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第1部 大韓の建国

【由子vs.馬光、最期の戦い①】

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 それから半月後、斉の大軍が旧楚領に攻め込んで来た。それを迎え討つ為に由子は、龐越に城を守らせて出陣した。4日後、孟孫が晋王の命令だと言って10万の援軍を連れて来た。由子自身、20万の兵を率いているから、合わせて30万の大軍となった。そして、斉軍は50万の大軍を斉王自ら率いていると言う報告を聞かされた。
「なるほど、流石は孟孫殿の間諜は耳が早いですな?」
皮肉を込めて言った。孟孫は不機嫌そうな表情を見せて、無言で下がった。そして監軍として、由子の目付役となった。晋王から兵符を渡して兵権を委ねた後は、由子の監軍となって手本とせよと言われたのだが、晋王は由子の側で兵を動かす勉強になるだろうと思っていたのだが、孟孫はまるで逆に受け止めた。暴走しがちな由子の目付役となり動向を監察し、諌めろと言う事だな?と。これが後に大事件に発展するとは、この時はまだ誰も思いもしなかった。
 斉軍50万を斉王は3隊に分けていた。1隊は10万水軍で楚を目指した。残りの1隊は甘罧将軍を昇格させて征西大将軍にし、20万の先鋒として韓を攻め、後詰として斉王が1隊を率いて韓と楚攻めのどちらにも援軍に対応出来る様にしていた。さらに遊軍として馬光に1万騎を預け、楚から長安に逃げ戻る晋兵を討てと命じていた。先の楚攻めで馬光は、攻略出来ずに斉国に逃げ戻って来た。その罰としての配置である。大した手柄を得る事も期待出来ないポジションだ。勿論、馬光は不服であったが、楚攻めの失敗をダシにされては何も言い返せなかった。場合によっては死罪相当になっても不思議ではなかったのを、免罪されたのだ。文句など言えるはずがなかった。
 戦の口火を切ったのは、斉に呼応して楚に攻め込んだ呉軍からであった。しかし、龐越に悉く阻まれた。膠着状態が続く中、呉本国で政変が起こったと報告を受けて撤退した。水姫の命を受けた工作員が呉で扇動を行ったからだ。
 甘罧征西大将軍は、由子と正面から波状攻撃を仕掛けた。第1波は、斉軍では珍しい女将軍で名を張甜と言った。男勝りな性格で、武術に優れていたのが災いして、十数人の男達に1人で挑み、ボコボコにされていた所をお忍びで城下にいた斉の李王に助けられ、その勇と武術の腕を見込まれて士官する事になった異例の経歴を持つ。彼女は密かに李王に恋心を持ち、王の為なら命も惜しくは無いと思っていた。
由子は例の如く自ら率いる前衛は囮である為、兵は薄かった。張甜は、由子を見つけると打ちかかった。女性であった為、少し驚いたが腕は確かで、由子と20合も打ち合うと形勢が悪くなり逃げた。青光馬なら簡単に追いつけたはずだが、由子は追撃せずに逃した。第2波に備える為だったのかも知れない。第2波は、馬光の副将だった義弟の瑛深だ。甘罧大将軍の希望で、この戦に限って麾下きかに加えられていた。
「こいつは凄ぇ、義兄(馬光)が手こずる訳だぜ」
噂に聞く由子と初めて戦って理解した。由子こいつは、義兄よりも強い。相性なのか分からないが、義兄がこんな化け物と互角に戦えているのが不思議な程に。やはり20合も打ち合うと、瑛深も退いた。第3波は、凌逵将軍が由子と一騎討ちを始めた。甘罧大将軍は、用兵において只者では無かったのだろう。晋軍に対して波状攻撃を仕掛けたものの深追いはせず、由子に一騎討ちを繰り返しては疲れさせ、倒す戦術を取った。その間も晋軍による左右からの挟撃に警戒を怠らず備えていた。18時間以上にも渡る戦闘で両軍も消耗し、日が暮れて兵を退いた。由子は陣営に戻ると疲れ果て、幕舎に入る前に倒れる様にして眠りについた。小姓が幕舎に運んで鎧を脱がせて、ベッドに寝かせると、由子が女性である事に気付いた。人払いをして、お湯を沸かすと手巾で汚れた顔を拭った。女性だと思って改めて見ると、思わずにはいられなかった。「何と美しい女性なのだろうか。こうして寝顔を見ていると、絶世の美女にしか見えない。今まで怖くて目も合わせられず、お顔も満足に見られ無かった」この感想は他の諸将や官吏達も同様である。後に彼女が女性であったと広く知られ、天下を震撼させたのは、まだまだずっと先の事である。
 甘罧大将軍は、攻撃の手を緩めず夜襲をかけた。しかし晋軍の備えは万全だった。櫓ろは通常それ単体だが、幾つか組み合わせて垣根を見下ろす城壁の様になっており、櫓ろ自体は竹や木を組んだものだが、土粘土を塗り固めて、火矢にも耐えられる造りになっていた。夜襲で火矢を浴びせられたが、晋軍の陣はびくともせず、逆に櫓から矢を射られ、外に配置されていた遊軍によって斉軍は散々に痛めつけられた。この夜襲の間、由子は起こされる事なく、身体を休める事が出来た。それから半月もすると晋軍に異変が起こった。斥候の報告によると、晋軍の陣営がもぬけの殻だと言うのだ。そんなはずは無いと、甘罧大将軍は用心しながら晋軍の陣営に着くと、果たして1兵もいなかった。
「これはどうした事だ?」
探りを入れると、一度退いた呉軍が反転して楚に猛攻をかけ、落城寸前だと報告が入った。
「なるほど、楚の救援の為に陣を捨てて悟られぬ様に撤退したのだな?敵ながら見事な撤退劇だ。だが相手が悪かったな」
甘罧大将軍は、楚へ追撃に向かった。このまま楚を攻め、呉と合流すれば楚は陥る。楚攻めを李王から命じられているのだ。このままでは、呉軍の手柄となってしまう。後詰として李王も向かって来ているのだ。焦りを感じていた。甘罧大将軍は、近道の峡谷を通り抜ける事にした。伏兵を警戒しながら進むと、前方の道は岩や木で行手を塞がれていたが、わずかに通れる道が有ったが、そこを由子が1人で待ち伏せしていた。
「ははは、張飛の長板坡でも再現して見せるつもりか?」
数十人の斉兵を斬り倒した由子は答えた。
「俺を倒せる者などこの世には存在しない。この狭さでは大軍も意味を成さない。俺1人で貴様らを皆殺しにしてやろう」
甘罧大将軍はお構いなしに突撃を命じたが、2刻(1時間)経っても擦り傷一つ付ける事も出来ずに屍の山を築いた。
「退け!俺が殺やる!」
凌逵将軍が由子に斬りかかったが、10合もせずに討ち取られた。
「馬鹿な!伏兵の気配も無い。まさか本気で、1人で我が軍を食い止めるつもりか?」
次第に苛立ちが募って来た。
「ええい、構っていられるか!遠巻きにして矢で射殺せ!」
由子は、岩陰に身を隠してやり過ごした。
「大将軍、これではどうしようもない。あの先に晋軍が待ち構えていたとしたら、格好の餌食ですぞ」
甘罧大将軍は、止むを得ずに迂回する事にした。
「おのれ由子!この怒りは楚を陥して晴らしてくれる!」
背を向けて峡谷を抜け様とすると、退路の出口は岩で塞がれており、上から矢や石が雨の様に降って来た。将軍達は馬から降りて背に隠れ、岩の影で身を伏せられる所まで逃げた。そこへ、木を組んだ巨大な球に火を付けられ、上から幾つも降り注いで火攻めにあった。20万の斉軍のほとんどは焼け死んだ。甘罧大将軍は全身に矢が刺さり、落石で頭を割られて絶命していた。張甜将軍と瑛深将軍は運良く、命からがら逃げ戻って、李王に報告した。
「甘罧が死んだだと!?」
そこへ、遼(かつての南遼)が南下し、斉国に進軍中だと報告が入った。
「ここまでだな…」
溜息を付くと、兵を退く決断をした。
由子は撤退する斉軍を追撃した。戦は追う方が有利である。しかし、李王の後詰は無傷であり、晋軍と戦う余力を残しての撤退だ。そう簡単にはいかない。だが、由子が追撃したのは李王では無かった。
「由大都督。どうして韓の道を通るのですか?」
「間も無く分かる」
由子は、別働隊である馬光を探していたのだ。馬光の兵は1万騎しかいないが、由子が率いているのは晋の精鋭30万だ。このどうしようも無い兵力差によって、馬光に待っているのは死しかない。
 楚が攻められていると言うのは水姫の虚報の計であり、遼を動かしたのは本当で、遼の独立を認めて同盟を結びたいと約定した。遼の女帝・趙嬋の親友にして宰相を務める紫延命は、紫水蘭(水姫)の従姉である。お互いが間に入って仲を取り持ち、同盟が実現した。その為、楚を守る必要もなく、そのまま追撃する事が出来た。
追い詰められた馬光は、悲壮な覚悟で由子との決戦に臨んだ。
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