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あなたと共に

1 眠らない神官の夢 1

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「神官様…もうお休みになられては?」

 月夜の明るい晩、乾燥した軽い風は生い茂った木々の間を揺るやかに流れていく。
木々は月明かりの中でも艶々とした葉を柔らかく揺らし、葉擦れの音が心地よい晩であった。
  
 神官と呼ばれた者は既に夜も更けているのにも拘らず、この木々の間を練り歩いているようだ。

「もう少しだ。今季は雨が少なかっただろう?病気になった木がないかしっかりと調べておかなくては。」

「しかし、もう時間も遅うございます。木々の管理ならば、日中の者達にも改められます故…」

 神官は足首までも届きそうな白く長い装束に、同じく白い布地で作られたフードを顔が半分ほど隠れるくらいに深く被っていた。そんなに被れば視界は遮られるだろうに、全く不便を感じさせない様な足取りで木々の間を歩いていくのだ。木々の枝の先には色々な形と大きさの実がなっているのが夜目でもわかる。木々は果樹の様であった。その身のついた枝を時折そっと手にして何やら観察しながら神官は歩いているのだった。

「昼間に私が出ていては混乱を招くのだろう?」

 手と足を止める事なく神官は乾いた土を優しく踏みしめながらスタスタと進んで行く。

「…そうでは有りますが…ここ、連日では有りませんか。」

 夜間になり日中に作業をする者達が居なくなると、神官はそっと本殿から出てきて夜遅くまで広大な果樹園の中をこの様に練り歩くのだ。

「先程も言っただろう?今年は雨が少なすぎる。要らぬ病気が付いてしまえば収穫は下がるだろう。この地は特に土地が痩せていて収穫量が少ないのだ。これも民のためになるだろう。」

「左様でございますが、神官様のお身体が心配です。」

 今夜の寝ずの当番なのか、神殿から神官を探しに来たこの若者は下働きの様な粗末な格好をしていた。まだ歳も若いだろう。神官の事を心配していると言う顔には不安と困惑の色が濃く、目には薄らと涙さえ浮かべている。

「ソラール…お前は先に帰ってお休み。私ならば寝なくても大丈夫だと知っているだろう?さ、お行き…」

 優しくゆっくりと響いてくる神官の声はソラールが小さな頃から聞いてきた大切な者の声だった。捨て子のソラールを赤子の時に拾い上げ、この神殿の子供としてこの神官が養ってきたのだから。
 だから、ソラールは心配なのである。この所毎夜毎夜、果樹園を守る為に寝ないで働き詰めている神官の事が。日中にも神官としての仕事は山のようにあり、それを片っ端から片付けているのであるから、この神官はいつ休んでいるのだろう?

「でも!神官様!」

 本当は本当の親子のように神官を呼びたいソラールである。が、こればかりは身分の差が邪魔をして親子の様には馴れ合えない。けれど、ソラールの心配は本物で心から神官を親として慕ってもいるのである。

「うーむ。では、ソラール。お前の朝餉が終わったら少し共に眠るとしよう?それならばお前は私と共に過ごせるし、私が休む所も見る事が出来るだろう?」

「ほ、本当ですか!?」

 ぱぁっ!と表情を明るくするソラール。歳は10を超えていると言うのに幼子の様に喜んで見せた。

「…ソラール…仕方のない子だね?兄弟子達に見られたら、また甘えん坊と虐められるぞ?」

「む!それでも良いのです!私にとっては神官様よりも大切な物など無いのですから!」

 プンプンと怒っているソラールは先程まで心配で半分泣いていたのではなかったか?

「ふふふ…分かったから早くお行き。ここでは神官の私よりもお前の方が危ないだろう?神殿外の者がいても従いて行ってはいけないよ?」

「分かってます!では、早く、早く帰ってきてくださいね!」

 元気良く走って帰るソラールの後ろ姿を見送りながら、神官は迷子探索の魔法を発動させておく。あの子の行方が神殿より逸れてしまわない事を確認する為に。

 内陸に位置するこの神殿がある地域は非常に痩せた土地が広がっている。その為農業を幅広く行なっていても収穫が少なく、今も昔の悪習である人身売買が水面化で行われていたりするのだ。そんな悪行の標的は子供達だった。それならばソラールだけを帰らせず護衛するべきところである。
 しかし、この果樹園を守らなければここに働きにくる周辺住民達の収入源が一気に落ちることになり、更にこの地域の治安を悪化させることに繋がってしまう。だからこそ枝一振りであろうとも、木々の病気を見落とすことは出来なかった。

 ここ、1日たりとも休まずに神官は働いていた。休息を必要以上に欲しない身体であればこそ出来ることではあるのだが、ソラールの様な子供達を守る為には休む訳にはいかないのであった。

「殿下方は、見つけられただろうか?」

 枝に触れつつ、誰に言うともなしに神官は希望を口に出す。何処の誰にも言えずにいる神官の願い。きっと繋げていって欲しいと託された最後の望みを、いつか、伝えられる様に……











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