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1章『転生×オメガ=あほ顔になる』

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「たいっっっへん申し訳ございませんでした!!」

男性に助けて貰っただけでは無く、好きでもない女の身体を弄る事までさせてしまった。在昌さんには桃ちゃんが居るのに、何という事をしてしまったのだろう。

土下座する勢いで私は在昌さんに謝り通した。そんな私に焦りながら止めようとする在昌さんの優しさに涙が滲む。目の前に在昌さんという天使が居る…。

「取りあえず落ち着こう、ね」
「はぁ…はぁ…ごほっ」

大きい声を久方ぶりに出したせいか、喉がヒリヒリする。咳き込む私の背中を撫でながらソファーへと座るように促してくれる在昌さんは大天使だ…。

「ちょっと待っててね」
「はぁ…はぁ…は、はい」

落ち着かない私の頭をぽん、と叩いて、姿を消した在昌さん。

……ああ!
うわああああああ!
あああああああ!!
本当に在昌さんだよね!?あの顔も、優しい性格も、頭をぽん、とする癖も、全く以て在昌さんそのものだ。

もう、ここまで来たらこの非現実的な出来事は本当に起こっている事だと認めざるを得ない。

今流行の転生だろうか。だとしたら普通は異世界に行くのでは?チート能力を持ってさ。この手の小説はあまり読んだ事が無いけれど、電子書籍のお勧めに良く上がってくるから知っている。

よし、私がオメ蜜に転生したとしよう。だとしたら私は誰なのだろうか。もしかして桃ちゃんに転生してしまったとか…。だとしたら私はこれから在昌さんの愛をふんだんに受ける事になるのでは…!

胸が張り裂けそうな程の期待を胸に、私はちらりと窓に映る自分を確認した。そこにはにたにたと笑いながら鼻を伸ばした私が、居た。

…期待した私が馬鹿だった。
私はずぅん、と沈みながら辛うじて残ったパジャマのボタンを留め、今後の事を考える。転生でも転移でも何でもいいけど、取りあえずは私が私である事は確かで。

だとするとこの世界では私はどういう立ち位置なのだろうか。イレギュラーな存在なのか、それとも存在しているのか。
だが、考えても考えても、ここの世界の記憶は持ち合わせていない。

「うぅ…」
「大丈夫?」

頭上から声がして、ハッと我に返る。マイワールドに入りすぎて在昌さんの存在に気が付かなかった。

「はい、ココア。飲めるかな」
「は、はい。あ…ありがとう、ございます」
「いいえ」

私はおずおずと在昌さんが入れてくれたココアを頂く。そういえば、桃ちゃんも在昌さんが入れてくれたココアが好きだったよね。

暖かいマグカップに、甘い匂いが私の心を落ち着かせる。
…このココア……在昌さんが私の為に入れてくれたんだよね!?私の為に、わざわざ入れてくれたんだよね!!ポリ袋に入れて持ち帰りたい。

心を落ち着くわー、なんてロマンチックな事を言った癖に直ぐに興奮するとは如何ほどか。

恐る恐る口を付けたココアは、今まで飲んだココアの中で一番美味しかった。高級ココアなんか目では無い。ミチュランガイドに星3つもらえるレベルだ。ココア大会にだって優勝するだろう。

飲みやすいように、ミルクを足して飲みやすくしてくれているのか、体内に染みる温度が丁度良かった。

こういう所も在昌さんなんだよなぁ…。

「落ち着いた?」
「は、はい…ありがとうございました。凄く…美味しいです」

今更だけど、在昌さんは凄くいい声をしている。私は声には興味があまり無いけれど、在昌さんの声は凄く格好いいと思う。低いのだけど、芯があって落ち着きがある。まるで人柄を表しているような声だ。

「え、と、本当にありがとうございました。色々…シて頂いて…」

改めてお礼を言う。
先程は混乱したあまり、サラリーマンのような謝罪をしてしまった。名誉挽回だ。

「いや…こちらこそいきなり触れてしまってごめんね」
「いえ…!あの、…凄く助かりました」

先程の情事を思い出してしまった私は思わず赤面する。恥ずかしさの余り語尾が消えていってしまった。

「いや……ところで、君は何故、あんな格好で逃げていたのかな?」

実は、私小説の世界に転生しまして!気付いたらパジャマの姿で倒れていたのですー…だなんて言える訳がない。言ったところで頭のおかしい女の烙印を押されるだけだ。

どう言えばいいのだろうか。かと言って適当に言葉を並べてこの場をやり過ごす手立ては私には持ち合わせていない。

神妙な面持ちで黙る私に、在昌さんは何か勘違いしたのか明後日の方向の言葉を私に向けた。

「もしかして…記憶が、無いのかな。だとしたら…」

顎に長い指を当てながらぶつぶつと独りごちる在昌さんに目眩を感じる。何とも格好良い仕草だろうか…。眉を潜めながら考え込む在昌さんも素敵だ。いや、どんな在昌さんも素敵なのですが。

記憶喪失。
良い設定かもしれない。在昌さんに嘘を吐くのは気が引けるけど、頭のおかしい女と思われるよりかはマシだ。

「え、と…そうなのかも、です。実は…記憶が全然無くて……」
「そうか…。名前は覚えている?」

心配そうに私を覗き込む在昌さんに私の胸が罪悪感でちくちくと痛む。普段嘘なんて吐く事が無いから押しつぶされそうだ。まぁ、嘘を吐くような相手が居ないだけだけど。社会人になってからの友達作りは難しいのですよ。

名前くらいは言っても良いだろうか。…別に在昌さんに名前を呼ばれたいなんて疚しい気持ちを抱いた訳では無いです。

「え、と…たかせ…まお、です。身長が高いの、高いに瀬戸際の瀬に…真ん中の真に、へその緒の緒です」

おう、シットだ。こんな説明いるか?見ろ、在昌さんが肩を震わせている…。破顔している在昌さんも素敵だなぁ。
在昌さんが笑ってくれたなら、私の失態を許してあげよう、私よ。

「ふふ…。高瀬さんだね。俺は神崎在昌ってい言います。神様の神に、山崎の崎に…存在の在で、日が二つ上下に並んだ昌、です」

うわぁ…私のテンパった言葉に返してくれた…。神だ…。

在昌さんの気の利いたジョークで私の緊張は少し解れた。私が緊張しているってわかったのかな。本当に、在昌さんは在昌さんだ。小説と変わらない、私の大好きな在昌さん。



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