俺は貴女に抱かれたい

秋月真鳥

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三部 番外編・後日談

舞園晃の悩み

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 晃にとって霧恵は初めてのひとで、人生のパートナーで、夫婦である。大学一年生から同棲していて、製薬会社に就職してからも、車で出来る限り送り迎えをしていたし、結婚が許されてからは、製薬会社を辞めて霧恵のマネージャーとして公私共に支え、ひと時も離れずにいる。
 妊娠から臨月まで、大きくなるお腹を隠さない衣装を纏って撮影に挑んだ霧恵は、マタニティ特集の写真集の発売も決まっている。長身で体格もいいせいか、臨月でもお腹はものすごく目立つ方ではないが、やはり赤ん坊が一人入っているのだ、それなりの膨らみはあった。

「明ちゃん、いつ出てくるんやろ……なんかあったら、すぐ俺に言うてな?」
「出産予定日はまだ先よ。気の早いお父さんねぇ」

 この時期になると圧迫されるので仰向けに寝るのが苦しくなってきた霧恵が、横向きに寝るのを晃が抱き枕のように支えている。お腹の赤ん坊の名前は霧恵の命名で『めい』と決まっていて、お腹を蹴る元気な明に、毎日のように晃は話しかけていた。
 妊娠5ヶ月に入った頃の松利の発情期で、松利も妊娠していたから、その後操と竹史を預かることもなく、ユリと晃と霧恵で、仕事を減らしつつ、穏やかに暮らしていた。
 気の早い子のようで、出産予定日の3日前に破水と陣痛が来て、日付が変わる頃に明は生まれた。2600グラム程度の可愛い女の子で、体重は軽めだが未熟児でもなく、健康で元気に泣いていた。
 医学が進んだとはいえお産は命がけであることには変わりない。霧恵も無事で出産を終え、明も元気に生まれてきてくれたことに、晃は涙が止まらなかった。出産後一週間は明と一緒に病院に入院している霧恵に、泣く泣く家に帰ると、留守番をしていたユリが飛び付いてくる。

「生まれたで……俺、お父ちゃんや。めっちゃ可愛かった。ユリちゃんも、明ちゃんのこと、よろしくな」

 玄関先で倒されつつ、ユリを抱き締めると、また涙が出てきて、晃はその夜は嬉しすぎて眠れなかった。大学一年生でアパートに居られなくなった日から、霧恵と一緒に寝ているので、昼間は霧恵のモデル事務所の仕事をして、夕方お見舞いに行って霧恵と明の顔を見て、家に帰ってユリとご飯を食べる生活に慣れず、晃は眠れなくなってしまった。
 ベッドで枕に顔を埋めると、霧恵の髪の匂いがする。

「霧恵さん……」

 赤ん坊のためのベビーベッドを組み立ててみるも、中に明が居ないので寂しくてたまらない。
 病院だから電話をかけるのも憚られた一週間を超えて、霧恵と明を迎えに行った日には、晃はすっかりと窶れていた。病院は深夜は赤ん坊を預かってくれて、母体の回復を援助するという形式だったので、逆に霧恵は艶々として帰ってきた。

「晃さん、日に日に痩せていくと思ったら、ちゃんと食べてなかったの?」
「寂しくて眠られへんかってん」

 霧恵の豊かな胸に顔を埋めて抱き着くと、優しく髪を撫でられる。

「これから、夜泣きもするだろうし、大変よぉ?」
「それでも、霧恵さんと明ちゃんがおってくれた方がええ!」

 はっきりと言い切った晃を抱き締めて、霧恵は一緒に眠ってくれた。夜中に何度も明は泣いたが、おっぱいをあげると寝てしまって、また霧恵と晃は一緒に眠った。
 その窶れが取れていない頃に、生まれた赤ちゃんを見たいと玲から連絡があって、「はとこ同士だし、ご挨拶しなきゃね」と霧恵と晃は生後二週間の明を連れて都築の家に挨拶に行った。ちょうど学校が休みの日で、操と竹史も家で明に会うのを楽しみにしていた。

「ばぶちゃ!」
「明ちゃんですよ、竹ちゃん」
「めーた!」

 ベビーバスケットに入れていった明を、よちよち歩きの竹史と、その手を引く操が覗き込む。

「どっちに似てはるんやろなぁ。可愛い赤さんや」
「舞園明よ、よろしくね」

 霧恵と玲が話している間に、玲が怖くて近寄れない晃に、松利がお茶を出してくれる。

「晃さん、大変だったね」
「せ、せやな、大変やったわ」

 生まれた後は一週間引き離されていたし、感動しすぎて毎晩のように泣いていたし、相当窶れたのを、テレビも雑誌もほとんど興味ない松利は霧恵が有名モデルと知らないので、すっかりと晃の方がオメガで、霧恵がアルファで、晃が出産したと思い込んでいるとは、晃は知らない。オーラがないのと、松利は玲の番なので、晃がアルファだということに気付いていないのだ。初対面からうなじを噛まれないチョーカーを着けていたのも誤解を助長していた。

「お茶、熱いから気を付けて」
「ありがと……うぎゃー!?」

 指先が松利の指先に触れた瞬間、晃は背筋が凍るような恐ろしいアルファの圧を感じた。振り向けば玲が「松利さんはうちのもんや。晃といえど、指一本触れたら許さへん」と睨み付けている。
 慌てて手を引いたので、松利にも晃にもお茶はかからなかったが、湯飲みがコロコロと床に転がった。

「あ……ごめんね。晃さん、繊細なのに」
「ええのんや! 全く気にせんといてください。床は俺が拭かせていただきます」
「無理しないで」

 床に膝を付こうとしたところで、起き上がらせられそうになって、晃は起き上がり小法師のようにピュンッと起き上がった。抱き上げられでもしたら、大変なことになる。

「松利さんこそ、妊娠してはるんや、じっとしとって、な?」
「二人目ですし、安定期に入ってるから……」
「じっとしとって!」

 もしも何かあれば玲に投げ飛ばされるだけでは済まない気がする。雑巾を借りてお茶を拭いて、自らかって出てお茶を淹れる晃に、玲はそれ以上圧はかけてこなかった。
 明が泣き出すと、部屋を借りて霧恵と明と三人きりになって、晃はホッと息を吐く。霧恵がおっぱいをあげている間、晃はどんな真夜中でも必ず一緒に起きていたし、霧恵の飲み物や夜食、明の着替えを準備して、少しでも手伝っていた。オムツ替えだけの場合には、晃が大抵全部する。
 豊かな霧恵の胸に埋もれて、母乳を飲む明はすくすくと大きくなっていた。母乳の出も良いようで、明が飲むだけでは余ってしまって、搾乳して捨てることもあるくらいだった。

「お腹いっぱいになったのかしら。晃さん、オムツを見てくれる?」
「明ちゃん、オムツ替えよか」

 衣服を霧恵が整えている間に、明を預かって晃がオムツを替える。お腹がいっぱいになって着替えも終えた明は、ベビーバスケットの中で眠ってしまった。
 リビングに戻ると、松利が残念そうにベビーバスケットの中を覗き込んでいた。

「抱っこしたかったけど、寝ちゃったね」
「えーよ?」
「竹ちゃんったら」

 抱っこと聞いて、自分のことかとすかさず両腕を広げる竹史を、松利が愛しくてたまらない様子で抱っこする。長身で体格がいいので目立たないが、松利のお腹にも赤ん坊がいる。

「竹ちゃん、松利さんは赤さんがおるからあかんて言うてるやん。お父ちゃんのとこ、おいで」
「やぁやー! みぃたん!」

 手を広げた玲から逃れようと操に助けを求める竹史に、素早く操が駆けてきて抱っこして連れて行ってしまった。

「お母さんに甘えたい年頃なのね」
「明ちゃんはお母さんもお父さんも大好きみたいですね」

 穏やかに言う松利に、晃は自分の努力が報われたような気分になる。もっともっと良いお父さんになろうと誓う晃と、晃がお母さんだと思い込んでいる松利がすれ違っていることに、霧恵は気付いているが何も言わない。

「今度は、うちらが預かる番かもしれへんな」
「そのときはお願いするわ」

 霧恵と松利は同じ36歳。霧恵が第二子を望むならば、出来るだけ早い方がいいのは間違いなかった。けれど、今は生まれたばかりの明を夫婦で協力して育てることだ。

「体型を戻さなきゃいけないわ。それに、明ちゃんの保育園も探さないとね」
「無理せんといてな。俺も事務所の仕事で稼いでるんやし」
「あたしが、仕事に戻りたいのよ。あたしの我が儘に明ちゃんと晃さんを付き合わせる形になるけど、許してね」

 潤沢に母乳は出るが、保育園に預けるとなるとその間はミルクになるため、明は哺乳瓶にも慣らさなくてはならない。

「我が儘やなんて……霧恵さんの仕事は立派やし、俺もできることはなんでもする」

 帰りの車の中で話し合って、霧恵の仕事復帰の時期を明の4ヶ月頃と決めた。
 それまでは、他のモデルもいるので、晃だけが毎朝事務所に出勤していく。朝ごはんは作って、霧恵のお昼ご飯のお弁当を冷蔵庫に入れて、晩ご飯の準備までには帰る日常。

「霧恵さん、明ちゃん、ユリちゃん、行ってくるからな。晩ご飯までには、早よ帰るからな」
「待ってるわ、気を付けて行ってらっしゃい」

 離れるのが寂しくて、なかなか玄関から出られない晃に、霧恵が頬にキスをくれて、抱っこしている明がちたぱたと手足を動かす。玄関から出られないようにしている柵の向こうでは、ユリが尻尾を振っていた。
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