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第34話 リュイとユヴァルーシュ1
しおりを挟む「お話は以上です。では、私はこれで」
「あっ、ちょっと待って下さい。もう一つ聞きたいことが」
踵を返そうとしたリュイさんを、俺はまた呼び止める。忙しいところに質問ばっかりで申し訳ないとは思うんだけど、聞きたいことがまだあるんだ。
「以前、ユヴァルーシュさんとは『遊び』の関係って言っていましたけど、それはどういう意味だったんですか?」
リュイさん、ユヴァルーシュのことをよく理解しているみたいだし、ユヴァルーシュももうセフレを作るような人物像には見えなくなってきた。となると、二人は何か訳ありなのかなーって。
でも、リュイさんは淡々と答えた。
「言葉の通りですよ。『遊び』です」
「で、でも、二人ともそんな関係を作るようには……」
「私たちを美化しすぎですよ。……申し訳ありませんが、陛下からお使いを頼まれていますので、そろそろ失礼いたします」
颯爽と立ち去っていくリュイさんを、俺はもう引き止めることはできなかった。食い下がっても無駄だと、その毅然とした声音から感じたから。
……俺も紫晶宮に戻ろう。テオから王婿教育を受けないと。
◆◆◆
リュイは、とある事情からアウグネストと義兄弟のように後宮で育った。そのため、同じ後宮内で暮らしていたユヴァルーシュとは幼馴染の関係に当たる。
『キスしてもいい?』
緊張した顔で訊ねてきて、けれどリュイの返答を待たずに、あの日のユヴァルーシュはキスをしてきた。そのまま、寝台に押し倒されて行為に及び、リュイもユヴァルーシュも互いに初めての性経験を終えた。
今からもう十年も前のことだ。もっと詳しく言えば、ユヴァルーシュが医学を学ぶために進学して、城下町で一人暮らしを始めた矢先のこと。一方のリュイは、政務官として採用されたばかりの頃であった。
ユヴァルーシュの第一印象は、へらへらと愛想笑いをする馴れ馴れしい奴。どうしてみんなこいつに魅了されるのだろう、と理解に苦しんだ。フェロモンの知識はあったが、リュイには軽薄な男としか思えなかった。
その上、異父弟のアウグネストが持つおもちゃを欲しがるわがまま王子。なぜ、アウグネストがなにもかも譲ってしまうのかこれまた理解に苦しんでいたが、それは過去の出来事を聞いたらアウグネストの心情を理解はできた。
最初は、そんな心優しいアウグネストの罪悪感につけこんでおもちゃを奪っていく性悪男だと思った。もしかしたら、根に持って意地悪をしているのではないかとも。
けれど、違った。真実は、エリューゲンに話した通りだ。
誰かを変えようとするなんて傲慢なことだと、リュイ個人的には思う。だから、ユヴァルーシュの荒療治には賛同していなかったし、いい加減にしろと何度言ったか分からない。
それでも、荒療治をやめないユヴァルーシュの、アウグネストのためを思う純粋で真っ直ぐな兄心が……いつしか、眩しく感じるようになり。気付いたら、ユヴァルーシュのことを好きになってしまっていた。
だからあの日、ユヴァルーシュに抱いてもらえたことは素直に嬉しかった。
『あのさ、リュイ。これからずっと俺と一緒に暮らさない?』
『え……』
それはほとんどプロポーズに近い言葉だと、リュイには分かった。結婚という言葉を使わなかったのは、ガーネリア王国では同二性愛婚は認められていないからだろう。
泣きたくなるくらい嬉しかった。なんとなく、両想いだと感じてはいたものの、プロポーズともなれば言葉の重みが違う。
本心では受け入れたかった。結ばれたかった。
けれど、その時にふと頭に浮かんだのは――アウグネストの顏だ。
魔力が強すぎるあまりに周囲から恐れられ孤独気味で。異父兄のユヴァルーシュには過去の負い目を感じていて、どうにも将来が心配な義弟。もし、リュイがユヴァルーシュの下へ行ったら、アウグネストはどうなる。ますます孤立心を抱えてしまうのではないか。
リュイが後宮で育つことになったとある事情から、アウグネストへ感じている恩義もあり――リュイは、ユヴァルーシュからのプロポーズに首を縦に振らなかった。どころか、上手い言い訳が思いつかず、咄嗟に最低の断り方をしてしまった。
――あなたとの関係は『遊び』です、と。
その言葉を聞いた時のユヴァルーシュの顏は、今でも忘れられない。
ユヴァルーシュへの恋心と、アウグネストへの忠義。
二つを天秤にかけ、あの日のリュイは後者を選んだのだ。
「……さて。あのひとはどこに行ったのやら」
後宮を出たリュイは城下町へ下り、ユヴァルーシュの捜索を始めた。というのも、アウグネストからユヴァルーシュへこの小箱を渡してほしいと頼まれたのだ。
何も言わずに去っていったユヴァルーシュ。そう、リュイにも何も言っていかなかった。これまでの関係はもう終わりという意思表示に違いない。だから正直、ユヴァルーシュと顔を合わせるのはもうつらいものがあるのだが、アウグネストからの頼みなら引き受けるほかない。
(……つらい、か)
そんなことを口にする資格なんて、リュイにはないのに。
つらかったのは、あの日のユヴァルーシュの方だろう。どれほど傷つけたのか、リュイには想像もつかない。
ひととして謝罪するのが筋ではあるだろう。けれど、今さら謝ったところでなんになる。それにどうしてそんな嘘をついたのかと突っ込まれたら、答えようがない。
世の中には、おおやけにする必要のない真実もある。
――本当は本気で好きだった。
この本心もまた、ユヴァルーシュに告げる必要のない真実だ。
◆◆◆
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