贄婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?!

深凪雪花

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第24話 宮廷医ユヴァルーシュ4

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 その翌日。

「じゃあ、一人ずつ診ていくから。一列に並んで」

 紫晶宮の広間でそう仕切るのは、ユヴァルーシュさんだ。昼過ぎに顔を出したユヴァルーシュさん、念のため昨日の珍事件で倒れたみんなの再検診にきてくれたんだ。
 丁寧に診察していくユヴァルーシュさんを補佐するのはリュイさんで、被害を受けていない俺やテオ、シェフィは廊下からその光景を眺めているところだ。

「親切なひとだな。わざわざ、また診察にきてくれるなんて」
「そうだね。まぁ、それが宮廷医の仕事といえば、仕事だろうけどもね」

 その通りかもしれないけど、でも真面目に仕事をする姿勢は好印象。元王子っていう身分にしては気さくそうだし、いいお兄ちゃんキャラオーラがある。
 アウグネスト陛下と訳ありそうな雰囲気があると感じたのは、気のせいだったのかも。異父兄を褒める言葉とか、兄弟仲がいいとはっきり答えるのは、単に照れ臭かっただけなのかもしれない。身内だからこそ、素直になれないっていうか。
 ともかく、診察を終えたひとたちが一人ずつ広間を出て、俺たちの横を通り過ぎていく。ほどなくして何やら話し声が聞こえるかと思うと、診察を終えた者同士が集まっていて、きゃっきゃっと黄色い声を上げていた。

「素敵な先生だったな」
「うん。優しいし、それにカッコイイ」
「また診察してもらいたい」

 そんな会話が聞こえてきて、俺たちは顔を見合わせた。
 ユヴァルーシュさん、人気だな。ほんの数分でみんなの心を鷲掴みにしている。みんなすっかり、ユヴァルーシュさんのファンにでもなった感じ。
 そういうひと、オークの村にも一人いたけど……でも、放種のそいつがファンにしていたのは、みんな種宿の相手だった気が。だから、同じ放種の仲間からは大いに嫉妬を買っていた。
 同じ第二の性を持つ相手をファンにするって、魔族領じゃあんまり聞かない話だ。
 ……って、ん? 魔族って基本的に同じ種族にしかその手のベクトルが向かないんじゃなかったっけ? 恋愛感情じゃなくてファンならありなのか?
 ちょっと気になったので、隣のテオドールフラム先生にこそっと聞いてみた。

「なぁ、テオ。異種族をファンにできるものなのか?」
「基本的にはありえないね。ただ、ユヴァルーシュ様はオーガだから。魔力のフェロモンが出ているんだろう」

 魔力のフェロモン? なんだそれ。

「あ、それボク知ってる。この前、リュイから教えてもらった」

 そう口を挟むのは、シェフィだ。
 俺は腰を屈めて、シェフィと視線を合わせた。

「どう習ったんだ?」
「えーとね、オーガの魔力には、他種族を魅了するフェロモンがあるんだって」

 拙いシェフィの回答を、テオドールフラム先生が補足した。曰く。
 まず、オーガというのは絶対優位遺伝子を持つ代わりに繫殖力が低い。で、その繫殖力の低さを補うために性欲が強くなりやすいらしいんだけど、それに加えて好意を抱いてもらいやすいように自然と魔力で魅了フェロモンを放つらしい。
 それは同じオーガ相手はもちろん、他種族にも影響を与えるのだと。

「え、じゃあ二人もユヴァルーシュさんのファンなのか?」

 俺の素朴な疑問に、二人は即答した。

「まさか」
「ボクは違うよ」

 おや。この二人は、ユヴァルーシュさんのフェロモンに惹かれてはいないみたいだ。別にファンになってほしいわけじゃないけど、なんでだろう。
 おのおのの理由を聞いてみると。

「この僕が誰かを追いかけるなんてあるはずがないだろう。僕は追いかけられたいし、選ばれる側であるべきだ。そう思わない?」
「だって、煙草臭いから」
「……。……そっか」

 主張の強い奴らだな。でもなんだか納得はできたよ。
 ちなみに同じオーガであるはずのアウグネスト陛下は、魔力が強すぎてフェロモン特性よりも威圧感を与えてしまっているんだそうな。そして俺も俺で例によって魔力を感知できないから、ユヴァルーシュさんのフェロモンも影響が出ないんだろうとのこと。
 なんにせよ、オーガってややこしいというか、複雑な体系の種族だよなぁ。頭がパンクしそうだ。もう少しシンプルな特性になってはくれないものか。
 ま、でも。また一つ、アウグネスト陛下への理解は深まったぞ。




 それから数時間して、ユヴァルーシュさんによる再診察は終わった。

「それでは、エリューゲン殿下。失礼いたします」
「あ、待って下さい」

 診察が終わったらあっさりと去ろうしたユヴァルーシュさんを、俺は呼び止めた。

「お疲れでしょう。ここで一服されていかれませんか?」

 五十数人をずっと一人で診察したんだ。それに元はといえば、俺が起こした珍事件のせいで増やしてしまったお仕事。何かもてなさなきゃ気が済まないよ。
 強制したつもりはないんだけど、でもよくよく考えたら王婿からそう声をかけられて断れるはずがないよな。常識のある大人なら。ってわけで、ユヴァルーシュさんは「では、お言葉に甘えて」と愛想笑いを浮かべて応じた。
 広間のソファーに座るように促して、テオを通して宮男たちに二人分の紅茶を用意してもらう。二人分っていうのは、もちろん俺とユヴァルーシュさんの分。
 シェフィはちょうど昼寝の時間で、テオはさすがに同席を固辞して、リュイさんはまだ細々とした仕事があるそうだ。やっぱり仕事人間だよなぁ。

「お待たせしました」
「ありがとうございます、メルニさん」

 紅茶を運んできてくれた宮男にお礼を言ってから、俺はユヴァルーシュさんに「よかったらどうぞ」と笑顔で紅茶を勧める。ユヴァルーシュさんも「お気遣い痛み入ります」と柔らかい笑みを返してくれた。

「今日はありがとうございました。お仕事を増やしてしまい、申し訳ないです」
「お気になさらず。普段、なんの仕事もしていませんから、たまに働かなくては給料泥棒になってしまいますので」

 ちょっとユーモアのある返しが、堅苦しくなくていいかも。
 ひととの距離感を掴むのが上手いひとだ。どう振る舞えば、相手に好印象を与えられるか分かっていそうなひと。要領がいいともいう。

「そうですか。ユヴァルーシュさんのお仕事はなるべく少ない方が、いいことではありますけどね」
「おっしゃる通りです。エリューゲン殿下がいらしてから、私の出番がずっとありませんでしたから、喜ばしく思っておりましたよ」
「……以前の後宮ではよくお仕事を?」
「そうですね。元王婿殿下たちの診察やカウンセリングを定期的に行っておりました。結局、力及ばず、みな教会送りになってしまいましたが」

 へぇ、元王婿たちとはよく会っていたんだ。ユヴァルーシュさんが手を尽くしても、どうにもならなかったんだな。といっても、誰が悪いわけでもないよなぁ、その件は。

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