追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)

文字の大きさ
200 / 244
閑話

閑話 怯え

しおりを挟む
 暁の光のタンク役戦士オルソが目を覚ますと、そこはいつもの寝室ではなかった。
 見知らぬ部屋の、ベッドの上だった。

 「ん……」

 ここはどこなのかと考えるが、思考がうまくまとまらない。
 まるで酔っているような、不思議な感覚だ。

 「目を覚まされたんですね」

 そのまま天井を見つめていると、若い女性が声をかけてきた。
 修道服に白いエプロン。頭は修道服の時に身に着ける帽子コルネットではなく布をきつく巻いて髪がはみ出ない様に纏めている。
 その女性の服装を見て、オルソはここがどこなのか悟った。

 「……治療院?」
 「そうです。貴方はケガをしてここに運び込まれました。三日眠ってらしたのですよ」

 れた声でオルソが尋ねると、女性は優しい微笑みを浮かべて答えてくれた。
 治療院は修道院が運営している治療施設である。
 魔法薬では手に負えない重傷病者が運び込まれ、長期的に治療することを目的としていた。
 修道院で修業をしている修道士たちが運営しているが、無料というわけではない。

 女性はそこの看護士だった。

 「なんで……?」

 オルソは身体を起こそうとしたが、まったく身体が動かなかった。
 
 「ダメですよ。無理はしないでくださいね。治癒魔法薬で傷と骨折は治っていますが、まだ内臓に損傷があります。痛み止めに、麻痺の魔法をかけてありますからね」
 
 内臓に損傷が残っているということは、使われた治癒魔法薬は中位のものなのだろう。
 先に中位の治癒魔法薬を使ってしまった場合は、追加で高位治癒魔法薬を使うことはできなくなる。ケガの状態の見極めが不完全で、内臓などに損傷があっても治せない。
 それで死に至る不幸な者もいるが、多くは不完全ながらも内臓も治癒されるため、今のオルソのように安静にして自然治癒を目指すのだった。

 「なにがおこったんだ?」
 「申し訳ありません。私は詳しいことは知りません。魔獣に襲われたとしか……」
 「まじゅう?」

 魔獣と聞いて、その瞬間にオルソの中で記憶が弾けた。
 
 「……う、うわあああああああああ!!」

 部屋に響き渡る絶叫。
 看護士は突然のことに耳を塞ぐこともできずに驚いて身をすくめた。

 弾けた記憶が、オルソの脳内を埋め尽くす。
 襲ってくるゴーレムの群れ。巨体に踏み潰されて乾いた音を立てて割れる自身の骨。潰れた肉からは血が飛び散り、血溜りを作っていく。
 ゴーレムが動く度に周囲の岩が砕け、土煙が喉と鼻に入り込み呼吸を困難にさせる。
 そして、冷ややかな魔獣の目。
 従魔であったはずのグリフォンの、虫ケラでも見るような見下した視線。

 まるで脳を焼くような強烈な記憶に耐えきれずオルソは叫びを上げた。
 オルソの巨躯が麻痺の魔法の呪縛を振り解いて、弾けるように動いた。

 「ダメです!動かないで!安静に!!」

 上半身を起こそうとするオルソを看護士が押さえつけるが、鍛えられた冒険者がそれで止まるはずがない。
 なおも叫びながら、痙攣するようにオルソは身を捩じらせた。
 肺の空気をすべて吐き出すまで叫び続け、そしてオルソはやっと記憶の衝撃から己を取り戻す。

 「仲間は!仲間はどうなった!?」
 「お仲間の方は……」

 看護士が言いよどんで目を逸らしたことで、オルソは察した。
 死んだのだ。みんな殺された。
 間違いない。

 「グリフォンに」

 グリフォンに殺された、そう言おうとして喉が詰まる。
 数日話していない嗄れた喉に、先ほどの叫びは大きな負担をかけていた。
 
 「グ、グリフォンですか。貴方たちの従魔はこの街に戻ってきていますよ」
 「!?」

 看護士はオルソが仲間の安否を心配した後に、従魔の心配をしたと思ったのだろう。
 従魔の心配までする心優しい冒険者に、せめて従魔の無事だけでも教えてやろうと優しさから答えたのだった。

 しかし、オルソは告発しようとしていたのだ。
 自分の仲間を殺したのが、あのグリフォンだと伝えたかった。
 だが。

 ダメだ。
 あの目。あの冷たい目。
 
 グリフォンがどうやって街に戻ったかは分からない。しかし、すでに奴はこの街の中にいる。
 ならば、告発すれば、それをしたのがオルソだと気付くだろう。
 気付くに違いない。
 気付けば、絶対に殺される!

 オルソの身体は小刻みに震え始める。
 オルソの考えは思い込みに過ぎない。しかし、彼の中では真実だった。
 一度殺されかけたのだから、もう一度殺されるのは確実だと思ってしまった。

 どうすればいいか?オルソは必死に考える。
 敵ではないことを示すしかないだろう。そして、殺されかけたことすら、なかったことにするのだ。
 そうすれば、見逃してもらえるかもしれない。

 そう考えた途端、オルソの身体から不意に力が抜けた。

 「きゃっ!」

 看護士に押さえつけられていた身体は、急に力を抜けたために激しくベッドに打ち付けられる。
 ベッドのクッションはそれを受け止めきれず、オルソの身体はベッドからずり落ちて、床に叩き付けられる。

 オルソはとっさに腕で頭をかばおうとするが、左腕が動かない。
 いや違う。
 オルソの左腕は、無かった。

 「な?」

 身体を床に叩き付けれた痛みも忘れ、オルソは立ち上がろうとした。
 しかしそれも叶わなかった。
 右足が、無かった。

 「……え?」

 床に転がったまま、オルソは現実を知る。
 あの時、オルソはゴーレムに手足を潰された。再建不可能なまでに潰れた手足は、通常の治癒魔法薬では治らなかったのである。

 いつの間にか、オルソは泣いていた。




 数日後、冒険者ギルドの人間がオルソの元に事情聴取に訪れた。
 ベッドの上に横たわり虚ろな目をしたオルソは、あれは事故だったと告げた。

 原因は分からないが、無数のゴーレムに襲われた。
 暁の光のメンバーは果敢に戦い、そして敗れた。
 従魔たちが逃げ出したことは知らなかった。

 それだけ言うと、それ以降は何も語ろうとしなかった。
 何度事情聴取しても、その証言は変わらなかった。

 その証言によって勇者パーティーだった暁の光の壊滅は、事故として処理されることとなったのだった。
 
 
 

 さらに半年後。

 オルソは妻とともに故郷の田舎に移り住んでいた。
 左腕と右足が無い状態では冒険者が続けられるわけがなく、他の仕事も厳しい。それにがいるあの街で暮らしたくなかった。
 そこで田舎に引っ込み、ゆっくりと暮らすことにしたのだ。

 幸い勇者パーティーにまで登り詰めた彼の稼ぎはよく、田舎暮らしなら老後まで仕事をしなくても問題ないくらいの貯えがあった。
 失った足は膝下からだったために、義足を使えば動き回ることはできる。
 元々力が強いオルソなら、片手で鍬を持って畑を耕すこともできる。

 思ったよりも快適な生活を過ごしていた。

 ある日、オルソが暮らしている家の前に馬車が停まっていた。
 それはとある商会の馬車だった。

 その馬車が立ち去った後、玄関先で魔法薬の瓶を握り泣き崩れているオルソの姿があった。
 しかし、その後も変わらずオルソは義足を使って歩き回り、片手で畑を耕していた。

 あの魔法薬が何だったのか、オルソが語ることはなかった。
 ただ、この手足は自分の贖罪だと、語るのみだった。

しおりを挟む
感想 1,431

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。