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5巻

5-3

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「無理に調査団全員を連れて行っても、やる気のない者たちでは足手まといになるだけでしょう。有志をつのり、その者たちと行かれる方が効率も良いのではないですか?」
「くっ……」

 イヴリンは悔しげに唇を噛んだ。まだうるんでいる瞳でジョエルを睨みつける。
 ジョエルも負けじと目を逸らさない。今が正念場しょうねんばだ。アイリーンとイヴリンの意見を通してしまえば、そこに待つのは死だ。
 たとえこの調査団の団長であるアイリーンに逆らい、軍規違反で処分されても、降格かクビくらいのものだろう。だが、アイリーンたちに従った場合は、魔獣に蹂躙じゅうりんされ殺される未来しかない。
 もう、この調査団を守ってくれていたロアも、グリフォンもいないのだから。

「……それでかまわないわ!」

 震える声を上げたのは、アイリーンだった。
 周囲で事の成り行きを見守っていた者たちは、ホッと安堵あんどの息を吐く。これで無謀な行動に付き合う必要はなくなった。

「ですが、領地にまで戻った後で、あなたたちは罰します! これは団長であるわたくしに対しての裏切り行為です。処罰は必要です!」

 威勢のいい言葉だったが、その言葉を聞いて誰もが「アンタが生きてればな」と頭の中で反論した。
 運良く生きて帰れる状況になったのに、再び死にに行こうとしているアイリーンに対して、可哀かわいそうなものを見る視線を向けている者も多い。誰もがアイリーンの死を確信していた。見栄みばえだけの騎士が生き残れるとは思えない。

「わたくしについて来れば栄光が得られるのですよ! 栄光を得たい者はついて来なさい! 臆病者は、この男に従って逃げ帰るといいわ!」

 周囲の兵士たちを睨みながら、アイリーンは視線を這わす。まるで負け惜しみのような言葉だが、彼女の瞳はみ、希望に溢れていた。本心から、栄光が得られると思っているようだ。
 まるで夢を見る乙女のように、その目は現在の状況ではなく、成功する未来にだけ向けられていた。迷いはない。
 殺された仲間の敵討ち。
 それは美しい物語だ。実にアイリーン好みの展開であり、彼女を酔わせるのには十分だった。
 そして、アイリーンはマントを大きくひるがえして、生き残った女騎士たちと共にその場を立ち去ったのだった。

「……我々は帰るぞ! 準備をしろ‼」

 アイリーンが立ち去った方向を見つめながら、ジョエルは宣言する。
 兵士たちはそれに歓声で応えた。この場所から生きて帰れる。それは奇跡だ。
 この調査団に配属され、街を出た時は誰もが死を覚悟して落ち込んでいた。だが、城塞迷宮シタデルダンジョンに行って、帰ってきたとなれば、それだけで英雄扱いされるだろう。今までその偉業いぎょうを成しげた人物は数えるほどしかいないのだから。
 盛り上がる中、ジョエルだけは浮かない顔をしていた。

「不自然だな」

 まるで操られているようだとジョエルは思う。
 アイリーンの考えは、誰かに誘導されているのではないか? そう思わずにはいられない。死霊ゴースト魔術師死霊リッチに殺されたと聞いて、なぜ城塞迷宮シタデルダンジョンに向かうという考えになるのか? 事前に誰かに妙なことを吹き込まれていたのではないのか?
 彼女は異様なほどに城塞迷宮シタデルダンジョンに行くことにこだわっている。
 付き従っているイヴリンも……いや、イヴリンこそ拘っているのか? ジョエルはイヴリンの姿を思い浮かべる。
 彼女はいつもアイリーンの傍らに控え、甲斐甲斐かいがいしく世話をしていた。その姿に違和感はなかったはずだ。

「ジョエル様!」
「あ、ああ、なんだ?」

 兵士の一人から声を掛けられ、ジョエルは慌てて思考を切り替えた。
 今は答えの出ないことを考えている場合ではない。今から引き返すのだ。またあのウサギのいた森を抜けないといけない。自分に従ってくれる者たちのために、やらないといけないことは山ほどある。
 それにアイリーンたちのことを考えたところで、会う機会は二度と訪れないだろう。もし他者のことを考えるとするなら、冒険者たちのことを考えていた方がマシだ。彼らなら、生きて帰る可能性は高いだろう。
 結局、アイリーンと共に行くことを決めたのは、瑠璃唐草ネモフィラ騎士団の生き残りの二人だけだった。
 しばらくして、三人だけの騎士団が、馬に乗って城塞迷宮シタデルダンジョンへと出発したのだった。


〈小僧、本当に、もういないのだろうな?〉
「いないってば」
〈本当だな? チャラいの、お前も確認したのか?〉
「だからしたって言ってるだろ?」

 チャラいのと呼ばれたクリストフは、相手をしていられないとばかりに、グリおじさんの方を見もせずに答える。

〈本当に……〉
「グリおじさん、しつこい!」

 ロアに怒鳴られ、グリおじさんは納得いかないながらも口を閉じた。
 ここは城塞迷宮シタデルダンジョンの中心部。塔になっている部分の中だ。
 侵入した巨大な地下室から出てからずっと、グリおじさんはこの調子でロアたちに確認を繰り返していた。よほど虫だらけだったのが応えたらしい。
 ロアたちはすでに地下部分を抜け、地上部分の一階に入っていた。所々に開いている窓からは自然光が差し込んでいる。たくみに計算されているのだろう、分厚い壁に囲まれた室内なのに光の魔法も必要なく、差し込む光だけで明るい。
 覆いがなくなっている窓から風で入り込んだのか、床には薄く土が積もっており、草が所々生えていることもあって、室内というよりは屋外の小路こみちのような印象になっていた。さすがに地下のように多数の虫がうごめいているということはないだろう。
 それでもグリおじさんは、前を歩くロアの背中にピッタリと身体を押し付けながら歩いていた。まだどこか怯えた様子があり、時々キョロキョロと周囲を見回している。

「そんなに気になるなら自分で確認すれ……」
〈それは嫌だ!〉

 ロアの言葉を最後まで言わせない勢いで拒絶する。
 グリおじさんであれば周囲の虫の有無の確認など、魔法を使って息をするようにできる。それをしないのは、グリおじさん自身が、本当に虫がいない場所など存在しないのを知っているからだ。
 虫はこの世界のどこにでもいる。
 表面的にいないように見えても、壁や床板の隙間などの見えない場所にいたりする。それを分かっているからこそ、虫を対象とした探知系の魔法を自分で使おうとはしない。
 使ってしまったが最後、必ず虫を感知してしまって動けなくなるのが分かっているのだ。
 だからこそ、ロアや探知の魔法を得意としているクリストフに虫はいないと言ってもらい、自分に言い聞かせるようにしていた。
 要するに、自己欺瞞ぎまんだ。
 信頼しているロアの言葉で、自分自身に暗示をかけているだけだった。

「腰抜け……」

 ディートリヒに背後から小さく呟かれ、グリおじさんが睨みつける。いつもであれば言い返すところだろうが、今の状況では分が悪いのを理解しているのだろう、睨むだけだ。
 今、ロアたちは上の階に向かうための階段を目指して歩いていた。
 先頭がクリストフと双子の魔狼で、殿しんがりがディートリヒとコルネリアだ。ロアとグリおじさん、ベルンハルトはその間に挟まれている。

「本当にこの道でいいんだろうな? 怯えてて間違えたとかシャレにならねーぞ」
〈たぶんと言ったはずだぞ。こんな下位層に我は入ったことがないからな〉
「役立たず」
〈殺すぞ!〉

 ロアたちはグリおじさんの曖昧な道案内と、クリストフの探知魔法で進んでいた。
 この城塞迷宮シタデルダンジョンはその名の通り、戦いのための城塞だ。内部に侵入されても、簡単に重要部分がある上部には登れなくなっている。
 そのため、上がるための階段は、一階ごとに離れた場所に配置されていた。通路も簡易的であるものの迷路状になっている。
 普段の生活に影響ない程度に抑えられているが、攻め込む側が焦っていれば迷うくらいには入り組んでいた。

「ばう!」
「ばう!」

 いくつか角を曲がったあたりで、双子がえた。

〈もうすぐ犬が来るらしいぞ〉

 グリおじさんが双子の声を翻訳して伝える。まだ自分自身で索敵する気はないらしい。その言葉に、全員が立ち止まった。

〈犬は……人の言葉で何と言ったか……メインドッグだったか? 他の魔獣の食べ残しを狙うせこいやつだ。昔は地下にいたのだがな……それが三匹来るらしい〉

 鬣犬メインドッグは犬型の魔獣だ。
死肉しにく荒らし』とも言われ、小規模の群れで行動する。死体の骨を噛み砕くために顎は強いが、それ以外は大して強くない魔獣だった。大きさは双子の魔狼より少し大きいくらいだろうか。

鬣犬メインドッグか。ロアでも戦える相手だな」

 クリストフが呟くのを聞いて、ディートリヒがわずかに考える。そして……。

「ロア、戦ってみるか?」

 と、ロアに向かって問いかけた。ロアにとっていい経験になると思ったのだ。
 グリおじさんや望郷と訓練を始めてから、ロアは魔獣との戦いを経験していない。
 ウサギの森でのピョンちゃんとの戦いがあるが、あれは本気の戦いではなかったし例外だろう。不死者アンデッドなどはロア自身が「駆除」と言っていた通り戦いではなく、動く骸骨巨人ギガントスケルトンの時も足止めにネバネバの液体を準備しただけで何もしていない。
 ロアははっきり言って弱い。
 だからこそ、安全に戦いを経験できる魔獣というのは貴重だった。

「もちろん、オレたちが補助に入って一匹ずつ戦えるようにする。どうする?」

 言われたロアは少しだけ戸惑ったものの、すぐに大きく頷いた。

「戦いま……」
〈いや、我がやろう‼〉

 口を挟んだのはグリおじさんだ。

「はあ? 何言ってんだ? ロアに実戦経験積ませるいい機会だろ!」
〈我がやってやると言ってるのだ!〉
「あんただって前に、ロアには実戦が必要だとか言ってただろ! いい機会じゃないか!」
〈……〉
「おい!」

 ディートリヒは叫ぶが、グリおじさんは無視だ。すでに周囲で風が流れ始め、魔法の準備が始まっているらしい。

「これは……風? いや、炎? しかしまだ姿も見えていないのに……」

 ベルンハルトの声が響く。
 鬣犬メインドッグは双子の魔狼が気が付いただけで、まだクリストフの探知範囲に入っていないほど遠くにいる。いきなり魔法を放つのは悪手だろう。
 しかも、今のグリおじさんは索敵すらしていないのだ。狙いようもない。

「グリおじさん、なんかやたら大きい魔力を込めてない?」
〈……〉

 ロアの問いかけにも答えない。双子の魔狼も、グリおじさんの突然の行動に首を傾げている。

〈行け!〉

 瞬間、ロアたちの視界は真っ赤に染まった。

「目が!」
「何やりやがった陰険グリフォン‼」
「きゃっ!」
「うぉ……」
「ばう!」
「ばううう!」
「おおおおお‼ これは! なんという威力‼」
「グリおじさん! 何を!」

 周囲に満ちたのは炎だ。
 グリおじさん以外の全員が咄嗟とっさに腕で頭をかばい、身を守る。しかし、グリおじさんがしっかりと周囲に防御の魔法を施していたらしく、ロアたちの周りだけは炎も熱も届くことはなかった。

〈ふははははははは! 燃えろ! 不愉快なものは全て燃えるがいい! 全て焼き尽くせ‼〉

 轟々ごうごうと渦巻く炎の音に、グリおじさんの高笑いが混ざる。

「これは、風の魔法で炎の魔法を広範囲に拡散している? いったいどこまで……」

 ベルンハルトが目を輝かせながら、燃え盛る炎を見つめていた。興奮し過ぎて頬を赤く染めており、整った顔と相まって恋する女性のようだ。

「……ひょっとして、グリおじさんは周りの虫を全部焼き殺すつもりじゃ……」

 ロアが呟いた言葉に、ベルンハルト以外の目が高笑いをしているグリおじさんに集まった。
 全員が疑いの目だ。
 特に双子など、完全に軽蔑けいべつした視線になっていた。

〈む。そんなことをするわけがないであろう! 犬っころを狙った魔法が遠くまで広がっただけだ! 虫など関係ない! 全てを焼き尽くしたのもだ‼〉
「へー……」
〈たまたまだぞ‼〉

 グリおじさんの言い訳を信じる者は、誰もいなかった。


 焼け焦げた壁、床、天井がどこまでも続いている。
 壁面は魔法を無効化する加工がされており、床や天井も石造りのため焦げるだけで済んだが、もし木製の建材を使っていたら城塞ごと焼け落ちていただろう。すでにグリおじさんの風の魔法で冷やされているが、とんでもない高熱で焼かれたことが見て取れた。
 その中を、ロアたちは進んでいた。

「……グリおじさん、ここ何階?」
〈じゅ……十五階だな……〉
「ふーん」

 ロアから白い目を向けられ、グリおじさんは項垂うなだれて歩いている。頭の飾り羽根も元気がない。
 ロアも一緒に上っているのだから、何階まで上がったかは理解している。それなのにわざわざ質問しているのは、グリおじさんを責めるためだった。

「この階も真っ黒だねぇ」
〈そ、そうだな〉
「あ、また炭になった死骸が床に落ちてる。あれは何の魔獣だったのかな? いい素材が採れたんだろうねぇ」
〈……〉

 ロアも二、三階上ったあたりまでは普通だった。「結構上まで燃えてるね」などと優しく言う余裕があった。虫嫌いなのだから、極端な行動に出ても仕方ないと思っていたのだ。
 それが五階を超えたあたりから、大きくため息をつき始め、十階を超えてから嫌味を言うようになったのである。
 理由は素材だ。

「珍しい魔獣だったんじゃないかなぁ?」
〈……〉

 骨まで焦げているような死骸でも、残っている部分の形状から、ロアはある程度はどんな魔獣だったか推測できる。転がっている黒焦げの死骸の中に、見たことがないものがいくつか交ざっていたのである。
 それに気付いてから、段々と不機嫌になっていったのだった。

「さっきから、オレたち歩いてるだけだね」

 ロアは怒鳴ることはない。本気で腹を立てている時は静かに怒るタイプだ。

「魔獣にもまったく出会わないから、通路を歩いて、階段見つけたら上るのを繰り返してるだけだね。これじゃ、グリおじさんの大好きな鍛錬もできないね。散歩してるようなもんだね」
〈……歩くのも鍛錬になると思うぞ?〉

 そもそも、ロアは感情を表に出すことは少ない。ほとんど無意識に本心を抑え込み、当たりさわりのない態度をとる癖がついていた。
 勇者パーティーだった『暁の光』で万能職として働き続けた間に、いつの間にかそうなってしまっていた。
 怒鳴られたり、殴られたり、馬鹿にされたりした時に、怒りや不満、悲しみの感情を表に出すとさらに追撃を食らうことになる。そのために本心を隠す癖がついてしまっていた。
 ただ、そんなロアが本音で接しているのが、従魔たちだ。
 それは家族に対しての信頼と甘えに似ていた。だからこそ、グリおじさん相手ならこうやって怒るし、不満を態度にも口にも出すのだった。

「……なあ、もう許してやれよ……」

 ディートリヒが声を掛ける。さすがに見ていて居たたまれなくなってきたのだ。
 ディートリヒも最初は、グリおじさんが萎縮いしゅくしているのを見てざまを見ろと笑っていた。ロアが自分たちの前で感情的になるのは珍しいので、歓迎すらしていた。
 しかし、段々と重くなってくる空気に耐え切れなくなったのだった。グリおじさんは確かにやり過ぎたが、嫌いな虫を大量に見たのだから仕方ないだろう。ロアや望郷のメンバーに被害がないように配慮していたようだし、結果的に城塞迷宮シタデルダンジョンの凶悪な魔獣と戦わずに済んでいる。
 いつものたちの悪いイタズラに比べたら、無害と言ってもいい。
 なのに本気でへこまされているのは、可哀そうになってきた。
 今の雰囲気が、いつも自分がクリストフやコルネリアに怒られている時に似ているのも、耐えられなくなった理由の一つなのだが。

「え? 何を許すんです? オレ、怒ってませんよ?」

 そう言ってニッコリとしたロアの目は、まったく笑っていなかった。
 めんどくせぇな、こいつ! と思いながら、ディートリヒは近くにいたクリストフの腹をひじでつつく。そしてアイコンタクトでお前も宥めろと指示を出した。

「え? オレ?」

 自分に振られると思っていなかったクリストフは、ちょうどこちらに目を向けていたコルネリアに視線で助けを求めた。

「……」

 コルネリアは無言で首を横に振った。クリストフはさらにベルンハルトの方を見るが、サッと目を逸らされる。
 双子は……最初から関わらないように、距離を開けて先行していた。明らかに今の状況を予測しての行動だ。あの二匹は本当に要領ようりょうがいい。
 グリおじさんに目を向けると、こちらはこちらで、助けてくれと懇願こんがんするような視線を向けてきていた。グリおじさんに頼られる日が来るとは思っていなかったが、よほど切羽詰まっているらしい。
 普段なら絶対強者に自分を認めてもらえたと喜ぶところだろうが、今のクリストフは退路を断たれた気持ちになった。
 ロアは穏やかに見えて、かなり頑固だ。
 これはもう従魔たちと望郷のメンバー共通の認識である。
 そんな彼が「怒ってない」と言っているのだから、何を言っても認めないだろう。こうなっては、許してやれと説得できるとは思えない。

「そ、そういや、気になってたんだけど!」

 結局、クリストフは話題を変えて、少しでも重い空気をなくすことにした。

「えっと、そのだな……グリおじさんは、昔はここの主だったってことでいいのか?」

 とっさに良い話題が思いつかず、気になるが今まで聞けなかったことを口走ってしまった。
 クリストフは意図的にこの話題を今まで避けていた。周囲の誰も口に出さないし、聞いてはいけないような気分になっていたのだ。
 それに、万能職の少年の従魔になっている目の前のグリフォンが、最凶最悪の城塞迷宮シタデルダンジョンの主などと言われても、どう反応していいか分からなかったからだ。

「そんなの、こいつが古巣って言った時点で分かるだろ。力で従えられるやつじゃないぞ」
「え、グリおじさんは主ですよね?」
「主でしょ?」
「究極の魔法を操りになるグリおじさん様が主以外にあり得ない!」

 グリおじさんが答えるより先に、その場にいる全員が答えた。いまさら何を言ってるんだと言いたげだ。
 今まで話題にならなかったのは、誰もが疑うことなく、グリおじさんがここの主だと思っていたかららしい。クリストフもそうだろうとは予測していたが、これほどまでに自信満々に言い切られるとは思っていなかった。

「それで横暴過ぎて他のグリフォンに反乱を起こされて、追い出されたんだろ?」
「グリおじさんのことだから、思わせぶりな態度をしてるだけで、とんでもなくつまらない理由で飛び出したんだと思いますよ」
「珍しい物が食べたくなったとかじゃないかしら?」
「究極の魔法を求めて旅立たれたのだ‼」

 さらにはそれぞれ好き勝手に、出ていった理由を想像していたらしい。様々な思い付きを話す面々を尻目に、クリストフはなぜかグリおじさんに恨みの籠った目で睨まれていた。
 重い空気はなくなったが、振った話題が悪かったらしい。
 威圧はされていないが、その視線に耐え切れず、クリストフは目を逸らして顔を引きつらせた。

〈……そろそろ階段が見えてくるぞ。ただ……〉

 急にクリストフから視線を外し、グリおじさんが呟く。

「ただ?」

 疑問の声を上げたのはロアだ。先ほどまでの不機嫌な感じはなく、そのことに安心してグリおじさんの表情は緩んだ。

〈閉鎖されておるな。このような仕掛けがあったのか?〉

 階段の所にたどり着くと、本来は上の階に繋がっているはずの部分が、金属の板で塞がれていた。
 それをクリストフが調べたところ、急ごしらえでふたをしたわけではなく、元々そういった仕掛けだったらしい。グリおじさんの話によれば、ここより上は軍の上級士官用の設備がある。重要部分として、下から攻めてくる敵に侵入させないための仕掛けだろう。
 そして、この建物は地上二十階建て。
 ここから上の五階分と屋上が城塞迷宮シタデルダンジョンの本当の主たち、翼がある魔獣の本陣だ。


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