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尽きぬ羨望
14 芽吹き 3
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「……嫌じゃ無かったから…だから戸惑っているんだろ………」
ニコニコニコニコ………
冷静沈着の騎士と思われているフレトールの口角は先ほどから上がりっぱなしだ。いつぞや見た鬼気迫る気迫と殺気は夢だったのだろう…キールの前にくるフレトールはデレデレとしかしていないのでは無いかとさえ思えてくる。
目の前に座って、と思いきやフレトールはキールの隣に腰を下ろして、人間で言えばお行儀悪く横を向きながらパクパクと食事をしながらずっとこの顔である。
「……フレトール…食い難い……」
つい本音を漏らしたキールは別に物凄い神経質な方では無い。食べる物なら森にある物ならばなんでも良いし、調理なんてされていなくても構わない。衣類に関しても、裸で寝台から出てそのまま食事をしたって一向に構わなかったくらいだ。それを目のやり場に困るからと薄地の部屋着をいそいそとキールに着せ始めたのはフレトールの方だ。
何に関しても大雑把で気にしないキールから見ても今日のフレトールの視線は鬱陶しいくらいにキールを見つめて離そうとしない……
「嫌では無いのだろう?」
横を向きながらも器用に食べ物をこぼさずに食べ進められるのはフレトールの育ちが良いからなのかどうなのか。何かキールが不服を述べても上の台詞で綺麗に流されてしまって、どうやらこの状態からは解放してはくれなさそうだ。
「………言わなきゃ良かった…」
口に出てしまった本音に恨めしそうな感想を述べてももう遅い。なんとなしに居心地が悪いこの状態では折角の珍しい果物の味を堪能することさえできないではないか。
「いや、キール。言わなければ伝わらない事もある。俺達の間では尚更だろう。だから、もっと言ってほしい。」
いつぞやキールがフレトールに言った事だ。
「は…?何を……?また、さっき見たいな恥ずかしい事を言うのか?」
「なんだ…やっぱり恥ずかしかったのか?」
ニコニコのフレトールとは打って変わってずっと顰めっ面のキールだ。キールの緑銀色の瞳の中には、初めて会った時のような嫌悪と侮蔑を含む冷たい視線ではないものを含んできていると既にフレトールにも十二分に分かっていて、あえてキールに聞いてくるあたり、フレトールは案外いい性格をしているのかも知れなかった。
「フレトールお前…!あんな事をしておいて、恥ずかし気も無いのか?」
人間の貞操観念とはそんなものなのかと改めてキールは驚愕に目を開く。エルフのキールは人前で肌を晒す事にまったく躊躇もしないのだが…
あんな事を……
何でも話さなければわからない、とキールの方からフレトールに話したと言うのに、昨夜感じた気持ちを詳しく話そうとすると、どうしてもキールは言葉に詰まる。
「ふふふ…俺にだって羞恥くらいあるさ。」
「絶対、嘘だ…」
恥ずかしがっている者は絶対にニコニコ顔で嬉しそうに側には寄っては来ないだろうに。
「俺は羞恥よりも強い喜びに満たされているからな。それにキールの顔を見ているだけで幸せが染み込んでくるみたいで、羞恥を感じる暇がない。」
フレトールは自分の分の食事が一通り終われば、目新しい果物を手に取って果物ナイフで器用に皮を剥いていく。キールには皮ごと食べるから良い、と決まって言われるだろうにそれでも何かしたいらしい。綺麗に剥き終わった果物を今度はフォークで刺してキールの口元まで運んでくる始末だ。
「自分で食える!」
「俺がしたいんだよ、キール。こうしたら今度はどんな顔をしてくれるのか、どこまで許してくれるのか、俺だけが特別なのか…我ながら気持ち悪いが、羞恥よりもこれらが満たされる喜びの方が大きいんだ。」
口元に持ってこられた果物を渋々と咀嚼し出したキールの白い頬が仄かにピンクに染まっていた。
「美味いか?」
照れ隠しのために思い切り大きな口を開けて果物に齧り付いたので、モゴモゴと咀嚼しているキールはコクリと頷くのが精一杯だ。そんなキールのピンクの頬に食事中にはこれまた邪魔にしかならないフレトールの手がゆっくりと辿ってくる。
「不思議だな…普段、いくら動いても顔色一つ変えないのに。こう言う時はちゃんと顔に出てる。」
「…………」
フレトールに何を言われてもキールは前を向いたまま果物を咀嚼し続けた。フレトールの顔を見返すのにはまだ精神的に落ち着いていないし、目の前の果物は思いの外キールの好みにあった物で伸ばす手が止まらないのだ。
「…悪かった。昨夜もちゃんと食事を摂っていなかったろう?もっと早くに食事にすれば良かったな。」
次々に果物に手を伸ばすキールを愛でながら、フレトールは何やら勘違いをしているらしい。寝台の中でキールに愛情と言う名の悪戯を長らく仕掛けていたのはフレトールなので、もしや空腹であった事をキールが言い出せなかったのかと思ったらしい。
そんなに腹は減ってない。そう言いたいところのキールではあるが、何しろフレトールの事を気にしない為に必死に果物を口に詰め込んでいる様な状態だ。もう満たされつつある胃袋はそろそろ限界を訴えてくる頃だろう。
腹を決めて、フレトールにもういい、と告げようとした時に、居室のドアのノックが鳴らされた。
ニコニコニコニコ………
冷静沈着の騎士と思われているフレトールの口角は先ほどから上がりっぱなしだ。いつぞや見た鬼気迫る気迫と殺気は夢だったのだろう…キールの前にくるフレトールはデレデレとしかしていないのでは無いかとさえ思えてくる。
目の前に座って、と思いきやフレトールはキールの隣に腰を下ろして、人間で言えばお行儀悪く横を向きながらパクパクと食事をしながらずっとこの顔である。
「……フレトール…食い難い……」
つい本音を漏らしたキールは別に物凄い神経質な方では無い。食べる物なら森にある物ならばなんでも良いし、調理なんてされていなくても構わない。衣類に関しても、裸で寝台から出てそのまま食事をしたって一向に構わなかったくらいだ。それを目のやり場に困るからと薄地の部屋着をいそいそとキールに着せ始めたのはフレトールの方だ。
何に関しても大雑把で気にしないキールから見ても今日のフレトールの視線は鬱陶しいくらいにキールを見つめて離そうとしない……
「嫌では無いのだろう?」
横を向きながらも器用に食べ物をこぼさずに食べ進められるのはフレトールの育ちが良いからなのかどうなのか。何かキールが不服を述べても上の台詞で綺麗に流されてしまって、どうやらこの状態からは解放してはくれなさそうだ。
「………言わなきゃ良かった…」
口に出てしまった本音に恨めしそうな感想を述べてももう遅い。なんとなしに居心地が悪いこの状態では折角の珍しい果物の味を堪能することさえできないではないか。
「いや、キール。言わなければ伝わらない事もある。俺達の間では尚更だろう。だから、もっと言ってほしい。」
いつぞやキールがフレトールに言った事だ。
「は…?何を……?また、さっき見たいな恥ずかしい事を言うのか?」
「なんだ…やっぱり恥ずかしかったのか?」
ニコニコのフレトールとは打って変わってずっと顰めっ面のキールだ。キールの緑銀色の瞳の中には、初めて会った時のような嫌悪と侮蔑を含む冷たい視線ではないものを含んできていると既にフレトールにも十二分に分かっていて、あえてキールに聞いてくるあたり、フレトールは案外いい性格をしているのかも知れなかった。
「フレトールお前…!あんな事をしておいて、恥ずかし気も無いのか?」
人間の貞操観念とはそんなものなのかと改めてキールは驚愕に目を開く。エルフのキールは人前で肌を晒す事にまったく躊躇もしないのだが…
あんな事を……
何でも話さなければわからない、とキールの方からフレトールに話したと言うのに、昨夜感じた気持ちを詳しく話そうとすると、どうしてもキールは言葉に詰まる。
「ふふふ…俺にだって羞恥くらいあるさ。」
「絶対、嘘だ…」
恥ずかしがっている者は絶対にニコニコ顔で嬉しそうに側には寄っては来ないだろうに。
「俺は羞恥よりも強い喜びに満たされているからな。それにキールの顔を見ているだけで幸せが染み込んでくるみたいで、羞恥を感じる暇がない。」
フレトールは自分の分の食事が一通り終われば、目新しい果物を手に取って果物ナイフで器用に皮を剥いていく。キールには皮ごと食べるから良い、と決まって言われるだろうにそれでも何かしたいらしい。綺麗に剥き終わった果物を今度はフォークで刺してキールの口元まで運んでくる始末だ。
「自分で食える!」
「俺がしたいんだよ、キール。こうしたら今度はどんな顔をしてくれるのか、どこまで許してくれるのか、俺だけが特別なのか…我ながら気持ち悪いが、羞恥よりもこれらが満たされる喜びの方が大きいんだ。」
口元に持ってこられた果物を渋々と咀嚼し出したキールの白い頬が仄かにピンクに染まっていた。
「美味いか?」
照れ隠しのために思い切り大きな口を開けて果物に齧り付いたので、モゴモゴと咀嚼しているキールはコクリと頷くのが精一杯だ。そんなキールのピンクの頬に食事中にはこれまた邪魔にしかならないフレトールの手がゆっくりと辿ってくる。
「不思議だな…普段、いくら動いても顔色一つ変えないのに。こう言う時はちゃんと顔に出てる。」
「…………」
フレトールに何を言われてもキールは前を向いたまま果物を咀嚼し続けた。フレトールの顔を見返すのにはまだ精神的に落ち着いていないし、目の前の果物は思いの外キールの好みにあった物で伸ばす手が止まらないのだ。
「…悪かった。昨夜もちゃんと食事を摂っていなかったろう?もっと早くに食事にすれば良かったな。」
次々に果物に手を伸ばすキールを愛でながら、フレトールは何やら勘違いをしているらしい。寝台の中でキールに愛情と言う名の悪戯を長らく仕掛けていたのはフレトールなので、もしや空腹であった事をキールが言い出せなかったのかと思ったらしい。
そんなに腹は減ってない。そう言いたいところのキールではあるが、何しろフレトールの事を気にしない為に必死に果物を口に詰め込んでいる様な状態だ。もう満たされつつある胃袋はそろそろ限界を訴えてくる頃だろう。
腹を決めて、フレトールにもういい、と告げようとした時に、居室のドアのノックが鳴らされた。
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