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第35話 リュイとユヴァルーシュ2
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王都から出発した一台の箱形の馬車が、街道を走っていた。
中に乗っているのは、ユヴァルーシュだ。窓辺に頬杖をついて、窓の外を過ぎていく新緑の景色をぼーっと眺めていた。
『異父兄上にエリューゲンは譲りません』
譲らない。アウグネストの口からその言葉を聞いたのは、およそ二十年ぶりだ。
対等な異父兄弟関係が壊れるきっかけとなったくだんの事件。あの頃から、実はユヴァルーシュもユヴァルーシュで、アウグネストへは申し訳なさを感じていた。
控えめで、内気で、でも心根の優しい異父弟。どう考えても国王に向いていない性格だろうに、王位を継承させねばならなくなってしまった。そうでなくとも、ワイバーンに乗ろうと誘ったのはユヴァルーシュだ。負い目や重責を背負わせてしまった罪悪感が多少あった。
『正直、何をどうしたら異父兄上への罪滅ぼしになるのか未だに分かりません』
罪滅ぼしなんて必要ない。元よりユヴァルーシュは王位に執着はないし、それに――兄が弟に望むことなんて一つだけに決まっているだろう。
(ま、せいぜいあの王婿に尻を叩かれながら幸せになれよ。アウグネスト)
ふっ、と口端を持ち上げ、煙草を吸おうと懐に手を突っ込もうとした時だ。これまで順調に走ってきた馬車が急停止し、ユヴァルーシュは目の前の座席に額をぶつけた。
「いってぇ……なんだ?」
痛む額を押さえながら、馬車から降りてみると。御者が誰かに向かって大声で叫んでいた。
「危ないだろう、あんた! 何しているんだ、こんな道のど真ん中で!」
「すみません。その馬車に乗っている男に用があったもので」
聞きなじみのある声。この声をユヴァルーシュが聞き違えるはずがない。
「リュイちゃん。何やってんの?」
御者の背後から近付いていくと、案の定そこにはリュイがいた。おそらく、馬車の通行路にリュイが突っ立っていたため、馬車が急停止したんだろう。
ユヴァルーシュの方が先に王都を発ったはずで、さらに馬車に乗って移動していたというのに、なぜか先回りしているリュイ。が、その点には触れなかった。どうやって先回りしたのかなんて聞いても無意味だからだ。考え方こそ真面目で常識人のリュイだが、その身体能力は桁外れの常識外にある。ただ、それだけのこと。
「俺に用があるみたいだけど。王都から発つ馬車なんてたくさんあるのに、よく分かったね」
「この程度の情報なら、すぐ調べ上げられます」
「へぇー。さすが、影の剣だ」
素直な賛辞にも、リュイは眉一つ動かさない。感情の見えない表情で、何やら懐から小箱を取り出したかと思うと、小箱をユヴァルーシュに突き出した。
「こちら、どうぞ。陛下から預かってきました」
「アウグネストから……?」
小箱を受け取って開けてみると、そこに入っていたのは、魔導具であるイヤリング型の通信機だった。この通信機は二つでワンセットであり、離れていても会話が可能な代物だ。
「これ、骨董品じゃん。宝物庫から取り出してきたのか」
用途だけを聞くととても便利な通信機、であるが。多大な魔力を消費するため、一般市民であれば一分と使えないコスパの悪い代物。また、本体自体を制作する際のコストパフォーマンスも悪いために広く普及しなかった古い魔導具だ。
ユヴァルーシュの魔力でも、保って数分の会話が限界だろう。アウグネストなら……どの程度、使えるのだろうか。分からない。
「まさか、毎日お兄ちゃんの声を聞きたい、なんて気持ちの悪いことを言ってきてるんじゃないよね?」
「そんなわけがないでしょう。これは、何か欲しいものがあれば連絡してほしい、という陛下の優しさです。要望するものによっては仕送りする、とのことですよ」
「……ふーん。ものによっては、ね」
なんでもかんでも仕送りはしない。吟味して、嫌なものは渡さない。
そういうことだ。
「ってことは、これアウグネストに直通?」
「いえ。陛下はお忙しいですから、私が代わりに通信機を身に着けて用件を聞きます。陛下に直接お話したいことがあれば取り次ぎますので、その時はそう話して下さい」
淡々とそう説明し、リュイは身を翻した。
「では、私はこれで。どこに定住するつもりなのか知りませんが、どうぞ、お元気で」
「あっ、待って。俺からもアウグネストに渡してほしいものがあるんだよ。ちょっと、こっちにきて」
不思議そうな顔をするリュイだが、なんの疑問も持っていない様子で馬車に近付いてくる。乗り口まで移動してきたリュイを、――ユヴァルーシュは中に突き飛ばした。
座席に転がったリュイは目を丸くしてすぐさま上体を起こしたが、ユヴァルーシュはその上にのしかかって完全には起き上がらせない。
「ガード甘いね。簡単に押し倒されちゃって」
「な、なんのつもり、ですか」
リュイがユヴァルーシュを見上げるその表情は、驚きと戸惑いと緊張と。複雑に入り混じった色をしている。
対して、ユヴァルーシュの表情は、ただただ真剣なものだった。
「そういえば、俺の気持ちってきちんと伝えたことがなかったなぁって思って」
互いの吐息が顔に当たるくらいの至近距離。リュイの美しい黒曜石のような瞳を見つめながら、ユヴァルーシュは思いの丈を呟いた。
「好きだよ。子供の頃から、ずっと」
「………」
「俺と付き合って。『遊び』じゃなくて、本気で」
「……そ、れは」
突然の告白に、リュイは目を伏せるしかない。
一体どんな顔でユヴァルーシュと付き合えというのだ。あれだけ傷つけておいて、のうのうとその隣で幸せになるなんて許されるはずがない。あの日、アウグネストを選んだリュイに、ユヴァルーシュと付き合う資格なんてない。
「……私にそんな暇はありません。他を当たって下さい」
「毎晩、電話するから」
「ですから、私にそんな暇は……」
「たまには会いに行く」
「あ、あの、ひとの話を聞いて……」
「聞かない。だって、嘘ばっかりつくから」
リュイがあの日、ユヴァルーシュのプロポーズを断った理由なんて、とっくの昔に察しがついている。振られた直後は思考が回らずにショックだったが、長い付き合いだ。ユヴァルーシュがアウグネストを心配するように、リュイもまたアウグネストを心配していることは想像に難くなかった。
「俺を惚れさせたのがリュイの運の尽きだね。地獄に落ちても手放さないよ」
リュイが何か言い返そうと口を開きかけたが、その前にキスをして唇を塞ぐ。
リュイの身体能力ならユヴァルーシュのことなんて軽くいなせるのに、そうしないところに本心が見え隠れしている。
返事なんて聞く必要がない。身体に聞いた方が正確だし、手っ取り早い。
口内を蹂躙してから口を離し、息を上げているリュイの耳元にユヴァルーシュは囁いた。
「あの日から、リュイはもう俺のものなんだから」
◆◆◆
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