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第25話 宮廷医ユヴァルーシュ5

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 薄情かもしれないけど、過ぎたことは置いておいて。

「あの、ところでユヴァルーシュさんはアウグネスト陛下の異父兄だとお伺いしました。子供の頃のアウグネスト陛下って、どんなお子様だったんでしょうか」

 つい聞いてしまった。だって、本人に聞くよりも、同じ後宮で育ったお兄さんに聞いた方が理解しやすいかなぁと思って。

「陛下の子供の頃、ですか。そうですね……控えめでおとなしい子でしたよ。ちょっと心根が優しすぎるところもあって、正直この子に国王なんて務まるのかと心配しておりました」

 へぇー。おとなしい子だったのか。心根が優しいのは納得だけど。
 ユヴァルーシュさんは、ティーカップを傾けて紅茶を一口飲んでから、にこっと笑った。

「陛下のお話、もっと聞きたいですか?」
「え? は、はい。もちろん」
「でしたら、私の仕事場にいらっしゃいませんか。陛下が子供の頃に遊んでいたおもちゃなどを取っておいてあるんですよ」

 おぉ! それはぜひとも見てみたい!
 お菓子に釣られる子供のように、俺は「行きます!」と即答した。




 外はもうすでに日が傾き始めている。だけど、俺は早くアウグネスト陛下のことを知りたい一心で、ユヴァルーシュさんの後についていった。
 念のためテオも連れて行こうと思ったんだけど、いつの間にかまた城下町に行ってしまったらしく……俺一人。ま、種宿同士で何かあるはずもない。大丈夫だろ。
 案内されたユヴァルーシュさんの仕事場。こじんまりとした建物の中に、古いおもちゃがたくさんある。どれも、アウグネスト陛下が子供の頃に遊んでいたおもちゃだという。
 もう十数年以上も前のものを取っておいてあるなんて、アウグネスト陛下との思い出を大切にしているんだな。相当可愛がっていたんだろう。

「これが、陛下が五歳の頃によく遊んでいたボールです。父上……先代ガーネリア国王陛下から誕生日プレゼントにもらったものらしく」
「確かによく遊んでいた跡がありますね。年季が入っているといいますか」

 他にも鬼のぬいぐるみとか、おもちゃの剣とか。とにかく、たくさん。シェフィの自室のぬいぐるみの山には及ばないけど、それでもこれだけ取っておいてあるのは驚きだ。
 アウグネスト陛下の子供時代。タイムスリップできるんなら、会ってみたいなぁ。それで一緒にたくさん遊びたい。だって多分、子供時代から周囲に恐れられてきたひとだろうから。
 そういえば。ユヴァルーシュさんは、アウグネスト陛下のこと恐れてはいないのかな。身内だから平気なのか? って、そうじゃなきゃ、一緒に遊んだりしないか。こんな風に思い出の品を取っておいたりもしないだろう。
 一人勝手に納得して、俺は棚に並べられているおもちゃたちをじっくり眺める。知らぬ過去へ思いを馳せていると。

「エリューゲン殿下」

 ――ガタンッ。
 いつの間にか背後に回っていたユヴァルーシュさんが、壁ドンならぬ棚ドンをしてきて、棚が大きく揺れた。
 首筋に吐息を感じる。咄嗟に振り向こうとしたけど、距離が近すぎてできない。無理矢理、振り向いたらキスする羽目になってしまう。
 そんなわけで背後から棚ドンされた状態で、直立したままでいるしかない俺。
 ……えーっと、何が起こっているんだ。なんでこんな意味ありげに迫られてるんだよ。俺たち、種宿同士だろ。

「陛下との性生活に満足されていますか?」
「……それを聞いてどうするんですか」
「噂によれば、強い性欲を持て余していた御方だと聞いているので。もし、満足されていないようなら、私がお相手になって差し上げようかと」

 俺は呆気に取られた。――はぁ!?
 相手になるって……え? 性行為の相手をするってこと? 俺を抱くってことか? 何を言っているんだ、このひと。だから俺たち、種宿同士じゃん。
 そんな俺の心の突っ込みが届いたかのように、ユヴァルーシュさんは続けた。

「『同二性愛』。という言葉を、ご存知でしょうか」
「どうにせいあい……?」
「同じ第二の性の相手が恋愛対象となる、特殊性指向です。まぁ一言で言ってしまえば、私の場合では発情対象が同じ種宿のお相手なんですよ」
「!?」

 な、んだと……? し、知らなかった。そういうひとも存在するのか。
 それ自体は個人の自由だから別にいいとして……な、なんで俺が迫られてるんだよ。普通、異父弟の婿に手を出そうとするか? 兄弟仲いいんじゃないのかよ。

「わ、私はアウグネスト陛下との性生活に満足しています。おやめ下さい」
「本当に?」
「本当です。ですから、離れて下さい。今すぐ」

 やってしまった。テオじゃなくても、誰かに同行してもらうべきだった。
 ――『同二性愛』ってそんなんアリかよ!

「か、帰ります。あなたの性指向は個人の自由だと思いますが、私に迫るのは見当違いといいますか、とにかくひととして間違っています。独身の方をお当たり下さい」

 こ、これで解放してもらえるか……?
 そろりと振り向こうとしたら、わっ! く、首筋に吐息と一緒に柔らかい感触が……! キスされているんじゃないか、これ!?
 やばい。やばい。やばい。
 俺、このままじゃこのひとに犯されてしまう……!

「っ、――いい加減にしろぉおおっ!」

 防衛本能が発動した俺は、勢いよく振り向いてユヴァルーシュさんに盛大な頭突きをかました。続けて右足でユヴァルーシュさんの腹部を蹴り飛ばし、とどめにユヴァルーシュさんの頬に怒りのオークパンチ。三連撃だ。
 吹っ飛び……はしなかったけど、でもようやく体が離れた。よし、今のうちに逃げるぞ!
 あ。そうだ。捨てセリフも吐いておこう。

「この俺を尻軽扱いしやがって! 二度と顔を見せるな!」

 オークはな、魔族一といってもいいほど誠実な種族なんだ! 伴侶や恋人に一途だし、仮に心変わりしてしまったとしても、浮気や不倫には走らずにきちんとけじめをつける! それがオークの恋愛作法!
 そのオークの血を引く俺が、不倫になんて応じると思うなよ!

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