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27、貴婦人の囀り ③

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 レジーネ・エリッジ侯爵令嬢。外交を司る外交官を多く輩出するエリッジ侯爵家の長女で彼女の夫となる者が次期エリッジ侯爵家を継ぐ。言わば実質エリッジ侯爵家の跡取りだ。ほぼ夜会への参加をしないヒュンダルンとは社交場で出逢えばお互いに挨拶はする、そんな間柄である。

 ここは騎士団本部第1騎士団長の執務室だ。ヒュンダルンは野外訓練が始まる前に従者から客人の訪れを聞かされた。目を通せるだけ書類を片付けようと執務机から目を離さなかったヒュンダルンは、明るい声を聞くと同時に目を挙げて驚いたものだ。
  
 彼女が何故ここへ?

「ご機嫌よう!ゴーリッシュ騎士団長殿!」

 華やいだ明るい声と共にレジーネは金の瞳をキラキラと輝かせつつにこやかに挨拶した。

「ご機嫌よう?エリッジ侯爵令嬢…」

 面食らった様な挨拶になってしまったのだが、そもそもヒュンダルンはレジーネと個人的な会話をする様な仲ではなかったはずである。

「今日はどうされました?」

 むさ苦しい騎士団に令嬢お一人でなんて…ヒュンダルンは直ぐにレジーネを執務室のソファーへとエスコートする。部屋へ招き入れて置いて客人を立たせておく事はマナー違反だからだ。

「ええ、私、心配事がありまして…」

「心配?」

 わざわざ騎士団に赴くほどの心配事とは…少しだけヒュンダルンは気を引き締める。

「私達の大切な方の事ですわ。」

「…どなたのことでしょう?」 
  
 レジーネにそう言われてもヒュンダルンにはピンとくる人物が上がって来ない。何しろ社交界は広いのだ。大事な、と言われてもどの方面で大事なのかによっても対象者は変わってくる。
 先程の挨拶の時より表情が暗くなったレジーネにヒュンダルンは出来るだけ優しく問うた。

「ご存じでしょう?書庫の妖精を?」

「………はい、まあ、その方のことでしたら。」

 知っているも何も茶会の席でレジーネの前でヒュンダルンはウリートに会っているのだから。アクロース侯爵家の幻の君がいつの間にか書庫の妖精という二つ名になっていたのには驚いたが。

「ええ、私達の大切なお友達ですわ。けれどもこの所噂が巡り巡ってしまって、沢山の方がウリート様の所に押しかけている様ですの。」

 知っている、それをいちいち牽制しているのがアランドとヒュンダルンである。

「あの方は本当に純粋な方なんですのよ?」

「ええ、同意します。」

「ですのに!お家柄や外見から、またはお噂からで興味本位に関わりを持とうとする方々が多すぎますわ!」

「ええ…」

「これでは、いつかきっとウリート様は襲われてしまうかもしれませんわ!」

「え……?」

「悠長な事を仰らないで下さいませ、ゴーリッシュ騎士団長殿!同性同士でも結婚は出来ますのよ?もし、既成事実なんて事が起こったら…私、私…目も当てられません…」

 レジーネは持っていた扇で口元を隠し、うぅと泣くのを耐えている様子…

「れ、令嬢?」

 今のは令嬢から飛び出した言葉だろうか………

「ゴーリッシュ騎士団長殿は何とも思いませんの?きっとウリート様の所には婚約のお伺いが山の様に届く様になりましてよ?ウリート様がお心を開いている方ならばまだしも、先程も言いました様に既成事実なんて作られでもしたら、ウリート様は死んでしまうかもしれませんわ!」

「…婚約…?」

 既成事実に死…?令嬢から飛び出したとは思えない話の内容にヒュンダルンの頭がクラクラとしてくる。

「ゴーリッシュ騎士団長殿は男性との経験はありまして?」

「はい?」

 今度こそヒュンダルンの思考は停止寸前だ。

「だって、ウリート様はあれだけ初心で純粋な方なのですもの。最初はお心を許せるお相手、それも経験豊富な方が宜しいわ。間違っても!ただウリート様を貪ろうとする輩になんて触らせたくないのですわ!」

「…………………………令嬢…」

 ヒュンダルンは片手で額を抑え項垂れる…この会話は令嬢から出て良いものではないだろう。だが、しかし、エリッジ侯爵令嬢の言う通りの危険性はあるのだ。もし手篭めにされてそれを公表されてしまえばアクロース侯爵家もウリートの婚姻について無視など出来なくなる。

 何も知らなそうな、身体の弱いウリート殿を無理矢理手篭めに…?ありえない……! 
 いや、待て………

「ウリート殿とて侯爵家の人間です。閨教育くらい受けているでしょう?」

「では受けておられなかったら?」

 身体の都合で、か……

「ゴーリッシュ騎士団長殿は悔しいとお思いになりませんか?ウリート様はあれだけ貴方様を慕って居られるのに!他人が手を付けようとしている所を眺めてられまして?」

 慕って…?いや、本人に自覚が無いだけなのだろうが、ヒュンダルンにも他人と比べるとウリートから慕われていると思われる節はある。

「エリッジ侯爵令嬢…………令嬢が手をつけるや、閨教育やら、既成事実やら、貪るやら、経験豊富などと声を大きくして言ってはいけませんよ?誰が聞いているか分かりませんからね?」

「私は良いのですわ!どうせ結婚の相手は父が決めるでしょうし、これ位の言動で動じる家ではありません。私は愛すべき友の幸せをちゃんと見届けたいのです!」

 真剣な物言いはレジーネ本心からのものだろう。

「ようく考えて見てくださいまし、ゴーリッシュ騎士団長殿。ウリート様のお隣に下卑たお顔の男がおりますの。その者は好きな時にウリート様を貪るのですわ………耐えられまして?」

 令嬢としての言動はどうであれ、この言葉はヒュンダルンの心に深く刺さったのだった……


 










 
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