 見えない敵か?」
「違いますよ。もう、だから待ってって言ったのに……」

 剣をかまえて周囲を警戒するクリストフの声に、ロアは呆れたような返事をした。
 そこに、グリおじさんが暴走しながら戻ってきた。
 その顔は恐怖に歪み、なりふりかまわない爆走だ。
 大きく開かれた口からは舌が飛び出し、目の焦点は合っていない。羽毛も獣毛も見事に逆立っており、激しく走ったせいで乱れまくっている。
 羽毛で隠れていなければ、顔色は真っ青に変わっていることだろう。
 グリおじさんはその勢いのまま、ロアに飛び掛かった。

「ちょっ! 止まれ‼」

 そのあまりの迫力にディートリヒは慌てて止めようとしたが、ロアは微笑みながら受け止めるために両手を広げる。
 人がね飛ばされ大ケガをしかねない勢いだったが、ロアの目の前に着いた途端に速度を落とし、倒れるようにロアにもたれかかった。

「はいはい。怖かったんだよね」

 そしてロアはグリおじさんを優しく抱きかかえたのだった。
 グリおじさんは腰が抜けたのか、座り込んでしまった。
 ピーピーピーと、弱々しく鳴いている。その身体は、小刻みに震えていた。

「ばう!」
「ばう!」

 双子は冷めた目を向けているものの、仕方がないとばかりに、左右からグリおじさんを挟み込んで身を寄せた。

「……で、何だったんだ?」

 望郷のメンバーは何が起こったのか分からない。ただ、グリおじさんがいつもの偉そうな態度が掻き消えるほどに怯えているというのが分かるくらいだ。
 軽口を叩くどころか一言も話さず、小鳥のようにピーピーと鳴いているグリおじさんの姿はなかなか衝撃的だ。

「虫ですよ。キノコが生えてたのも、虫のふんを栄養にしてたんでしょうね。ゴミ捨て場になってた所にネズミがいないから、代わりにゴミを食べる虫がいてもおかしくないと思ってはいたんですけどね。今は光を怖がって近づいてこないだけだと思いますから、光が届いてない所には、たぶん、ネズミが生きていけないくらい大量の虫がびっしりいますよ」
「ひっ!」

 ロアの言葉を聞いて、コルネリアが短く悲鳴を上げた。
 想像してしまったのだろう。
 索敵の魔法は脅威に対してのものだ。対象外のため、虫などが引っかかることはない。そのせいで誰も虫の存在に気付かなかったのだろう。
 しかし、周りに大量にいると言われると、なんとなく存在を感じる気になってしまうから不思議だ。

「あーー。そいつ、苦手だったもんな」

 グリおじさんが虫を苦手としていることは、ディートリヒも知っている。
 最初の出会いの時に、ロアに虫を投げつけられて大慌てしていたのだから、忘れるわけがない。それで、先ほどのロアの変な態度も理解できた。
 ロアはグリおじさんがこんな状態になるのを知っていたので、虫が大量にいることを知られないように言葉をにごしていたのだ。

「グリおじさんが気付いていない内に虫けをこうと思ってたのに、先に行くから……動いている虫を見つけて、混乱しちゃったんでしょう。グリおじさん、夜目よめも利くから」

 ロアは手に持っていた縄状の物を、近くにいたクリストフに渡した。

「虫除けです。火をつけてもらえますか。強い香りの煙が出ます。オレはグリおじさんが落ち着くまで動けそうにないので、お願いします」

 グリおじさんを抱きかかえてなだめているため、ロアは動けない。

「虫除けより、殺した方が早くないか? 密室だし、殺虫剤が効くだろ?」

 クリストフの提案にロアは首を横に振る。確かに殺虫剤も持っているが、今は使えない。

「それは天井にいる虫の死骸しがいが降ってくるのでおすすめできないかな。昔に洞窟でやって、ひどい目にあったことがあるので……」
「たくさんの虫の死骸が降ってくる……」

 コルネリアが青い顔をしている。コルネリアは特に虫嫌いではないが、それでも大量の虫が降ってくるのは気持ちのいいものではない。生理的嫌悪はどうしてもぬぐい切れないのだろう。小さな物音がするたびに、そちらに視線を向けて警戒していた。
 クリストフは、縄状の虫除けを適当な大きさに切り分けてから火をつけると、周囲の何カ所かに配置した。種火のようにゆっくりと燃える虫除けからは白い煙がのぼり、清涼感せいりょうかんのある香りがただよい始める。
 それと同時に闇がぞわりと動き、何かが波のように引いていくのをロアたちは感じた。

「……それにしても、可愛いもんだな」

 怯えてロアに密着しているグリおじさんを見ながら、ディートリヒはニヤリと笑った。まるで図体だけが大きい甘えん坊の子供のようだ。
 ロアはグリおじさんの頭を抱きかかえたまま、途切れなく首元を撫で続けており、双子も落ち着くように密着してあげている。

「そうね。ロアが時々、グリおじさん相手に子供をさとすみたいに話すのを変に思ってたけど、今なら分かる気がするわ」
「何度かこんな風になったのを見てますからね。数匹とか、虫除けを焚いて近づいてこないような状況なら我慢できるみたいですけどね。たくさんいると本当にダメみたいで。理由は教えてくれませんけど」
「へぇー。弱点ってわけね。怯えちゃって可愛い……」

 コルネリアがそっとグリおじさんの背に触れる。
 グリおじさんの身体がそれに反応して小さく震えた。

〈……触れるな〉

 ピーピー鳴いていた声が止まる。

〈今、我に触れていいのは小僧と双子だけだ。許した覚えはないぞ〉

 冷たい声。
 空気すら凍りそうな声に、コルネリアは慌てて手を引っ込めた。

「グリおじさん。ちょっと落ち着いてきたみたいだね」
〈わ、我は、ずっと落ち着いているぞ! ちょっと驚いただけだ!〉
「はいはい」

 ポンポンとロアが首元を叩くと、グリおじさんは頭をロアの肩に乗せて、さらに身体を密着させた。
 完全に甘える体勢になっている。双子が冷たい目を向けているが、気にする素振りすらなかった。

「プッ、いつも偉そうなこと言ってる癖に、子供かよ。虫が怖いよーーってか?」
〈殺すぞ? 触れるなと言っておるであろう?〉

 笑いながらグリおじさんの背に乱暴に触れるディートリヒの手に、雷光が弾けた。
 慌てて引っ込めたディートリヒの手は、無傷のようだ。

「あっ、ぶねぇな! 攻撃するなよ!」
〈我を侮辱ぶじょくしたのだ。殺されたいのであろう?〉

 グリおじさんがいつもの調子に戻ったことで、なごやかな空気が流れ始めるのだった。


 グリおじさんが大量の虫に怯えていた頃。
 城塞迷宮シタデルダンジョンの外周部では騒ぎが起こっていた。

「何が! 何があったというの⁉」

 伯爵令嬢のアイリーンが悲痛な叫びを上げていた。
 彼女たち城塞迷宮シタデルダンジョン調査団は、まだ城塞迷宮シタデルダンジョンの領域に留まっていた。
 昨日、ロアたちが調査団と別れて出発した後に、今後の方針を決める会議がやっと行われたのだが、大揉めに揉めた。先に進むことを主張するアイリーンと、引き返して帰ることを主張する男性騎士筆頭のジョエルの主張が食い違ったためだった。
 名誉だの何だのと曖昧な理由を並び立てるアイリーンと瑠璃唐草ネモフィラ騎士団の女性騎士たち、それに対して命を大事にして帰路に就きたいジョエルを筆頭とした者たちとで、言い争いに発展した。
 以前のウサギの森の中での会議では、一度は引いたジョエルたちだったが、今回は引かなかった。
 グリフォンの襲撃があったことで調査団としての目的は達成している。ここから先に進み、城塞迷宮シタデルダンジョンに向かう理由はない。さらわれた兵士のことは心残りだが、それもロアたち冒険者が救出に向かってくれているので、見捨てるというわけではない。
 しかし、アイリーンたちは得体の知れない冒険者に救出を任せるなど、我々の名誉が傷付くと主張していた。
 今まで、兵士など石ころか倒木程度にも気にかけていなかったのにもかかわらず、大切な仲間を救いに行くような口ぶりだった。

「わたくしの調査団の一団がさらわれたのです、わたくしたちが助けに行くのは当然です」
「バカなことを言わないでください。引き返すべきです!」
「わたくしは従いなさいと言っているのですよ?」
「しかし、今の状況では死にに行くのと同じです。せめて冒険者殿たちと同行するのであれば希望もあったのですが、すでに彼らは出発した後です。彼らに任せて我々は戻るべきです」
下賤げせんな冒険者に任せるなどできません! わたくしたちの名誉が傷付きます!」

 こんな会話がひたすら繰り返されたのだった。
 この会議が長引いたせいで、結局昨日は時間を無駄にしてしまい、野営した場所から動くことができなかったのだった。
 幸い、ロアが魔獣除けの匂い袋と、不死者アンデッド除けの不思議な魔法薬をたっぷりと準備しておいてくれたおかげで、この場の安全は確保されていた。
 逆に言えば、命の危険がないせいで早急な対応が必要なくなり、無駄に会議が長引いたとも言えるのだが……。
 そしてそのまま一夜を過ごし、朝になってアイリーンの叫びが響いたのだった。

「なんだ! 何か起こったのか⁉」

 騒ぎを聞きつけ、ジョエルが叫びが聞こえた場所に行くと、アイリーンが寝ている女騎士たちの前で泣き崩れていた。
 寝ている……いや、寝かされている女騎士の人数は七人。瑠璃唐草ネモフィラ騎士団の女性騎士は九人だったので、半数以上にあたる。
 寝かされている女騎士たちに外傷はなく、穏やかな表情をして眠っているとしか思えなかった。しかし、アイリーンが泣き崩れていても、彼女たちの指先一つ動くことはない。
 どう見ても、死んでいた。

「眠っていた姿のままで、冷たくなっていました」

 近くにいた兵士の一人がジョエルに報告する。その報告の通り、彼女たちは眠ったまま死んでいたのだ。
 昨夜、女騎士たちは見張りを兵士たちに任せて全員で眠った。普段なら彼女たちの中からも数人は夜の見張りに立っていたのだが、度重なる魔獣の襲撃で、彼女たちの精神も肉体も限界だったのだ。誰も責めることはできないだろう。
 そして朝になり、気付いた時には、彼女たちの身体は冷たくなっていた。

「誰がやったの⁉ 貴方たち! ちゃんと見張っていたの⁉」

 アイリーンが周囲にいる、見張りをしていた兵士たちをにらみつけて怒鳴った。その目からは涙が溢れている。とても責任のある立場の人間には見えない。それどころか、騎士にあるまじき態度だ。
 戦場で戦死者が出るのは当然のことだ。いちいち上官が取り乱していては成り立たない。ましてや、冷静な判断をせずに泣きわめくなど許されることではない。
 ジョエルと兵士たちは返答に詰まり、困ったように彼女を見つめた。
 当然ながら、兵士たちは手を抜くことなく見張っていた。
 ロアのおかげで安全になっているとはいえ、ここは城塞迷宮シタデルダンジョンの周辺地帯、死地と言われる気の抜けない場所である。
 不死者アンデッドやグリフォンなどの襲撃を受け、皆それを嫌というほど理解させられている。手を抜くなど、どんな不真面目な者でもありえない。
 もしありえるとすれば、なぜか未だに危険地帯だと理解し切れていないアイリーンくらいのものだろう。

「……不死者アンデッド……死霊ゴースト魔術師死霊リッチではないでしょうか?」

 沈黙が流れる中、そう発言したのは生き残った瑠璃唐草ネモフィラ騎士団の一人だった。
 不死者アンデッドの中でも、死霊ゴーストやその上位種の魔術師死霊リッチは実体を持っていない。姿を隠して襲ってくることは可能だ。
 兵士がちゃんと見張りをしていて何者の接近にも気付かなかったのなら、その可能性が高い。
 それに死霊ゴースト魔術師死霊リッチは魂を吸い取ると言われている。傷一つなく眠ったまま亡くなった死体の状況にも合っていた。
 この場にいた全員が、死霊ゴースト魔術師死霊リッチ仕業しわざと言われ、納得した。

死霊ゴースト……魔術師死霊リッチ……どうして、彼女たちだけが……」

 アイリーンの呟きに、ジョエルは周囲に目を巡らせる。確かに被害にあったのは彼女たちだけのようだ。騒ぎになっているのもこの場所だけだし、他に寝たまま起きてこないような者もいないと見える。
 ジョエルはこの不思議な状況に、首を捻った。
 実のところ、彼女たちだけに被害が及んだのは、いや、彼女たち以外が被害を受けなかったのはロアのおかげだ。
 ロアが、この不死者アンデッドが溢れる城塞迷宮シタデルダンジョンの周辺地帯に到着すると同時に振る舞った、即死回避の魔法薬入りのスープが、彼らの命を救ったのだった。
 女騎士たちの死因は、即死魔法だ。
 グリおじさんと戦った大魔術師死霊グレーターリッチが、最後に存在を懸けて放った強力な即死魔法の残滓ざんしがここまで届いたものだった。
 かなり距離があるため、本当に残滓というべき弱い即死魔法だったが、度重なる魔獣の襲撃で心と身体が弱っていた者たちに効果が出てしまったのだ。
 即死回避の魔法薬入りのスープは、アイリーンをはじめとして瑠璃唐草ネモフィラ騎士団の全員が飲んでいない。その中でも三人が生き残っているのは、元々の精神力と体力に差があったせいだ。
 アイリーンはそれほど強くはないが、『戦闘薬』のおかげで、生き残っていた。戦闘薬は気分を高揚させて恐怖を忘れさせる、精神力強化の効果があった。
 万能感から無謀な行動をして自滅するという副作用があるため禁止されている薬物だが、最前線の戦場で配られるだけあって、その効果は高い。アイリーンの精神を強化し、即死魔法を回避するのに十分だった。
 調査団の中には死んだ者たちより疲弊ひへいしている者も多く、ロアがスープを飲ませてくれていなかったら、今頃は大半の人間が死んでいたことだろう。

「…………ゆるさない」

 アイリーンが吐き出すように言う。

「は?」

 ジョエルは思わず聞き返してしまった。

「許さないわ! こんな理不尽りふじん、許されるはずがない! 彼女たちの恨みを晴らすわ!」
「いや、なにをいったい?」

 許さないとは? ジョエルや周囲の者たちは呆然とアイリーンを見つめる。

かたきを討つわ! 彼女たちの無念を晴らすの! 城塞迷宮シタデルダンジョンに向かうわよ!」
「はあぁ?」

 敵討ち? 無念を晴らす?
 調査団員は、様々な理由で処分対象にされた者ばかりだが、それでも騎士や兵士としての教育を受けている。私怨しえんで行動することは、もっての外だと最初に教えられる。
 私怨は、軍の規律を乱し、仲間の命どころか国民までをも危険にさらす。騎士や兵士の武力は、守るべき国民のために振るうものだ。私を殺し、おおやけのために生きるのが騎士であり兵士だ。
 そういう教育が行き届いていない一介の兵士が言い出すならともかく、騎士団を率いている者がする発言ではない。
 それに城塞迷宮シタデルダンジョンに何の関係があるというのだろう? 女騎士たちを殺した死霊ゴースト魔術師死霊リッチがそこにいるとでも言うのだろうか? 死霊ゴースト魔術師死霊リッチが関わっているというのは推測に過ぎず、確定したわけでもない。そんな不確かな情報で命をけるというのだろうか?

「出発の準備を!」

 皆が呆気に取られる中、アイリーンは声高らかに宣言した。

「待て! 待ってくれ‼」

 慌てて、ジョエルは叫んだ。

「何を! 団長命令を遮るのですか‼」

 声の方を見ると、生き残った女騎士の一人、イヴリンが鬼人きじんのような形相ぎょうそうで立っていた。彼女もアイリーンと同じように泣いていたのか、目は赤く、頬に涙の跡が残っている。剣に手をかけ、今にも抜き放ちそうな勢いだ。

「部隊全てを殺すおつもりですか!」
「貴方はどうしてそうも消極的な意見ばかりするのです。まるで私たちの足を引っ張ろうとしているようではないですか!」
「私は、この調査団全員が生き残り、帰り着けるように考えているだけです!」
「我々は命を懸けるのが仕事ですよ!」


「私たちの使命は、国民を守ることです! 無駄死には許されないと言っているのです‼ 私も、これが守るべき者たちのための戦いであるなら、おくしたりしません!」
「兵士が一人さらわれているではないですか! 彼もまた、大切な国民であることには変わりないでしょう?」

 ジョエルとイヴリンの激しい言い合いが続く。
 イヴリンはなおも剣に手をかけている。かろうじてジョエルが武力に訴えようとしないおかげで、斬り合いに発展していないだけだ。それも何か切っ掛けがあれば崩れるだろう。
 張り詰めた雰囲気に、兵士たちは冷や汗をかきながら様子を見守っていた。

臆病者おくびょうもの‼」

 イヴリンが言い放った。
 その瞬間に、ジョエルの雰囲気が変わる。叩きつけられた侮辱の言葉に顔を真っ赤に染め、開かれた手は、今にも剣のつかに伸びようとしていた。
 しかし、ジョエルはその手が白くなるほどに固く握りしめると、大きく息を吸った。

「では、お好きになさってください。分かれて行動しましょう」

 吸った息を吐き出すと共に、ジョエルはイヴリンを真っ直ぐに見つめた。自分は貴様とは違って自制できる人間だと、見せつけるように。

「貴様! 離反を!!?」
「いえ! 違います。あくまでただの別行動です。互いの意見を尊重した折衷案せっちゅうあんに過ぎません。私はあくまで、従って行動します」

 あんにアイリーンたちに従うつもりはないと言いながら、今にも斬りかかってきそうなイヴリンを視線と気迫で抑える。

「すでにグリフォンをこの地で確認できたことで、調査団に下されていた命令は果たしております。それ以上は命令に含まれない行動ですので、分かれて行動してもとがめられることはないでしょう。むしろ、すみやかに帰還しないことで情報を持ち帰れなかった場合の方が、問題になります」

 それは軍規違反ギリギリの提案だった。調査団の団長であるアイリーンの言葉に従わず、別行動をしようということだから。
 しかし、最初に主である伯爵の存在をちらつかせ、帰還できない方が問題であると言ってしまえば、イヴリンに反論できるはずがなかった。


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