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第1章:剣と少年

第5話:ダメな大人達

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「すまんな、流石にこれ以上は」

 ギルドマスターに別室で話をするといわれ、ニコと共に。
 共にというか、腰に下げられてる状態だけど。
 紐で。
 いずれ、鞘もどうにかしないと。

 目の前でゴリマッチョが、渋い顔してる。
 ここの、ギルドマスター。
 それっぽい見た目だ。

「いくらギルドに貴族の権威が及びにくいとはいえ、住人からの嫌がらせまではな……それも職員の家族にまで及んでは手の打ちようがない」

 冒険者ギルドに喧嘩を売るとか……えっ? 良いの?
 俺の知ってる話だと、横のつながりをフル活用して領主だろうと平気で盾突くイメージだったのに。
 冒険者ギルドが機能しなくなったら、困ったりしないのかな?
 なんかあったときに、見捨てられたりとか。

「それに、露骨な引き抜きも行われててな」

 新たに、地域密着型の部署を街が立ち上げたらしい。
 領主夫人主導で。
 住人の困ったを解決する部門。

 そこの害獣駆除や護衛の仕事に、ここの冒険者が引き抜かれてると。
 冒険者ギルドに頼むより安い価格設定。
 冒険者への報酬は、ギルドよりもやや高い。
 しかも、公務員か。
  
 街の利益は?
 経費とか掛かってると思うけど。

 道中で狩った魔物の素材の販売とかは、街の取り分なのね。
 そのかわり、福利厚生はそれなりに。
 赤字ではないけど、儲かってるわけでもないと。

 完全にただの嫌がらせだな。
 そこまでするか普通?

「そうですか……今まで、お世話になりました」
「おまっ!」

 考え事をしていたら、話がまとまっていた。
 そしてあっさりと退職を受け入れたニコに、マスターが声を失ってる。
 自分から勧告しておいて、なにを今さら。
 
「お陰で今日まで、生きることができました」
「ぐぬっ」

 おっさんが地味に胸を抑えてダメージを受けてるが、俺は許さんけどな。
 さっきの冒険者に続いて、このギルマスも閻魔帳に記入しておこう。
 いつか仕返しする対象として。

 そして気に喰わない。
 ニコの薄っぺらい笑顔を張り付けたような表情も。
 昨日、俺と語らったときの笑顔とはまるで違う。
 良い子ちゃんの笑顔。

 親や周囲に散々怒られて、罵られてる人の笑顔。
 相手の怒りを鎮めるため。
 自分の印象を少しでもよくするためだけの、笑顔に見えるように顔のパーツを動かしただけの表情。

 こんな子供に、こんな表情をさせるこの街の連中。
 反吐が出る。

 ニコ、用が済んだならとっとと出るぞ。

「うん……」

 別室から冒険者ギルドのロビーに戻ったニコ。
 またも、薄ら寒い笑みを浮かべている。
 目が淀んでて、感情が抜け落ちてるみたいだ。

「本日限りで、ギルドをやめることになりました。皆さん、ご迷惑お掛けしました」

 そして、ロビーにいる面々に向かって一礼。
 ニコは出会ったばかりの人間だが、俺のこの世界での初めての友達。
 その大事な友達にこんな表情をさせた連中の顔を、しっかりと覚えておく。
 
 周りから嘲笑と罵倒。
 
「やっと目障りなやつが消えるか」
「ほんっと、くせーんだよ」
「スラム育ちが」

 よーしよし、お前らの顔はしっかりと覚えた。

「ははは」

 そんな嘲笑を掻き消すような、大きな笑い声。

「そいつは、おかしーな……マスター、なんでこいつが辞めるんだ?」

 入り口付近の飲食スペースに座っていた、一人の男が立ち上がるとこちらを睨みつける。
 正確にはニコの後に出てきたマスターに。

 直後、ゾワリとした感覚が。
 今まで気付かなかったが……オーラが。
 圧が凄いというか。
 このギルド内で、間違いなく一番強い。

「あー……冒険者として、実力不足というか……まあ、こいつのためを思って」
「へぇ……」

 ギルドマスターのしどろもどろとした返答に、立ち上がった男が獰猛な笑みを浮かべて首を傾げる。

「この街について1週間になるが、そいつに問題行動は無かったと思うぜ?」
「そ、それは外から見たら分からんこともあるだろう」

 どうやら、ニコにも数少ない味方がいるのかな?

「それに、どっちかっていうと住人含めて、他の連中の方がよっぽど問題ありそうだがな」

 そう言って、首をコキリとならしたあと周囲を見回す。
 ピリピリとした空気が辺りを包み込む。
 胸を押さえて、呼吸が苦しそうなものもいる。
 威圧のスキル使ってるのかな?

 ニコ、こいつは誰だ?

「あの……あなたは?」
 
 ニコも知らないらしい。
 本当に誰だ? 状態。

「まあ、良い。白けたわ……坊主、ちょっと待ってろ」

 そう言って、男がササっと何かを書き上げる。

「まだ生きたいと思うなら、これを持ってリンドの街の冒険者ギルドに行ってみな。きっと、新しい世界が広がるぜ」

 男は封筒に手紙を入れて封をすると、ニコに手渡す。
 なんだろう?
 紹介状だろうな。
 それなりに、力のある冒険者……
 いや、もししたら出張中の職員とか。
 お偉いさんだったりして。

「待て! どこに行く!」
「こんな街のために、働きたかねーからさ。他行くわ」
「待て、待ってくれ!」

 ギルドマスターが慌てて駆け寄っていくが、それより先に男がギルドを出て行った。

「ジークフリード抜きで、地竜討伐とか……無理だろう」

 ジークフリード?
 あの男の名前か。
 ニコ、知ってるか?

「いや、聞いたことない」

 大物ぶってたけど、そんな有名な人じゃないらしい。
 笑える。

 まあいい。
 ニコ! 今のうちにさっさとここを出るぞ。
 落ち着いたら、きっと厄介ごとになる。

「えっ?」

 早く!
 
「うん、じゃあ皆さんお世話になりました」

 そして俺を腰に付けたニコが、ギルドを出る。
 少し遅れて、喧騒が聞こえてきたが。
 あとのことは、知らん。

 でどうするんだ?

「どうするとは?」

 働くあてとか、収入のあてとか。

「あー……ははは、雇ってくれるとこどころか、ギルド以外で僕が採ってきてくれたものを買ってくれるところは無いし……お手上げかな?」

 なんて、子供らしくない表情をするんだ。
 胸糞悪い。
 しかし、これでお金を稼ぐ手段は無くなったと。
 もう、自給自足で生きてくしかないか。
 リンドの街ってとこに行ってみるか?

「そうだね……ただ、食べ物とか。取り敢えず家に寄って持ってけるものだけでも持っていきたい」

 そうだな。
 トボトボと歩くニコの腰で揺れる俺。
 俯瞰の視点だから、気持ち悪くなったりはしないけど。

「えっ……」

 そして、ニコが家と言っていた場所に向かうと……
 そこには、何も無かった。
 いや厳密には瓦礫はあったが、人が住めるような建物は一つも。
 もともとここら辺はスラムで、あばら家と呼ぶのも憚られる、木を組んで布を張っただけの箱が立ち並ぶエリアだったらしい。
 しかし、今は瓦礫の山でしかない。

 そして人がまばらに。
 どういうことだ?

 そこに残っていた少し歳のいった女性に聞くと、嬉しそうに教えてくれた。
 どうやら、領主夫人が集合住宅を建てたらしい。
 そしてここの住人は全員そこに引っ越したと。

「お前以外はな! お前は駄目だとさ!」

 ニコ以外。
 ははは……酷いな。
 酷すぎる。 

 そして、ここは整備されて住宅や公園が出来る予定らしい。

「うわっ! うわあああああああ!」

 それを聞いたニコが慌てた様子で、ある一点に向かって駆けだす。
 必死な様子で、瓦礫をどけて何かを探す。

「あ……あった……」

 そして、地面を一生懸命木の板で掘り出したかと思うと、小さな箱を取り出す。
 中を開けて、涙を流しながら抱きしめる。

「母さん……」

 中にあったのはロケットのついたネックレス。
 それと指輪。
 ロケットの中には、綺麗な女性の絵が。
 領主様がくれたらしい。
 指輪と一緒に。

 指輪はニコのお母さんが、さらにそのお母さんからもらった大事なものらしい。
 唯一の形見。
 しかしながら、いまのニコにゆっくりと感傷に浸ってる暇はない。

 ニコ、すぐに離れろ。
 さっきの奴が来てる。

「えっ?」
 
 遅れてギルドから出てきた冒険者。
 ニコに絡んだあいつ。
 ……が他に仲間らしい男を連れて、こっちに向かっているのが分かった。
 気配探知と、俯瞰の視点のお陰で丸わかりだ。

「へえ、良いもんもってんじゃん」

 ニコが慌ててその場を離れようとしたら、さっき集合住宅のことを教えてくれた女性が笑いながら近づいてくる。

「お姉さんにくれないかな?」

 ニコ、相手にするな。
 さっさと、街を出るぞ。

「抵抗したら、大声出しちゃうけど?」
「えっ?」
「指輪泥棒って!」

 チッ!
 どけ!
 威圧を放って黙らせる。

「ひぃっ!」
「ちょっと、鈴木さん?」

 走れ、ニコ!
 あいつら、思ったより早い!

 どうにかニコを動かして、街の出口へと急がせる。
 とはいえ、向こうの方が少しだけ足が速かった。

「おいおい、そんなに慌てて出てかなくても良いじゃん」
「なんか、良いもんもってるみたいだしさ」
「それ、置いてってくれないかな?」

 すぐに追いつかれて、声を掛けられる。
 無理か。
 
 拳にすでに血がついてるのが気になる。

「さっき親切な売女が教えてくれてさ……情報料とか嘗めたことぬかすから……な?」

 ニコもその拳を見ていたからか、男が嬉しそうに説明してくる。
 屑だ。
 どいつもこいつも、屑しかいない街だ。

 そして、目の前の男たちがニコを取り囲んだ。
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