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112 神殿

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 ゴアラが建国された当時からこの川により、地は潤い祝福されていた。

 いつの時代の人達によってか川の上流には川の上に掛かるように巨大な神殿が建てられた。この川の恵みに預かり祝福を得ようと毎年多くの民が子供を引き連れて神殿に登ってくるのだ。

 その神殿は邂逅の神殿と呼ばれた。


「陛下、こちらでございます。」

 毎年のことながら、この儀式に何の意味があるのか見出せない。
 たかだか温かい川の水で浄めを受けただけで無病息災を得られるなどはなはだ馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。それでも神殿の神官共はお布施を積めば誰にでも門戸を開き有難い浄めを授けている。お布施を積めば、だが。

 腐ってるな。

 自分でこの悪習をどうにかしようともせずに階下に控える神官を見下す。

 これでもまだ救われるのは、この儀式を民達が心待ちにしていてくれると言う事だけだろうとシュトラインは思うのだった。

 右手を厳かに挙げ、式の開始を知らせる。

 手続きした順に(お布施額順かもしれないが)子供達、又は祝福を得ようとする者は薄絹を纏い一人づつ川の水に浸けられ、又は頭から浴びて浄めを受けていく。   

 その単調な作業を見ていると、昔の事を思い出してくるのだ。

 この神殿は当然王家によって統治され、王家の子供達も優先的に皆祝福を受けて来ている。
 自分の時は赤子の時のため覚えていようはずもないが、一番下の弟の祝福式に強引について来た事があった。

 あれは幾つの時であったか?両親の理も、社会のルールも、自分が何者でかさえ把握していなかった時分に、自分にとってたった一人の弟が生まれたと聞かされたのだ。
 年の近い兄弟が居なかったので、躍り上がって喜んだものだ。
 その弟が祝福を受けると言うのだ、一緒に行きたいと当然のようにわがままを言い、父が止めるのも聞かずにほぼ無理やりついて行った覚えがある。

 弟は庶子であった。父が身分の低い者に産ませた子だ。後から考えれば王族に連なる事も出来ないような者に執着するとは王族の恥と思われていたのかもしれない。式にしぶしぶ参加したも何やら浮かない顔をしていたとは思うが、弟の晴れ舞台に浮かれている子供に大人の事情の機微など拾えようはずもない。

 弟を抱いていたのは見知らぬ女だ。何処か気まずそうな何処か誇らしげに、側に寄った父の顔を見ては嬉しそうな顔をしたことに不思議な違和感を感じていたのを覚えている。

 俺はもっと近くで見たかったのだ。弟の人生初の瞬間をしっかりと目に焼き付けたかった。ただ何が行われるのか興味があったとも言える。
 浄めの儀式が行われる場所は立派で豪華な祭壇の様な所ではない。それよりももっと下、川の水に入っていく階段を何段か降りた所で対象者を静かに水に浸けるのだ。それを特等席で見ようと階段上の手摺から乗り出す様に覗き込んだ。
 周りの侍従は慌てふためいたが、父と母は動揺もせず、凛とその場に佇んでいた。

 ゆっくりと赤子の弟は司祭に抱かれて階段を降りる。階段上では母では無い見知らぬ女が両手を握りしめてジッと弟の様子を見つめていた。母よりも母らしい女だった。

 司祭は膝上程の深さの所でゆっくりと弟を水に浸けていった。

 おお!遂に儀式が見えた!一段と身を乗り出した後、足を滑らせたのだ。
 ゆっくりと頭から落ちていく間に、司祭が弟を水にのがスローモーションの様に見えた。
 
 次の瞬間には水の中にいた。水は暖かくて、息もできないのに恐怖は無く不思議とこのまま揺蕩って居ても大丈夫な気さえしたが、赤子が気になり上の方を見上げれば何やら激しく人が動き回っている様な影が見えた。直ぐに影が数多の細かい気泡を伴って目の前に現れる。俺の護衛騎士だ。

 騎士は真剣な表情で俺の腕を掴み、胴を抱えるとグイグイと水面まで引き上げていった。
 
 陸にあげられた時、辺りは騒然としていた。弟を抱いていた女は悲鳴を上げて弟の名を叫んでいたし、弟に付いていた侍従もびしょ濡れで腕に今引き上げたばかりの赤子を抱いている。

 川に落ちた割には水を数口飲んだだけで何処にも以上は無く心配している母を他所に弟の元に駆け寄った。
 弟はか弱く泣いておりどうやら無事のようだ。

 だからだろうか?つい、司祭に向き直り聞いてしまったのだ。

「どうして川の中で手を離したのだ?」と。


 その言葉を聞くなりまた周囲が騒然としだした。騎士は司祭を床に引き倒して拘束し、弟を抱いていた女は母に向かって、やはり貴方なのですか!と詰め寄って居る。

 母は微動だにせず静かに女を見つめていた。

 その日を境に司祭と、女を見かける事は無くなった。

 愚かにも国の王妃に楯突いて掴み掛からんばかりの女の行く末など誰が考えても明らかだろう。愚かな子供はそれさえも思いつかずあの時声を出してしまったが。
 
 弟の母は、母では無かったと言うだけの出来事だったのだ。

 その弟も何処でフラフラして居るのか、臣下に養子として出されたはいいが、好き勝手に動いている節がある。
 サウスバーゲンの守りに亀裂を入れたい等と豪語していたが、国が欲しいわけでは無かろう。

 フッと息を吐き、ゴアラの宿命の深さを思いやる。この地はどれだけの血を所望すれば満足すると言うのか?
  
 あの時儚くなっていた方がもしやお互いの為だったかと微かな思いが胸の内を過ぎる。






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