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アイドル編

第28話

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「ここの所、毎日泊まりね?綾瀬くんはどうするつもりなの?」
 自宅に帰ると唐突に、来夢が話しかけて来た。
「えっ?」
「何も知らないとでも思ってる?あの男と毎晩寝ているんでしょう?」
「お母さん…いえ、来夢…全部お見通しなのね」
「綾瀬くん、ここに来たわよ。あなたと連絡がつかないって。上手く誤魔化してあげたけど、それにも限界があるわよ。いつまで続けるつもりなの?」
 綾瀬がここに来たと聞いて、瑞稀は困った表情をしながら言った。
「私…誰が好きなのか、分からなくなっちゃったよ…。どうしたら良いの…?」
「やっぱり気付いてなかったのね?あなたは、あの男にもてあそばれているのよ。そもそもあの男は、離婚なんてしてないわよ」
「嘘!嘘よ!そんな…それじゃ…私は…、私は…綾瀬を裏切っただけじゃないの…」
 ヂャンの時にも似たような事があった。同じ過ちを2度も繰り返したのだ。瑞稀は、膝から崩れ落ちて号泣した。もう、綾瀬とは交際を続ける事は出来ないと思った。ただ、綾瀬には絶対に言えない。何も言わずに去ろう。もし綾瀬が知れば、性格的に必ず矢沢Pを殺しに行く事だろう。
「私達の仲をめちゃくちゃにしたアイツは絶対に許さない。破滅させてやる!」

 私はいつもの様に、矢沢Pのマンションを訪れた。そして暫く話をすると、シャワーを浴びて行為を始めた。3度目の精を膣内なかに放たれると、私は強く抱きしめた。その時、マンションのドアが開く音がした。矢沢Pは焦り、私を引き離して隠そうとしたが、私は「何で隠れる必要があるの?」とわざととぼけた。
「あなた!誰よ、その女!」
 入って来たのは、矢沢Pの奥さんだった。実は私は、矢沢Pに脅迫されて身体の関係になっている、助けて欲しいと泣いて頼みに行ったのだ。だから不貞の相手が私である事は、入って来る前から知っていたのだ。それなら私が、矢沢Pに抱かれる前に踏み込めば良かったのでは?そう思う人もいるだろうが、行為中の証拠が必要だったのである。
「あなた、見た事があるわ!婚約者がいる身で、人の夫を誘惑して一体どう言うつもりなの?」
「わ、私は…矢沢さんに動画で脅されて仕方なく…」
「そんなっ、瑞稀ちゃん!」
「何か?」
 奥さんが矢沢Pを睨むと、タジタジになり、しおれたナメクジみたいにシュンとなった。
「これまでも我慢してきたけど、今日と言う今日は許さないわ!」
 そう言うと、テーブルの上に四つ折りにした紙を広げて置いた。それは離婚届だった。
「あなたのお望みの物よ。これで満足した?後の話しは弁護士を交えて行いましょう」
 矢沢Pの奥さんは、ドアを強く閉めて出て行った。
「瑞稀ちゃん…」
「奥さんと別れたって言うの、嘘だったんですね?それなのに何度も膣内なか出しして、私が妊娠したらどうするつもりだったんですか?」
「その時は勿論、離婚して瑞稀ちゃんと結婚したさ」
「そんな都合の良い事、今さら信じる訳無いでしょう?今まで有難う御座いました。最後に一言…私、本気で矢沢さんの事、好きになっていました。裏切られて残念です。さようなら」
 子供の様に泣きじゃくる矢沢Pを尻目に、私は部屋を後にした。
 翌日、私は綾瀬との婚約を解消したと、一方的に報告するとニュース速報で流れ、SNSの検索ワード1位となった。
「瑞稀は?瑞稀に会わせてくれ!」
「ダメよ。ここにはいないわ。ただ貴方に伝えてくれと言われてる。今まで有難う。悪いのは私。貴方は何も悪くない。私は貴方に隠れて浮気をしていた。貴方に会わせる顔が無い。本当にごめんなさい、と」
「瑞稀が浮気?嘘でしょう?お母さん!何かの間違いだ。そんな嘘を付いてまで別れ様とするなんて、よほどの理由があるに決まっている」
「私も聞いて驚いたのよ。それで綾瀬くんに悪いから別れると言い出したの」
「相手は、相手は誰ですか?」
「私もよく知らないけど、妻子持ちで不倫していたみたいね。もっとも、既に離婚していると騙されていたみたいだけど?」
「その情報だけで十分です。お母さん。相手が誰なのか分かりましたから…」
 綾瀬は、来夢にお辞儀をして帰っていった。その日の晩、矢沢Pが綾瀬に殺害され指名手配をしたと言うニュースが流れた。
「何で?どうして話しちゃったりしたの?」
 私は逆ギレして、来夢に泣きながら文句を言っていると、指名手配中の綾瀬が、雑木林で首を吊って亡くなっているのが発見された、とニュースで流れた。
「嘘だ…嘘…。私がこんな事をしたばかりに…」
 2人が死んだのは私のせいだ。
「もう…何もかも終わりね。もう地上ここにはいられない」
 私は意を決した。2人の遺体安置所に現れ、呪文を唱えて生き返らせた。
「これで貴方を生き返らせるのは3度目ね…私なんかの為に死んだりしないでって言ったじゃない…」
 死者蘇生は、大勢の証人に目撃された。
「まさかMizukiはホルダーなのか?では年齢は?19歳と言うのは嘘なのか?」
「突っ込む所、そこ?」
「いやいや重要だろう?もしホルダーなら500歳を超えるお婆さんだぞ?」
「Mizukiの美しさなら500歳でも関係ないな」
 SNSへ好き放題、書き込みされた。
「何で俺は生きている?」
 綾瀬が目を覚まして、最初に発した言葉だ。
 矢沢Pも生き返った為に、綾瀬の殺人容疑は取り消され、傷害の疑いと殺人未遂で捜査されたが、結局立件する事が出来ずに書類送検となって、釈放された。
 綾瀬は事務所に戻って来たが、私の強い希望で、綾瀬との接見禁止命令を会社は出し、共演もNGとしてもらい、徹底的に綾瀬との接触を避けた。
「貴女、ホルダーだったの?」
 驚いた様子で社長に尋ねられた。
「みたいです。私も知りませんでした。最近、昔の記憶が戻ったのです。ただずっと長生きしてるホルダーとは違って、今の私は赤ちゃんから育ちました。生まれ変わったんです」
「う~ん、記者会見をするしかないけど、大丈夫?」
「必要…ですかね?」
「当たり前じゃないの。そうでないと、ずっとマスコミに追いかけ回されるわよ?」
「分かりました」
 面倒くさいな、やりたくない。記者会見の日は、しくも私の20歳の誕生日だ。本来ならファン達とのバースデーパーティーに出席するはずだったが、延期となった。
 記者会見の日は、大勢の報道陣だけでなく政府関係者まで詰め掛けていた。事前に質問の内容の発表があった記者を、事務所が数人ピックアップしており、打ち合わせ通り、その記者だけを当てて用意していた質問に答えるのだ。
「それでは貴女は、500年前に消息不明となったSSS(トリプルエス)ランクの神崎瑞稀と同一人物なのですか?」
「はい、そうです。ただ私は最近までその事を知りませんでした」
「知らなかった、とはどう言う事なのでしょうか?」
「私は現ホルダーの様に、不老長寿などではありません」
「えーっと、それは…500年生きていた訳では無い…と言う事なのでしょうか?」
「いえ、私は不老長寿ではなく、不老不死です。その為、500年毎に自ら身体を燃やして灰となり、その灰の中から赤子として生まれ変わるのです。今の母が私を見つけ、育ててくれました。母にはとても感謝しています」
 私は虚実を織り交ぜて話した。私が女神アナトだなんて言ったら、大騒ぎとなる。神はやはり存在したのだ、と宗教戦争に発展しかねない。
「不老不死?それを証明する事は出来ますか?」
「500年前の資料を読めば、神崎瑞稀が不老不死であった事はご存知のはずです。ではお見せしますが、刺激が強すぎるのでTVではモザイクを掛ける事をお勧め致します」
 記者達は、芸能人である私のジョークだと思って笑った。私は用意していた包丁を喉に当てると、テーブルに体重をかけて倒れ込んだ。包丁の刃は体重によって喉を掻き切り、首を半分ほど切断して身体は床に転げた。
 記者達は悲鳴を上げて叫び、カメラマンはシャッターを連写した。彼らの見ている目の前で傷は治っていき、完全に治ると立ち上がって見せた。
「手品では無いのでトリックはありません。これで信じて頂けましたか?」
 集まった報道陣は、呆気に取られて声も出ない。静寂を制したのは、呼ばれてもいない人物によってだった。
「瑞稀!」
 私と接見禁止の綾瀬が、この場に現れたのだ。確かに私はここに出席すると分かっているから、ここに来れば私に会う事は可能だ。私は綾瀬の姿を見ると、涙が込み上げて泣き出した。
「瑞稀…もう何処にも行かないでくれ。お前が騙された事は知っている。心が動かされた事も。それもひっくるめて、俺はお前と一緒になりたい。どうか俺と結婚して下さい!」
 綾瀬はこの場へ、私にプロポーズしにやって来たのだ。
「私が…何をしたか知っていて言っているの?」
「…全部知っている。でも俺は…お前じゃなきゃダメなんだ」
「婚約は解消したのよ…」
「愛してる瑞稀。お前に断られたら、俺は一生お前のストーカーになる」
「馬鹿…許してもらわないといけないの、私の方だよ?こんな浮気女の何処が良いの?」
「全部だ。お前の全てを愛してる」
 私は泣きじゃくって、綾瀬にハグしながらうなずいた。
「私の方こそ、こんなふしだらな娘で良かったら、宜しくお願いします」
「良かった…瑞稀。生涯大切にする」
「うん…」
 もはや2人だけの世界となり、周りに人がいて、しかも記者会見中だと言う事も忘れて、誓いの口付けを交わした。
 記者会見場は祝福する拍手が鳴り止まなかった。突然の電撃結婚の話題にすり替わって放送された。政府関係者からは、「また日を改めてお話を」と言われた。
「おめでとうMizuki。やはり同一人物だったか」
 チャックはアメリカでも放送された、瑞稀の記者会見の映像を見ながら呟いた。
 消息不明のSSS(トリプルエス)ランクだった日本人が、再び世界に現れたのだ。しかも今をときめく、スーパーアイドルとしてだ。
 瑞稀の人気はルックスだけでなく、その謙虚で礼儀正しく、ファンサービスを忘れない精神にある。初めて会った者でも、瑞稀に落とされてしまう。
 正直な所、チャックも瑞稀の事が好きだった。自分達のバンドにゲスト参加して欲しいなんて言うのは建前で、本音は参加中に口説くのが目的だった。しかし公演中に瑞稀の人気に火が付いてしまい、それどころでは無くなってしまったのだ。
 世界は良い意味でも、悪い意味でも瑞稀に注目した。
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