上 下
113 / 143

113 ゴアラの少女

しおりを挟む
 バート、ガイ、ソウ組はゴアラの入国より早5つ目の泉の水を汲み取り終わり、今はゴアラ南西部に位置する庶民に強く人気のある泉にいる。

 ここはそこそこ大きな泉でさんさんと降り注ぐ日差しの中には家族連れも多く、バート達は遊びに来ている若者達に紛れて泉の採取に励む。

「お兄ちゃん達、泳がないの?」
 小さな壺に水を入れ終わればここに留まる意味もない。不審がられない様にその場を離れようとした所で小さな女の子にソウは声をかけられた。

 今迄家族で泳いでいただろうその子の髪からはポツリポツリとまだ滴が垂れていて肩にはタオルが掛けられている。

「ん?泳ぐ?まだ泉の水は冷たいだろう?」
 そうだ、日差しが強くなってきたとはいえ、まだ水泳をするには肌寒いのではないかと言う気温だが、女の子の様に泳いだ後と思われる人や未だに水の中にいる人も多い。

「えー、全然寒くないよ?せっかく花の泉に来たのに泳がないなんて勿体な~い!うちのお兄ちゃん達なんて一番遠くまで泳いでいっちゃったよ?」

 ここは花の泉と言うらしい。その名の通り泉の周りにはハーブやら小さな立木やらの花々が綺麗に咲いているし、観光地だけに良く整備もされている様だ。気持ちよく水辺遊びをするには絶好の場所だろう。
 こんな所でゆっくり寛げたら、と一瞬ルーシウスの顔がソウの頭に思い浮かぶ。

「エラーナ?」
 女の子の後ろから男性の声がする。
「パパ!」

「娘がお邪魔しちゃってすみません。」
 人の良さそうな男性だ。

「お兄ちゃん達泳がないんだってー。」
「おや、そうなのかい?ここは大きくて綺麗だから泳ぎ目的の人が殆どだと思ってたけど、もしかして観光の人?」

「ええ、そうなんです。泳ぐ準備をしてなくて。けど、景色だけでも楽しめますね。」

「そうでしょう?地元では有名な場所で良く家族で来るんですよ。」

「冷たくはないんですか?」

「ああ、観光の方なら知らないでしょうね。王城の向こうにある山水がこの地を温めてくれているって話で、水温は温かいくらいなんですよ。」

「山の、水が温かいのですか?」
 山育ちのソウにはとても信じられない。山水は夏場でも場所によっては身が竦むほど冷たい時が有るのだから。
 ソウの顔は怪訝そうにしかめられていたんだろう。

「あ、もし王城の方へ行かれるなら北西にある邂逅の神殿に足を向けてみては?神殿の中から湧き上がっている水が温かくて、その恩恵をこの地は頂いているっていう有難い場所なんです。旅行者の方も入れてもらえると思いますよ?」

 父親は子供達に祝福を授けてもらう為に何度か神殿に入ったことがあると言い、普段儀式のない日は一般の観光客も参拝に訪れる事ができると話す。

「フフッ神殿で祝福してもらうとね、体も心も強くなるんだって教えてもらったの。」

「幼い子供達は余り感じない様ですけど、大人になってから祝福を受けると体が機敏になったり、感覚が優れてきたりと祝福を受けてからの変化を感じる方もいるそうで、通い詰めている人もいると聞きますね。」

「へぇ、そんなに差が分かるもんですかね?」
 バートも胡散臭そうにしている。

「ええ、それは人によって感じ方に違いはある様なんですけどね。何でも魔物が見つけやすくなったとか。討伐に出る人々には無くてはならないものだとか…」

 後ろで話だけ聞いていたガイの眉が寄る。魔物とは言葉通りのでは無いことが分かってしまった。

「お兄ちゃん達も大きくなったら討伐隊に入るんだって!私はダメだって言われちゃったけど…」
 女の子は酷く残念そうに口を尖らせた。白く柔らかそうな頬をプウッと膨らませて下を見る様は如何にもまだまだ幼い子供の仕草だ。

「君も魔物は嫌い?」

「ん~~分かんない…見た事ないし。」

「魔物も、こっちが何もしなければきっと襲ってこないよ?戦う人は生き残る為に仕方なく狩るんだ。少なくとも魔物が多い山ではそうだった。」

 プゥと膨れている女の子の頭を撫で撫でしながら顔を覗き込む様に話しかける。

「でも、は魔物なんかいたらダメなんだって、皆んな幸せにならないんだって教えてくれたの。だから討伐するんだって。」

「悪い魔物じゃ無くても?討伐するの?」

「?そんな魔物いるの?」
 キョトンと逆に聞かれてしまった。


 パリッ

 後方で聞き覚えのある音がする。その後に木立の中の1本から、パンッと言う音と共に薄らと煙が立ち上った。

「キャア!」
「何だ?」
「嫌だ!あそこ、気持ち悪い!」
「うわ!どこかに魔力持ちがいるんだ!誰か兵を!」

 一瞬にして辺りが騒然とする。その木立の周りにいた人々は子供を抱え、荷物を放り出してザザッとその場から離れていった。
 周りの人々からは口々に呪いの言葉が聞こえてくる。

「わぁぁぁぁぁん、怖いよ~~。」
 ソウと話していた女の子も泣き出してしまっている。

「あぁ、これは守備兵がきますね。外国の人は真っ先に疑われるからあなた達は早くここから離れた方がいいですよ。」
 大泣きしている女の子をあやしながら父親は離れる様に促してくれる。それぞれ皆んな場所を移し帰って行く者もいる中でなら怪しまれないだろう。

「ソウ、これがゴアラだ。」
 ガイが言う。見た目が同じでも、分かり合おうとしても決定的に決別させてしまう物がそこにあった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...