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151.不思議な少女(7月16日)

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校長先生とダナさんの話がひと段落した頃に、校長室の扉がノックされた。
扉の向こうにいたのは娘達とカミラ先生である。

「お話中失礼します。カズヤ殿、そろそろ学生達が集まってきていますが」

「こちらで始めてしまってもよろしいですか?」

アイダとビビアナが話しかけたのは俺に対してであった。
だが、ここはやはり施設管理者である校長先生の許可が必要だ。相手は学生達である。
“いくら放課後とはいえ、学内での活動には学校の許可を得るべし”
これは俺にとっては常識だ。

「校長先生。娘達に任せてよろしいですか?」

「ええ。お任せします。カミラさん、最後の仕事です。学生達が獅子狩人の皆さんに失礼のないよう、指導をお願いしますね」

「承知しました。では失礼します」

校長先生がカミラ先生に“最後の仕事”と伝えるのを聞いても、娘達に動揺した様子はない。大方俺のいない所で本人から話を聞いているのだろう。

娘達とカミラ先生が立ち去った後で、校長先生とダナさんが意味深な笑顔を浮かべている。

「あらあ?みんなカミラが学校を去る事、知ってたみたいだけど。知らなかったのはあなただけなのかしら?」

寮母さんの笑顔が痛い。
俺は乾いた声で笑うしかなかった。

◇◇◇

娘達の後を追うように校長室を辞した俺が中庭で見たのは、中央の花壇の縁に立って何やら演説めいた事を始めた娘達の姿だった。周りには大勢の学生達が集まっている。中央部には女子学生の方が多く、それを取り巻くように男子学生の姿がある。比率でいえば7:3ぐらいか。
風に乗って聞こえてくるのはマンティコレを狩った時の話のようだ。
主に話しているのはアイダで、アリシアが補足している。アイダの写実的な表現に対し、アリシアの話は感情表現豊かなのが個性が出ていて面白い。多少脚色しているようだが、まあ許される範囲だろう。
ビビアナはマンティコレを狩った時には出会っていないから話に加わっていないのは当然として、イザベルが積極的には話していないのが個人的には意外だ。
そういえばあの子は学内ではツンツンキャラで通っているらしいから、そのイメージを崩さないようにしているのだろうか。
そう考えると、今見せている少し斜に構えたような態度も納得できるというものだ。

生来人の輪に加わる事が得意でもない俺は、出遅れた事もあって娘達に近づけなかった。迂闊に近づいても説明がややこしくなるだけだろう。

中庭の隅のベンチに腰掛け、胸ポケットから取り出したタバコに火を付ける。
ああ。思い出した。この風景をどこか懐かしく感じていたのは、大学の喫煙所がこんな感じだったのだ。
今でこそ大学構内は完全禁煙だろうが、俺が在学していた平成の中頃までは普通に喫煙所があったのである。
四方が学舎に囲まれた、憩いの空間。この中庭はそんな空間に似ているのだ。
俺が通っていた大学と違うのは、学生達の男女の比率だ。
これぐらい女子学生がいれば、俺の青春時代はもっと色彩に富むものになっていたのだろうか。

◇◇◇

「ねえ」

突然背後から声をかけられて、思いっきりむせる。
別に女子学生の足なんぞ見て、よからぬ事を妄想しかけていたわけではない。断じてない。

振り返った先にいたのは、まだ幼さの残る少女だった。
見た感じ10代前半だろうか。10代後半に差しかかったアリシアやイザベルより間違いなく若い。
長い前髪の奥から覗く緑色の瞳には、子供らしい好奇心とどこか諦めたような無気力な雰囲気が入り混じる。
養成所の制服である濃いえんじ色のジャケットに胸元に控えめなフリルのある白いシャツ、赤と紺のタータンチェックの膝丈ぐらいの巻きスカートを着用しているから、学生なのは間違いなさそうだ。
だが制服はどこか古びており、軽くウェーブのかかった青みの強いアッシュグレーの髪がその印象を強くしている。

「その煙、なに?カナビス?」

少女の視線は俺が摘んでいるタバコから薄っすらと立ち上る煙に注がれている。
やはり学内で喫煙は拙かったか。

「これか?これはタバコといってな。まあ俺の故郷の嗜好品だ」

「ふ~ん。カナビスの匂いとは違うもんね」

少女の呟きは独り言か、それとも俺に言っているのか判断に迷うほどの小ささだ。
だが俺は後者にかけてみる。何よりこの少女が醸し出す、年齢不相応な雰囲気に興味を惹かれたのだ。

「そのカナビスってのは何だ?」

俺の問いかけに、少女は驚いたような表情を見せた。

「えっ?それって私に言ってる?」

なんだ?自分では俺に質問しておいて、俺が反応するのは意外だったとでも言うのか。
まさか普段は“見えない君”として扱われてるなんて事はないだろうな。いや、養成所とはいえ学校のようなものなのだ。多かれ少なかれイジメがあってもおかしくはないのだろうか。

「お前以外に誰がいる」

俺の言葉を聞いて、今度こそ少女はその緑色の瞳を持つ目を大きく見開いた。

「驚いた……私が気味悪くないの?」

どういう意味だ。やはりこの子は疎まれているのか?

◇◇◇

「気味が悪い?どうしてだ?」

「だって私この髪にこの目だよ。気味悪いでしょ」

そう言いながら、自分の人差し指に髪を巻きつける仕草を繰り返す。髪に軽くウェーブが掛かっているのは、この癖のせいではあるまいな。

「そうか?俺の故郷ではよく見る色だぞ?」

“特定の層”ではな。俺自身はカラコンを入れた経験はないが、中高生ぐらいの時に安く出回っていたなら、金銀妖瞳ヘテロクロミアにしたかもしれない。

「そう……なんだ。あなたの故郷ってどこなの?」

「俺か?そうだな……遠い島国だ」

ここでありきたりの“東の果ての”なんて形容詞をつけると、この世界では魔物扱いされかねない。何せタルテトス王国の東の山脈を向こう側は、魔物の支配する領域らしいのだ。

「ふ~ん。私の先祖も西の島の出らしいのだけど。もしかしたら同じ島なのかしら」

緑色の瞳はかなり珍しいカラーだったはずだから、出身地が同じだと少女が誤解するのも無理はない。
だがここで否定しても意味はないし、少なくとも少女自身が転移者とか転生者の可能性は低そうだ。

「そうなのかもな。それで、お前さんはあの輪の中に入らなくていいのか?」

カナビスというのが何かも気になりはするが、今の俺の興味の対象はどちらかといえば少女自身にある。
この時間に中庭にいるのだ。娘達の話を聞きに来たのに違いはないだろうが。

「輪ってあの人達の?冗談でしょ。私が行っても迷惑なだけよ」

「そういうものか?あの4人の話に興味はない?」

「あるに決まってる。そりゃあ私だって魔物狩人になるためにここにいるんだから、活躍してる人の話は気になるわ。でも、私はみんなに疎まれているし」

「その見た目のせいでか?」

「それもあるけど、出自のせいもあるわね。私、孤児院から養成所に入ったの」

孤児院か。
この街はタルテトス王国の4つある州の州都アルカンダラだ。人口数万人の街であれば、恵まれない環境下で暮らす人々もいるだろう。娘達ははっきりとは言わないが、街の外れには貧民街もあるらしい。

「そんな目をしないで。裕福な人がいれば貧しい人もいる。当たり前のことよ。その境遇から抜け出すために、私はここにいるんだから」

どうやら俺はこの子を哀れみの目で見ていたようだ。
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