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5巻
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しおりを挟む第十六話 城塞迷宮の中へ
とある国、とある王城、とある部屋。
大理石造りの広い部屋の中心で、優雅に湯を使っている青年がいた。
青年が入っているのは、鮮やかに絵付けされた磁器の浴槽だ。四本の脚で支えられているそれは、磁器の彩だけでなくところどころ金彩が施されており、最高級のティーカップをそのまま巨大化させたようだった。
それに浸かる青年もまた、その浴槽に相応しく美しい。
胸元が膨らんでいないことを確認していなければ、女性と見紛うばかりだ。肌も白く輝くほどで、磁器の浴槽と相まって、磁器人形そのものだった。
「それで、鷲頭獅子の子、えっと、ロアくんだっけ? 彼は取り込めそうなの?」
優艶な腕に沐浴海綿を這わせる。
スポンジは海に棲む海綿を腐敗させ、その柔らかな骨格だけを取り出したものだ。海の底の生き物のため、形が整った状態での採取が難しく、使用できるのは極一部の限られた人間たちだけだった。
「いえ、まだ接触はできていないようです。幸い、同じ城塞迷宮の調査団に配属されましたので、接触の機会を計っている最中です」
答えたのは、距離をあけて片膝をついて控えている、武骨な軍人風の男だ。頭を下げて、入浴中の青年とは一切視線を合わせようとしない。
「動いてるのは、あの娘でしょ? なんたら騎士団に潜り込んでる、なんちゃらっていう娘。情報収集とかお薬をばら撒いたりとか、結構役に立つ娘だと思ってたけど、えらく時間かかってない?」
「申し訳ありません。件の少年の傍らには常にグリフォンか魔狼が付き従っており、容易に接触ができないそうです。また、伯爵令嬢が彼らを敵対視しているのも障害になっているようです」
「わがまま令嬢が邪魔なら殺しちゃえばいいよ。あれの何とか騎士団は情報収集の偽装に大いに役に立ってくれたけど、もう切り捨てられることが決まったんだしね。どうせ城塞迷宮で死ぬ予定だったんだしさぁ。皆殺しにして、目的の子と接触して、取り込めないならその子も殺して終わりでいいでしょ?」
「承知」
青年の非情な言葉にも、男は顔色一つ変えずに短く答えて返すだけだった。
青年は浴槽の傍らに置かれたサイドテーブルからグラスを取ると、琥珀色の液体を喉へと流し込む。
琥珀色の液体は発泡しており、泡は底から立ち上ると同時に儚く弾けて消えていった。
双子の魔狼はロアを背に乗せ、草原を疾走していた。
城塞迷宮の中心部を目指して、ロアと従魔たちは望郷のメンバーと共に移動中だ。
〈強くならなきゃ〉
前を見つめながら、二匹同時に呟く。
双子は城塞迷宮に着く手前、森の中でウサギたちに翻弄されて苦汁をなめた。普通のウサギたちに遊ばれ、満足に戦うことすらできなかった。
普通に戦えば、双子の方が圧倒的に強いだろう。しかし、数の力と正確な連携を前に、手も足も出なかったのだ。
その後に戦ったウサギたちの王である翼兎には、ロアと共に一対三で戦ったものの、手加減された。
圧倒的な強者の余裕を見せつけられ、歯牙にもかけてもらえなかった。
あのウサギは嫌なやつだ。倒して、従えてしまわないと安心できない。ロアに危害を加えさせてはいけない。
〈強くなきゃ、まもれない〉
森を抜けた後に襲ってきた不死者の大軍。
あの程度なら双子だけでも十分に倒すことができただろう。しかし、ロアが守りたいと思っている者たち全てを守りながら戦うのは無理だった。
ロアは一緒に城塞迷宮まで来た騎士や兵士を守りたいと思っている。ロアの望みは自分たちの望みだ。ならば、守らなくてはならない。
そのための力は、まだ自分たちにはない。
結局、不死者の大軍はロアの知略によって倒された。ロアのおかげで騎士や兵士は死なずに済んだ。
双子の魔狼も手伝ったが、それが自分たちの力ではないことは理解している。
〈せめて、おじちゃんいがいのグリフォンより強くなろう〉
その日の夜に、二匹のグリフォンに襲撃された。そのグリフォンは昔、グリおじさんが育てていたグリフォンらしい。
襲撃方法が、高空から氷塊を打ち込むという方法だったため、相性の関係で双子の力で防ぐことはできた。
しかし、双子に上空の魔獣を攻撃する手段はなく、グリフォンたちを空から引きずり下ろし、殺す寸前まで痛めつけたのはグリおじさんだった。
ロアが周囲の人間を気遣ったため、グリフォンたちには逃げられてしまったが、それがなければグリおじさんが倒していたことだろう。
〈役にたちたいよね〉
グリフォンたちは、一人の人間を人質として連れ去った。
ロアと望郷はそれを助けるために、グリフォンたちの住処である城塞迷宮へと向かうことになった。
その途中で出現した、動く骸骨巨人との戦いでは、双子はまったくの役立たずだった。
ロアが作った粘着液で足止めし、同行した冒険者パーティー・望郷のメンバーがトドメを刺した。
〈なにが来ても、たおせるようになりたい〉
動く骸骨巨人と戦った後、グリおじさんは魔力増大の秘術を使うという理由で望郷のメンバーを気絶させた。
それはその後に行う、大魔術師死霊との戦いの布石だった。大魔術師死霊との戦いに際して、望郷のメンバーは立ち会うことすら耐えられない。眠らせて排除しておくしかなかったのだ。
実体を持たない不死者の中でも最高位に位置する大魔術師死霊は、倒すどころか攻撃することすら敵わない存在だ。
それはグリおじさんも同じだったはずだ。グリおじさんも、実体のない敵を攻撃できる手段は持っていない。
それでも頭を使うことで、グリおじさんは自分の力のみで倒してみせた。普段、間の抜けたことばかりしているグリおじさんだが、ロアを守るために必要な力を持っている。
双子はそれが羨ましかった。
〈強くならなきゃ〉
また、同じ言葉を繰り返す。
その姿を、双子の後ろを走っていたグリおじさんが見つめていた。
〈双子よ……〉
グリおじさんは双子にだけ聞こえる声で語りかける。
そして、密談が始まる……。
ロアと従魔たち、そして望郷のメンバーは城塞迷宮の外壁に到達していた。
朝に野営した場所を出発したロアたちは、まだ朝方と言っていい時間に、城塞迷宮の城壁の外に着くことができた。
元々この城塞迷宮までやってきたのは、冒険者ギルドを通しての、アマダン伯爵からのほぼ強制に近い依頼だったが、今は違う。
今ここにいるのは彼ら自身の意思だ。
さらわれた一人の兵士を助けるためだった。
さらったのは、グリおじさんに過剰なまでに厳しく育てられ、それを恨んでいるグリフォンたちだ。恨みに任せてグリおじさんを襲い、戦ってボロボロになったグリフォンたちが、逃げ出す時に近くにいた兵士をさらったのだった。
本来なら、たとえグリおじさんが安全を保証したとしても、助けに行くという判断は無謀だろう。
同じ調査団として活動していたとはいえ、ロアたちが助けに行く義理も理由もない。調査団としても、助けに行った場合の被害を考えて、最初から見捨てる決断をしている。
襲撃を受けてグリフォンの存在を確認できたことで、調査団の目的も果たしていて、無理をする必要すらなかった。
このまま帰ってもロアの受けた依頼は達成されて、彼の希望である「正式な冒険者として登録する」ことも叶うだろう。
だが、ロアは納得できなかった。
ロアの望みは、自らが理想としている冒険者になることだ。
仲間を見捨てず、助けるべき人がいるなら助けに行く。誰かのために行動できる冒険者だ。今、さらわれた兵士を見捨てれば、たとえ正式な冒険者になれても、納得できずに終わるだろう。
そしてまた、一緒に行動している望郷も、ロアが理想とする冒険者の心意気を持っていた。彼らも笑顔で無謀と言える人助けをする人間たちだ。一番文句を言っていたクリストフですら、それはパーティーの仲間を心配してのことであり、助けに行く判断自体に異を唱えることはなかった。
そして決断をした後は、仲間の安全を確保するために文句を言いながらも、積極的に動いている。
そうして彼らが到達した城塞迷宮の外壁は、そびえ立つ巨大な城壁だった。
「これ、どうやって中に入るんだ?」
長身のディートリヒですら、ほぼ真上を向くようにして見上げることしかできない高さだ。とても人間に登れるとは思えない。
城塞迷宮の城壁は、蔦や苔で覆われて古さを感じるものの、破損している様子は一切なかった。それは年月による風化にすら耐えていたということで、どんな攻撃をしても弾き飛ばすだろう。
「城壁なんだからどっかに門があるだろう? そこから入れば……」
ディートリヒの呟きに答えたのはクリストフだ。乗っていた馬の手綱を引き、彼も見上げている。
クリストフだけではない、グリおじさん以外の全員が、壁の高さに途方に暮れながら上を向いていた。
〈落とし扉の門がいくつかあるが、吊り上げるための鉄線は大昔に切れておるぞ。設備は全て内側だからな、外からの開閉は不可能だ〉
グリおじさんの言葉に、全員が顔を見合わせる。
落とし扉というのは、鉄などの板を吊って上下させることで扉としたものだ。開けるのは手間がかかるが、閉める時は自重で落として容易に素早く閉めることができるため、戦の多い場所の城門などによく利用されていた。
それを吊り上げる鉄線が切れているということは、開閉できないということだ。
「じゃ、通用門から……」
〈ここは戦のための城として建てられたものだぞ。内側の城壁ならともかく、外側にそのような侵入しやすい場所などあるわけがないであろう? 寝惚けたことを言うな〉
ディートリヒの言葉を、グリおじさんはばっさりと切り捨てる。
城塞迷宮には三重の外壁があり、中心部は塔になっている。その一番外側であるロアたちの目の前にある外壁が、易々と侵入を許すはずがない。
「他に入り口は」
〈ないな。貴族の脱出用の地下通路があったようだが、それも長い年月で土に埋まっておるぞ〉
「じゃあ、あんたの魔法で飛んで……」
〈すぐに塔から攻撃されるであろうな。我であっても、この人数を連れて飛ぶとなると動きが鈍る。稚拙な魔法でも当たるであろうな。我は問題ないが、お前たちはひとたまりもないであろう〉
「じゃあ壁に穴を……」
〈ここの城壁は特殊な魔法建築によって魔法を消す効果がある。まあ我の魔法であれば多少の効果はあるだろうが、穴を開けるのは無理だな〉
「……」
次々と案を否定していくグリおじさんを、ディートリヒは睨みつけた。グリおじさんはというと、わざとらしく呆れたような表情を作っている。
「そもそも何でこんな平原の真ん中に城塞があるんだよ!」
言えることがなくなり、ディートリヒは八つ当たりで叫んだ。足元の小石を蹴飛ばす姿は、いじけた子供のようだ。
〈ドラゴンたちに対しての備えであろう。昔は北方にいたらしいぞ?〉
「ドラゴン⁉」
望郷のメンバーが驚きの声を上げ、ロアだけが目を輝かせた。
今はドラゴンたちも山脈の奥深くに潜んでおり、人里に出てくることは滅多にない。珍しい魔獣の名前に、ロアが目を輝かせるのも仕方がなかった。
ドラゴンは、大昔には他の魔獣と同じく討伐対象だったらしいが、現在は崇められる対象となっている。約千年前に、勇者と賢者による魔王討伐を手伝ったのが蒼いドラゴンだったため、全てのドラゴンがその眷族として扱われているのだ。
ドラゴンも自分たちに対して丁寧な態度をとる人間を無暗に攻撃しないため、魔獣とはいえ友好な関係を結んでいる。
状況によっては、人を助けてくれることすらあるらしい。
しかし、ドラゴンが今でも魔獣の最上位にいる種族であることは変わらない。
そのドラゴン対策に作られた城塞なら、ドラゴンの攻撃でも耐えられるように作ってあるのだろう。人間がそう簡単に入り込めるはずはなかった。
ディートリヒたちもこの城塞迷宮が古戦場であり、失われた太古の魔法建築技術で作られていることは知っていたが、そこまで堅固に作られているとは思ってもみなかった。
「それで、どこから入るの?」
問いかけたのは、ロアだ。
昨日は昼間に動く骸骨巨人、そして夜中に大魔術師死霊との戦いがあったが、それ以降は順調だった。
大魔術師死霊との戦いは、望郷のメンバーが魔力増大の秘術の効果で眠った……というよりは気絶した状態で行ったために、彼らには気付かれてすらいない。グリおじさんも、大魔術師死霊との関係を詮索されかねないと思っているのか、何も語ろうとしなかった。ロアはそれに合わせて何もなかったフリを続けていた。
普通であれば、大軍を率いても討伐可能かどうかすら怪しい魔獣の出現が二連発だ。
それだけに、この城壁の中でどんな敵が待ちかまえているかと考えてしまい、ロアは若干、緊張していた。
〈入口がなければ作ればいいだけであろう〉
「ああ、地下か……」
あっさりと答えを出したロアに、グリおじさんはよくできた生徒に向けるような満足げな笑みを浮かべる。そして横目でディートリヒを嘲笑う。
〈どこぞの寝坊助より小僧の方がよほど物の道理を分かっておるな。安穏と長く生きているだけの無能は困る。小僧の言ったように地下から行けば良いのだ。どんな城塞も地下までは守られておらぬからな!〉
「……オレが魔法で空を飛んで行くって言ったのと、大差ないだろう?」
〈まさに天と地ほどの差があるぞ‼ そんなことも分からぬのか?〉
「うるせぇ! モグラ野郎!」
ディートリヒは食ってかかったが、グリおじさんはそれを鼻で笑ってバカにするだけで済ませた。
アマダンの街に巨大な地下室……というか地下迷宮を作り出したグリおじさんにしてみれば、地下道を作って中に入るのは容易い。
そしてなにより、それを可能にする土魔法は、ロアと従魔契約をしてから使えるようになったものだ。いくらグリおじさんのことを知っているからといっても……いや、グリおじさんのことを知っているからこそ、その方法はここに住むグリフォンたちに警戒されていないだろう。
ロアにも、最良の手段であるように思えた。
ただ……。
「それじゃ、採取はできないね」
ここに来るまでの道中、ロアたちはグリおじさんから、この城壁内がどうなっているかの説明を受けていた。その時にこの城壁の内部が豊かな森になっていると聞いて、ロアは好奇心を掻き立てられていたのである。
ロアは当然ながら兵士の救出が最優先だと思っている。ロアにとってそれは間違いない。
ただ、未知の場所での採取という魅力的な行為に、どうしても魅かれてしまうのである。
これは先日立ち寄った、ウサギの森という巨大な薬草園で採取ができなかったことも、原因の一つだ。あれほど魅力的なものを見せられて高ぶったものが消化不良に終わったために、いつも以上に歯止めが利かなくなっていたのだった。
それでも、人の命がかかっている状況で、そんなわがままを押し通すつもりはない。つい口から言葉が溢れてしまっただけだ。
〈む? 採取か? それは全てが終わってから、帰りにでもゆっくりすればいいであろう?〉
グリおじさんは事もなげに言ってのけた。
それはこの場の敵を皆殺しにするという宣言に等しいのだが……。
「と、とにかく、準備しないと。馬は置いておくんだよね? 逃がしてあげた方がいいのかな?」
「不死者だらけの所に逃がすよりも、ここに繋いでおいて清浄結界の魔道具を置いておく方が生き残る確率は高くないか?」
「そうだよね」
コルネリアとクリストフが話し合いを始める。
昨夜、グリおじさんが大魔術師死霊を倒したことで、ここの不死者の出現率が大幅に下がっていることを望郷のメンバーは知らない。それはロアと従魔たちだけの秘密だ。
二人が安全に馬を繋いでおける場所を探す間に、グリおじさんは穴を掘り始めるのだった。
外壁の基礎は地下深くまで打ち込まれていた。
その基礎を回避するためにグリおじさんが掘った穴の深さは、数十メートルに及んだ。
グリおじさんができるだけ垂直に近い形で掘り、階段で降りていけるように作ったため、それほど距離をあける必要はなかった。だが、緩やかで長い坂道の地下道を作るなら、数キロ手前から掘る必要があっただろう。
「ここは……?」
〈巣の地下室に出るように穴を開けた。いきなり地上だと気付かれるからな〉
巣というのは城塞迷宮の中心部、ロアたちが今いる塔のことだ。
ここの壁に魔法は通じないといっても、地下室まではその恩恵はもたらされていなかったらしい。ロアと望郷が出たのは、普通の石造りの壁に開けられた穴からだった。
クリストフは慎重に周囲の気配を探るが、彼の探索の魔法が届く範囲に魔獣の気配はない。安全を確認してから、ホッと息をつく。
武骨な岩壁が続く、通路のような場所だ。地下室の廊下だろうか。先頭を歩くグリおじさんの魔法の光で明るく照らされているが、その光の届く範囲以上に長く続いている。天井も高く、五メートルくらいの高さがあるだろう。
どこからか地下水が染み出しているらしく、足元はじっとりと濡れて所々苔が生えていた。
「意外ときれいなもんだな。古城なんてもっと荒れてるもんだと思ってたぞ」
「洞窟みたいに荒れまくってるか、魔獣がいっぱい徘徊してるもんだと思ってた」
周囲を警戒しつつも、ディートリヒが呟き、コルネリアも同調した。コルネリアは出会いがしらの戦闘を想定していつもの全身鎧姿だ。手には大きな戦槌を握っている。いつの間にか主武器として扱っているらしい。
〈ふむ。確かに〉
「確かにって、巣だったんだろ? 住んでたんだろ? 何で知らないんだよ?」
〈我が巣にしていたのはここの上層だ。地下などゴミ捨て場でしかなかったからな。以前はネズミや犬がいたと思ったのだが気配もないな……我の魔法の光に驚いて逃げたか?〉
ロアはというと、足元に生えている苔を金属の棒でつついていた。
「うーん。これ、キノコみたいだね。緑色だから苔みたいに見えるけど」
ロアは、普段光が届かないこの場所に苔が生えているのを不思議に思って調べていたのだ。その結果、苔に見えるキノコだと判断した。
「珍しいし、採取しておいてあとで調べよう。染み出した地下水で育った? 肥料がある? でも、ネズミとかの気配もないらしいし……アレがいるのかな? いたらまずいなぁ……」
一人ブツブツと呟きながら、魔法の鞄から瓶を取り出し、ハサミのような道具で苔に似たキノコを採取していく。
〈小僧、何をしておる。行くぞ!〉
「グリおじさん、ちょっと待って。準備しないと」
そう言いながら、ロアはキノコを詰めた瓶を魔法の鞄に収め、代わりに縄状の物を取り出した。
〈準備? 準備などとうにできておるであろう? それにここには魔獣も動物もおらぬようだぞ?〉
索敵したグリおじさんは自信満々に言ってのけるが、ロアは困ったような表情をした。
「えーと、ちょっとだけ待って。気になることがあるから」
「なんだ? 何か見つけたのか?」
はっきりしないロアにクリストフも眉を寄せる。ロアの態度から緊急事態というわけではないのだろうが、何かに気付いたのには違いない。
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