触れられない、指先

未知之みちる

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前篇

其の一

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 肉体と肉体の絡みは愛し合うことだけに存在するのか。
 否、その行為は本質を感じ合う為に存在する。そこに愛があることを確かめたいならば愛し合う行為と言えるだろう。
 少なくとも彼はそう思っている。
 そんな彼は、本気の相手を指先で撫でることすらしない。
 相手を拒みたくなる自分が想像付いてしまう。
 日々の落胆を重ねてしまう。
 彼は化粧を施す生業を持つ。メイクアップアーティストとして名高い彼は毒舌家としても有名であった。 
 モデルの本質的な美を最大限に引き出したい。そう在る為に、彼は彼の持つ繊細な美的感覚と共に努力を惜しまない。努力を好む彼は、相手が自分と反対の人間だと気が付くと直ぐに落胆する。その落胆を自分の中で留めることが不安定で、彼は毒舌を振る舞う。
 彼は自分の本質的美と向き合わずに無駄な繕いばかりを追うモデルが大嫌いだった。それは日常でも同じだ。言い寄る女を鋭い言葉で何度泣かせたことか。
 恋愛に臆病だと見せかせて、恋愛があまり好きではない。
 そんな彼の中では、恋愛を伴う肉体関係と本質を見せ合う肉体関係との距離がひどく離れている。意味合いの違いとはまた違う、彼だけの感覚として離されていた。
 他人と体を合わせることでその本質を垣間見た時の彼は欲に満ちている。それは悦びとも昂りとも俄かな差異が伴っていた。
 彼は女を買うという言い方を嫌う。
 よくよく数えてみるとするならば、彼には嫌いなものが非常に多い。そしてそれらを徹底的に嫌う。代わりに好むものへの追求は甚だしく潔い。
 金を払って女遊びを行う時の彼は自ら特定の女を指定することがない。必要性を彼が感じていない。
 どんな人間が現れるか、興味があるのは外見ではなく中身にある。
 そういう店は雇っている女性の写真を見せて客に選ばせるのが常であるが、彼はそれらの写真を見ようともしない。そういった写真は売り込む目的で加工されていることが多い。本質が何も見えない。では好みの条件をと聞かれたところで答えない。彼の中には条件が存在しない。正確にいうならば、感情を持っている、それが条件である。流石にそんなことは口にしない。
 初めての相手と遊ぶ時は誰でもよかった。
 まず相手を知ることに興味を抱く愉しみがある。
 そうして触れ合った結果、中途半端に我を隠す繕いしか魅せない女とは二度と遊ばない。遊び上であるから毒を吐き出すことは控える。毒を吐き出さない代わりに、そんな時の彼は表情が薄くなる。興味が湧かないのだから仕方がないことだった。
 完全に繕うことを知っている女からはきちんと本質が醸し出される。彼が思う自身の手仕事の在り方と一致する。
 彼は完璧主義である。中途半端な繕いから見え隠れする身勝手な私欲を嫌う。
 彼の最も愛おしい人は繕う必要のない存在であった。彼の中でその人は完全な美を備える存在であった。しかし彼は完璧など存在しないことも知っていた。そんな彼は人が不味いと好まない熟していない青味の残る果実すら好む。只管に本質を晒すものを好む。
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