兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

文字の大きさ
上 下
81 / 86
その後の兄と弟。

☆僕のことが嫌い?(下)

しおりを挟む
「今日はどうされました?」
 急に歯医者が視界に入ってきたからびっくりした。
「あー……えっと、歯の健診と歯石取りをしてもらいたく……」
「自覚症状とかあります?」
「特にないっす」
「なるほど。じゃあ診てみますね」
 診察が始まった途端、チビ助は大人しくなった。よかった。歯医者と歯科助手の二人がかり。チビ助に暴れられて存在を主張されたら、隠しだて出来るシチュエーションではない。
 虫歯なし。奥の歯茎に若干の腫れあり。歯石を取ってもらい、フッ素を塗ってもらい、そして煙草の吸いすぎと小言を言われる。もう半年以上吸ってないんだけど。だが、そういえば前回歯のクリーニングをしてもらったのは一年以上前だから、無理もないのか。
 妊夫歯科健診に来たことは、言い出せず。母子手帳には空欄の一ページが出来てしまった。これ、後になって何か言われるのかな。サボったとか、これだからΩはとか。
 十年前の俺なら、きっと躊躇なんかしなかった。若気の至り真っ最中なお年頃で無敵だったから、というのもあるけど、世の中が変わる前だったからというのもある。
 この十年で、Ωという存在の認知度は上がった。だがそれは悪い意味でだ。Ωが産んだ子をそこらに棄てたり、虐待して死なせたりっていう事件が立て続けに明るみになって、報道されたせい。それに対する世論の反応はすさまじいものだった。誰もが道に外れた奴への制裁を望んでいるようだった。俺だって、世論の前に引摺り出されれば、制裁を受ける立場だ。
 沈黙することが俺を守りチビ助を守る……はず。
 歯医者から外に出た途端、チビ助が暴れだす。幸い、炎天下の街に人影はない。けど、ちょっと落ち着いてくれ、痛いし。と、腹を撫でてもチビ助は大人しくならない。胎動は生きてる証拠だから、いいけどさ。
 しかし、何故か空白のある母子手帳。それを将来チビ助が見て、どう思うんだろう。自分の親は自分を守る気がなかったとか、思うだろうか。
「すんません」
 受付に引き返したら、幸いにも受付担当者はいなくて、さっき俺を診た歯医者がちょうどカウンターの向こうに居た。
「さっきの、これに書いて貰えますか」
 母子手帳を開いて差し出したら、歯医者はそれと俺とを見比べて、
「いいですよ」
 と言った。
 これも自己満足だろうか。でも医者には守秘義務があるから、俺がΩだって言い触らしたら俺の方から訴えてやれるはず。親が子供のために出来ることしたくらいで、何だっていうんだよな。
 ちょうど家の前まで来たとき、正面から白のCR-Vが近づいてきた。茜の車だ。ということは、
「お兄さーんっ」
 知玄とものりが帰ってきたんだ。知玄はいつも、曜日の概念を持っていないかのように、帰って来られる日に帰って来る。
「お散歩でしたか?」
「いんや。歯医者行って来ただけ」
「じゃあお昼は食べれます? 三人でどこかに食べに行こうかって話していたんですけど」
「フッ素塗っただけだから、三十分経てば飲食していいって言われたけど、外食はちょっとな……」
「了解です。僕達で何か買って来ますね」
 そんな訳で、思いがけず賑やかな昼食になった。ほか弁とテイクアウトのピザを一枚食ったら、もう満腹だ。
「すまん、ちっと横になっていい?」
「いいですよー」
 茜もいる前で悪いなと思いつつ、俺は床に寝そべった。お袋なら「食べてすぐに寝ると牛になるよ!」って怒るが、知玄と茜は何も文句を言わない。理解者しかいない空間っていいな。すまんが甘えさせてもらおう。
 横になった途端に、チビ助がもごもごと動き出した。俺が飯を食った後はいつもそうだ。これは「飯だ飯だー!」と喜びを表現しているのか、それとも他に何か理由があったりするんだろうか。まるでまないたの上の鯉のような動き。意味は違うけど……。
「すごーい! 知白ともあきさん、ちょっと触らせてもらってもいい?」
「いいけど」
「やったー。じゃあ失礼します」
 女子に触られるのはちょっと照れ臭いけど。茜はきゃあきゃあと喜んだ。チビ助は良いとこ見せてやるぜと言わんばかりに、いつも以上の動きを見せた。まさかこいつめ、現時点で既に女好きなのか? そうなのか?
「お兄さん、僕も触りたいです」
 知玄は何故か茜よりも遠慮がちに言った。
「おう、触れ触れ。遠慮するなや」
 って俺は答えた。
「じゃあ失礼して。チビ助ちゃーん」
 その瞬間、チビ助はぴたりと動かなくなった。
「あれっ」
 知玄が手をひっこめると、チビ助はまたもごもごと蠢き始めた。
「チビ助ちゃーん」
 またしても、知玄の手が触れた途端、チビ助は一ミリも動かなくなった。
「もしかして、チビ助ちゃんは僕のことが嫌い?」
「いや……」
 知らんけど。知玄が手を離すと、チビ助は何事もなかったように、ドゥルンドゥルンと動き始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

処理中です...