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第33話 宮廷医ユヴァルーシュ13

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 ユヴァルーシュは宣言通り、翌日に去っていった。っていうか、早朝にはもう後宮を後にしていたらしい。門番をしていた紫晶騎士たち曰く。
 アウグネスト陛下は一応見送りをしたかったらしく、すでに後宮を去ったと知った時は残念そうな顔をしていた。俺はもちろんなんとも思わなかったよ。二度とあいつの顔なんて見たくない。尻軽扱いしたことに対する謝罪をさせ忘れたのは、ちょっと悔しいけど。
 まっ、これで後宮は平和になったな。
 上機嫌で朝食を食べ終え、アウグネスト陛下を送り出したあと。王婿教育を受けるべく、テオの姿を探していたら、テオは広間で何やら手紙を読んでいた。
 ん? もしかして、リュイさんの弱みとやらを調べてもらった手紙か?
 そういう姑息な手はやめておけよ、ともう一度言おうと思ったんだけど。それとはまた違う手紙だったみたいだ。テオの口元は綺麗な弧を描いていた。
 ……あれ? あの時、ユヴァルーシュの野郎が浮かべていた笑みと似ているな。

「テオ。どうかしたのか?」
「ああ、エリー。弟から手紙が届いたのだけど。これまで苦手で嫌がっていた弓矢の訓練を、最近は前向きに頑張っていると書かれてあってね。いやぁ、弟の成長というのは、兄としては嬉しいし、喜ばしいなと思って」

 言葉通り、嬉しそうにほくほくと笑うテオ。その表情は、一人っ子の俺には分からない『優しいお兄ちゃんの顏』なのだと理解した。
 ――『優しいお兄ちゃんの顏』。
 え……? ってことはあの時、ユヴァルーシュの野郎が一瞬笑ったのも、アウグネスト陛下の成長を内心喜んでいたから?
 いや、でもあいつは……王位継承権を失くしたことを根に持っている、逆恨みオーガのはずだろ? 本人も認めていたじゃん。自分が奪われたように、アウグネスト陛下からなにもかも奪ってやるんだ、って。
 それがなんでアウグネスト陛下の成長を喜ぶんだよ。

『陛下の子供の頃、ですか。そうですね……控えめでおとなしい子でしたよ。ちょっと心根が優しすぎるところもあって、正直この子に国王なんて務まるのかと心配しておりました』

 あの日の返答がふと頭に思い浮かぶ。
 あれって上っ面だけの嘘じゃなかった? まさか、あの言葉の方が本心?
 今まで結果的に奪う形になっただけで、アウグネスト陛下が大切にしているものを欲しがるそぶりを見せていたのは……本当は、アウグネスト陛下にきっぱりと渡さないってはっきり意思表示をさせたかったからなんじゃ。
 ずっと過去の罪悪感に苛まれていて、自分に遠慮してばかりのアウグネスト陛下に、もっとしっかりと強くなれっていう兄心から――。
 そんな推測が頭をよぎった時、ちょうどリュイさんが廊下を通りかかった。玄関へ向かおうとしているリュイさんを、俺は慌てて追いかけた。

「リュイさん!」

 俺の声に気付いたリュイさんは、足を止めて振り向く。腕には、何やら小箱を抱えているけど、今はそれよりも。

「あの、ちょっとお話に付き合ってもらえませんか」
「構いませんが……いかがされました」
「えっと、ここでは話しにくいので、庭に行きましょう」
「? はい」

 不思議そうな顔のリュイさんを連れて、俺は紫晶宮を出る。庭にある池の前に移動して、周囲に誰もいないことを確認してから話を切り出した。

「あの、ユヴァルーシュさんのことなんですが……」

 ユヴァルーシュの名と、それを口にする俺の表情から、何か察するものがあったのかもしれない。リュイさんの表情がどこか困ったような笑みに変わった。

「……もしや、あのひとの思惑に気付かれましたか」
「思惑ってことは……じゃあ、やっぱりユヴァルーシュさんは、アウグネスト陛下のためにあんな小芝居を打っていたんですか?」

 リュイさんはすぐには答えず、話そうかどうか迷うそぶりを見せた。でも、黙って隠しておける話ではないと判断したらしく、躊躇いがちに口を開いた。

「今からお話することは、どうかエリューゲン殿下のお胸だけにとどめていただけますよう」

 そう前置きしてから、リュイさんは話し始めた。ユヴァルーシュの行動の真実を。

「元々……陛下は、控えめで内気なお子だったそうなのですが。ユヴァルーシュはそんな陛下と対等な異父兄弟関係になりたくて、わざと陛下のおもちゃを欲しがる言動をとり、それを陛下が遠慮がちに断る、というようなやりとりをしていたそうです」

 それは、アウグネスト陛下に思っていることをもっとはっきりと口に出せるようになってほしい、という兄心でもあったらしい。
 その荒療治は大して功を奏していなかったものの、それでも確かにその頃のアウグネスト陛下は、ユヴァルーシュには嫌なものは嫌だという意思表示ができていた。それが変わってしまったのは、ユヴァルーシュがアウグネスト陛下を庇って角を一本折ってしまった例の出来事から。ユヴァルーシュはいつものように、アウグネスト陛下のおもちゃをわざと欲しがったら……なんと、アウグネスト陛下は本当におもちゃを譲ったのだ。
 それからは、ユヴァルーシュが欲しがれば、なんでもかんでも譲るようになってしまったアウグネスト陛下。それはもう、ユヴァルーシュが望む対等な異父兄弟関係にはほど遠かった。

「自分への負い目を感じているからだと、ユヴァルーシュはすぐに察しました。どうにかして元の異父兄弟関係に戻りたい、罪悪感を払拭させたい、それに何よりも次期国王の座につく男がこのままではいけないだろう……悩んだユヴァルーシュですが、結局ひたすら荒療治を繰り返すしかなかった。いつかまた、陛下がはっきりと自分に物申す日がくることを信じて。あのひとは……あれで不器用なひとですから」
「リュイさんは知っていて黙っていたんですか」
「世の中にはおおやけにする必要のない真実もあると思っておりますので」

 アウグネスト陛下が知る必要のない真実、ってことか。ユヴァルーシュもそう望んでいるってことなのかな。
 うーん……判断が難しい。アウグネスト陛下に教えてあげたいけど、本人の許可なく勝手に伝えるわけにいかないよな……。

「……じゃあ、元王婿たちの件はどうなんですか」
「あれはエリューゲン殿下の推測通りです。意図的に惚れさせるように立ち回っていたはずですよ。三人ともあの体たらくでは陛下のお子を産めませんし、むしろ彼らの存在によって陛下のお心が曇っておりましたので、本気で自分が好きなら王婿位を降りろとでも言ったのでしょう」
「だとしたら、その後の元王婿たちと関わりは……」
「ないでしょうね。あのひとは、その辺りは冷たく切り捨てられるひとでもありますので」

 うわぁ……それってガチでひどい仕打ちのような気が。惚れるだけ惚れさせておいて、あとは知らんぷりって冷たいを通り越して冷酷無慈悲じゃないか? 俺の大事な異父弟の心を傷つける奴なんていらん、って感じなのかもしれないけど……末恐ろしい。

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