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その後の兄と弟。
★お兄さんだって(たまには)いいことがしたい!(上)
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※2014年の四月辺りの話。
スンッ、スンッ。
鼻をすするような音で目が覚め、そしてすぐに気付いた。自分で自分の腕を枕にして寝ていたことに。寝相の良さには定評がある僕としたことが、寝ている間に枕をなくすとは。
鼻をすする音は、まだ止まない。まさか、お兄さんが泣いている? 何でどうしてと思って寝返りを打つと、兄の背中は布団の端ギリギリまで遠ざかっていた。
「お兄さん」
僕が声をかけると、兄の肩がビクンと大きく揺れた。
「どうかしました? お腹が痛い?」
妊娠中の兄は、時々、お腹が張るといって苦しそうにする。もう安定期に入っているとはいえ、あまり頻繁に張るのは良くないと、兄はお医者さんに言われたらしいけど……。
僕は腹這いで兄ににじり寄った。
「お薬持ってきましょうか。それともお医者さんに電話し」
「や、何でもねぇから」
僕の言葉に被せてきた兄の声の調子は、ちょっと慌てた感じだが涙声ではなく、苦しそうでもなかった。でも、十年前のこともあるし、心配だから、僕は近づくのをやめず、兄の肩に手を置いた。兄はもぞもぞと掛け布団を引き上げようとする。
「あ、それ」
兄が布団の中に押し込もうとしていたのは、
「僕の枕じゃないですか」
まるでイタズラを親に見つかった子供のような表情で、兄がこちらを見上げる。
「悪い、間違えた」
間違えるなんてことがある? 兄の枕はただのふかふかな枕で、僕のは低反発枕なのに?
布団の隙間から、すすすと遠慮がちに差し出される、僕の枕。こんなものを抱え込んで、兄は何をしていたのだろう……。
「あ!」
僕が思わず声を上げたのと同時に兄の掛け布団がぶわりと持ち上がる。頭からすっぽり被って狸寝入りしようとしている! そうはさせないぞ! 僕は掛け布団の端を捕らえ、その下に侵入した。逃げようとする兄の鳩尾辺りに腕を回し、腿に足を絡めてロックし捕まえる。
「馬鹿っ、何すんだ。放せって」
僕は抗う手を払いのけて兄の脚の間に手を滑り込ませた。
「あ、あぁーっ、お兄さんっ」
やっぱり、兄の脚の間のものは痛々しいほどパンパンに張りつめている。兄は僕の枕を盗んで匂いを嗅ぎながら、自分でしようとしていたのだ。可哀想なそれをさわっと指で撫でたら、脚を思い切り蹴られた。そんなに嫌なら仕方ない。あまり暴れられると、きっとお腹に負担がかかってしまうし。僕はすごすごと布団から出て正座した。
「すみません、何もしませんから」
返してもらった枕を抱え、自分の布団に戻ろうと腰を浮かせた時、布団からニュッと手が出てきて、僕の膝頭を掴もうとした。側にいて欲しいのだろうか。でも、兄は僕の匂いを嗅いだら、余計に下腹が苦しくなってしまうのでは?
兄の指は僕のズボンを捕らえ、クイックイッと引っ張る。
這入ってもいいのかな? さっきはあんなに嫌がっていたのに。
「失礼します」
僕が布団に身体を滑り込ませると、なんと、兄はこっちを向き、僕の腕の中に潜り込んできた。服越しに僕の胸に当たる、兄の吐息が熱い。スンスンと兄はまた鼻を鳴らし始めた。僕は兄の背中をゆっくり撫でた。
「……い?」
「はい?」
「だから、俺キモい?」
「えぇ!?」
兄が僕の枕をくすねてスンスンと嗅いでいたのを、僕は可愛いと思いこそすれ、気持ち悪いなどとは思わないけれども。
「やっぱり、俺キモいよな。妊娠中なのに、こんなに盛ってて」
その発想はなかった。
「僕、キモいなんて思いません」
とはいえ、日頃は僕ほど性欲がないらしい兄が、妊娠中に限ってこんなに辛抱たまらなさそうにしているなんて意外だ。
兄の膝が僕の脚の間に割って入った。
「お前は全然、したくなさそう」
うっ。実はそうなのだ。もうずーっと、兄に対して欲情していない、できない。兄の芳しい匂いを嗅ぐと、以前は獣性の欲求がむらむらと湧いてきて我慢し難いほどだった。なのに、今は何故か逆に和みモードに入ってしまって。こうして兄の背中を撫でていると、目蓋が重たくなって、寝落ちしてしまいそう……。
そんな訳で、もう四ヶ月以上、兄としていない。最後にしたのは、年末に僕の誕生祝いにかこつけて、兄を東京に呼び出した時。それからしばらくは、お互いなんやかんや忙しくて、連絡を取り合うことすらままならず、そして次に会った時には兄は既に妊娠していた。
こうして振り返ってみれば、僕はなんて現金な奴なんだろう。番になってもらったときばかり熱心に求め、いざ孕ませたとなれば、掌を返すかのように淡白になるとは。これが逆に、妊娠した途端に兄が一切僕を受け入れてくれなくなって、なのに僕の方は性欲がムラムラだったとしたら、仕方ないことと僕は納得出来るのか? 悲しい、寂しいと思うのではないか? はぁ、僕はなんてろくでもない奴なんだ。
「やっぱキモいかな……」
そ、そんな! 沈黙が答えみたいな受け取り方はしないでください! でもでも、考えてみれば、妊娠中に妊娠する為の行為を必要することってあるのか? という疑問はある。
「ググります」
「えっ」
悶々と一人で考えたってしょうがない。なにせ、ついさっき兄に問われるまで、人生で一度も感じたことのない疑問なのだから。こういう時はネットの集合知に素直に頼るべきだ。
僕は布団を抜け出し、枕元に置いてあったスマホを手に取ると、検索窓に『妊娠中 性欲』と打ち込んだ。そして虫眼鏡マークをクリックすると、やっぱり、沢山の記事がヒットした。自分が疑問に思うこと、大抵人類のみんな、既に疑問に思い済み、なんなら解決済みの法則だ。
「どうやら、妊婦さんにより様々みたいですね。ある人は性欲がゼロになり、またある人は妊娠初期から産む直前までずっと欲求不満。お兄さんは後者でしょうか」
スマホから顔を上げると、兄は横になったまま、顔を上半分だけ布団から出し、僕をジーッと見詰めていた。「疑わしい」と言いたげな目だ。しかし現に今、兄は高まる性欲を持て余して悶々としている最中ではないか。
スンッ、スンッ。
鼻をすするような音で目が覚め、そしてすぐに気付いた。自分で自分の腕を枕にして寝ていたことに。寝相の良さには定評がある僕としたことが、寝ている間に枕をなくすとは。
鼻をすする音は、まだ止まない。まさか、お兄さんが泣いている? 何でどうしてと思って寝返りを打つと、兄の背中は布団の端ギリギリまで遠ざかっていた。
「お兄さん」
僕が声をかけると、兄の肩がビクンと大きく揺れた。
「どうかしました? お腹が痛い?」
妊娠中の兄は、時々、お腹が張るといって苦しそうにする。もう安定期に入っているとはいえ、あまり頻繁に張るのは良くないと、兄はお医者さんに言われたらしいけど……。
僕は腹這いで兄ににじり寄った。
「お薬持ってきましょうか。それともお医者さんに電話し」
「や、何でもねぇから」
僕の言葉に被せてきた兄の声の調子は、ちょっと慌てた感じだが涙声ではなく、苦しそうでもなかった。でも、十年前のこともあるし、心配だから、僕は近づくのをやめず、兄の肩に手を置いた。兄はもぞもぞと掛け布団を引き上げようとする。
「あ、それ」
兄が布団の中に押し込もうとしていたのは、
「僕の枕じゃないですか」
まるでイタズラを親に見つかった子供のような表情で、兄がこちらを見上げる。
「悪い、間違えた」
間違えるなんてことがある? 兄の枕はただのふかふかな枕で、僕のは低反発枕なのに?
布団の隙間から、すすすと遠慮がちに差し出される、僕の枕。こんなものを抱え込んで、兄は何をしていたのだろう……。
「あ!」
僕が思わず声を上げたのと同時に兄の掛け布団がぶわりと持ち上がる。頭からすっぽり被って狸寝入りしようとしている! そうはさせないぞ! 僕は掛け布団の端を捕らえ、その下に侵入した。逃げようとする兄の鳩尾辺りに腕を回し、腿に足を絡めてロックし捕まえる。
「馬鹿っ、何すんだ。放せって」
僕は抗う手を払いのけて兄の脚の間に手を滑り込ませた。
「あ、あぁーっ、お兄さんっ」
やっぱり、兄の脚の間のものは痛々しいほどパンパンに張りつめている。兄は僕の枕を盗んで匂いを嗅ぎながら、自分でしようとしていたのだ。可哀想なそれをさわっと指で撫でたら、脚を思い切り蹴られた。そんなに嫌なら仕方ない。あまり暴れられると、きっとお腹に負担がかかってしまうし。僕はすごすごと布団から出て正座した。
「すみません、何もしませんから」
返してもらった枕を抱え、自分の布団に戻ろうと腰を浮かせた時、布団からニュッと手が出てきて、僕の膝頭を掴もうとした。側にいて欲しいのだろうか。でも、兄は僕の匂いを嗅いだら、余計に下腹が苦しくなってしまうのでは?
兄の指は僕のズボンを捕らえ、クイックイッと引っ張る。
這入ってもいいのかな? さっきはあんなに嫌がっていたのに。
「失礼します」
僕が布団に身体を滑り込ませると、なんと、兄はこっちを向き、僕の腕の中に潜り込んできた。服越しに僕の胸に当たる、兄の吐息が熱い。スンスンと兄はまた鼻を鳴らし始めた。僕は兄の背中をゆっくり撫でた。
「……い?」
「はい?」
「だから、俺キモい?」
「えぇ!?」
兄が僕の枕をくすねてスンスンと嗅いでいたのを、僕は可愛いと思いこそすれ、気持ち悪いなどとは思わないけれども。
「やっぱり、俺キモいよな。妊娠中なのに、こんなに盛ってて」
その発想はなかった。
「僕、キモいなんて思いません」
とはいえ、日頃は僕ほど性欲がないらしい兄が、妊娠中に限ってこんなに辛抱たまらなさそうにしているなんて意外だ。
兄の膝が僕の脚の間に割って入った。
「お前は全然、したくなさそう」
うっ。実はそうなのだ。もうずーっと、兄に対して欲情していない、できない。兄の芳しい匂いを嗅ぐと、以前は獣性の欲求がむらむらと湧いてきて我慢し難いほどだった。なのに、今は何故か逆に和みモードに入ってしまって。こうして兄の背中を撫でていると、目蓋が重たくなって、寝落ちしてしまいそう……。
そんな訳で、もう四ヶ月以上、兄としていない。最後にしたのは、年末に僕の誕生祝いにかこつけて、兄を東京に呼び出した時。それからしばらくは、お互いなんやかんや忙しくて、連絡を取り合うことすらままならず、そして次に会った時には兄は既に妊娠していた。
こうして振り返ってみれば、僕はなんて現金な奴なんだろう。番になってもらったときばかり熱心に求め、いざ孕ませたとなれば、掌を返すかのように淡白になるとは。これが逆に、妊娠した途端に兄が一切僕を受け入れてくれなくなって、なのに僕の方は性欲がムラムラだったとしたら、仕方ないことと僕は納得出来るのか? 悲しい、寂しいと思うのではないか? はぁ、僕はなんてろくでもない奴なんだ。
「やっぱキモいかな……」
そ、そんな! 沈黙が答えみたいな受け取り方はしないでください! でもでも、考えてみれば、妊娠中に妊娠する為の行為を必要することってあるのか? という疑問はある。
「ググります」
「えっ」
悶々と一人で考えたってしょうがない。なにせ、ついさっき兄に問われるまで、人生で一度も感じたことのない疑問なのだから。こういう時はネットの集合知に素直に頼るべきだ。
僕は布団を抜け出し、枕元に置いてあったスマホを手に取ると、検索窓に『妊娠中 性欲』と打ち込んだ。そして虫眼鏡マークをクリックすると、やっぱり、沢山の記事がヒットした。自分が疑問に思うこと、大抵人類のみんな、既に疑問に思い済み、なんなら解決済みの法則だ。
「どうやら、妊婦さんにより様々みたいですね。ある人は性欲がゼロになり、またある人は妊娠初期から産む直前までずっと欲求不満。お兄さんは後者でしょうか」
スマホから顔を上げると、兄は横になったまま、顔を上半分だけ布団から出し、僕をジーッと見詰めていた。「疑わしい」と言いたげな目だ。しかし現に今、兄は高まる性欲を持て余して悶々としている最中ではないか。
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