俺は貴女に抱かれたい

秋月真鳥

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三部 番外編・後日談

都築操の悩み

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 都築操はもうすぐ10歳になるアルファの少女である。操の両親はベータで、小さい頃から賢くて身体能力の高かった操をどう扱っていいか分からずに、はれ物に触るようにして、持て余していた。それが顕著になったのは、操が5歳で弟が生まれてからだった。
 恐らくベータの弟は、操と違って無邪気で可愛かった。親の喋ることの矛盾を指摘したり、秀でた身体能力で親を置いて走っていったりしなかったのだ。はっきりと操は弟と差別されて育てられていることに気付いていた。
 操を持て余した両親が、バース性の検査の結果で操がアルファと分かって、親戚から都築の本家に養子にやるように言われたとき、明らかに安堵しているのを7歳の操は感じ取っていた。あの両親に愛されることはない。
 そう思ってやってきた都築の家で、まだ28歳の若い当主の養子になって、道場では容赦なく鍛えられたが、彼女、玲は自分を母と呼べとも言わなかったし、操のことは「みぃちゃん」と呼んでアルファの賢さも身体能力の高さも、当然のこととして扱ってくれた。
 反抗して玲のことは『師匠』としか呼ばないが、操にとって、都築の本家の方がずっと自分の生まれた家よりも過ごしやすかった。
 そこに一年後にやってきたのが松利で、優しくて年相応の子どもとして扱ってくれる松利に、操は玲よりもよほど『お母さん』を感じていた。その松利が産んだそっくりな竹史とは、もうオメガだと目星をつけて結婚する気でいる。
 優しい松利に性格も似たのか、1歳になった竹史は、素直で玲の遺伝子を継いでいるとは思えないくらい大人しめな子だった。

「みーた、みーた」
「はい、みさおですよ」

 体付きも松利に似たのか、がっしりと大柄に育ちそうな竹史だが、操はアルファ女性であるし、道場で鍛えてもいるので、抱っこをせがまれて落とすようなことはなかった。竹史も操を信頼して、全体重を預けてくる。
 両親のことがなければ、弟もこんな風に可愛がれたのだろうか。もう会うこともない弟のことがよぎるが、竹史の笑顔を見ていると忘れてしまう。
 最初に操がそのことに気付いたのは、竹史が生後半年で、松利の発情期が来てしまって、霧恵の家に預けられたときである。まだ乳児なのだから、母乳の出る松利のおっぱいは大好きで、ミルクを飲んだ後でも吸いたがったり、お風呂では触りたがったりする竹史だが、霧恵に抱っこされてミルクを飲ませてもらっている間中、その豊かな胸をふにふにと触っていたのだ。

「もしかして、竹ちゃんは、おっぱいが、好きですか?」

 なんとなく嫌な予感はしていた。
 記憶にある限り、自分の両親の胸は大きくなかったし、体格も小柄だった気がする。遠縁だが血の繋がりのある玲とは、一時期一緒にお風呂に入っていたが、霧恵や松利のような豊かな胸がないことは分かっている。

「師匠」
「どないしたんや、みぃちゃん、深刻な顔で」
「みさおの胸は、大きくなりますか?」

 真剣な問いかけに、玲は返答に困ったようだった。あのたっぷりとした霧恵のような胸は、玲も持ち合わせていない。形はいいと言われるが、胸が小ぶりなのは否めなかった。鍛え上げているので、胸筋はそこそこあるが、乳房自体が大きいとは言えない。

「みぃちゃんは、アルファやろ? うちもアルファや。うちは、産んでもらえて、生えるんに、自分で産むやなんて考えたこともない。みぃちゃんはどないや?」
「みさおも、赤ちゃんは竹ちゃんに産んでもらいます」
「竹ちゃん限定なんやな……」

 その点に関しては思うところがあるようだが、それは置いといて、玲は話を続けてくれる。

「せやったら、胸の大きさやなんて、関係ない。まぁ、ないよりあった方がええんかもしれへんけど、うちの胸でも、松利さんは好きって言うてくれる」
「松利さんもおっぱいが好きだった!?」
「おっぱいが嫌いな男はおらへんみたいなんや」

 晃も霧恵の胸が好きなようだった。
 生まれた赤ん坊の明を見せに晃と霧恵が来てくれて、母乳を上げてオムツを替えるために別室を借りている間に話していた二人。その前に立派な胸の霧恵と、ベビーバスケットに眠る明を連れた晃が部屋から出てくる。
 玲と操の視線は、自然と霧恵のゆさゆさと揺れる見事な胸に集中していた。

「大きいわぁ」
「あれは、竹ちゃんも触りたくなりますね」

 眠ってしまった明を抱っこしたかったと松利が残念がっている間に、アルファ師弟の視線は霧恵の胸から離れなかった。視線を感じたのか、霧恵がウインクする。

「どうしたの、触りたい? ごめんねぇ、晃さんと明ちゃんのだから」

 触りたいわけではないが、あれだけ大きな胸を持っていたら竹史は喜ぶのではないかと考えてしまう操と、何事か考えつつ霧恵の胸を凝視する玲の前に、ぷるぷると震えながら晃が立ち塞がって、半泣きで霧恵に抱き付く。

「俺のやー! これだけは、玲ちゃんにも渡されへん!」
「あほかいな、誰も欲しい言うてないわ。うちが欲しいのは、松利さんのだけや」

 はっきりと玲が口にすると、松利が耳まで真っ赤になっていた。
 実は、保育園に迎えに行ったときに、操は聞いたことがある。
 竹史は年上の女の子にもてるらしい。「たけちゃん、かーいー」と3歳の子からキスをされそうになって、「めー! やぁー!」と泣いて逃げたと微笑ましそうに語られたが、操には少しも微笑ましくないエピソードだった。
 番である玲と松利、晃と霧恵は気付いてもいないようだが、竹史はこの年で既に僅かに甘い香りがする。体質によっては、フェロモンが常に出ていたり、小さい頃は制御できなかったりするオメガもいるという。

「竹ちゃんは、将来操と結婚するのですよ」
「あいっ!」

 霧恵と晃と明が帰ってから、子ども部屋で遊んでいた竹史に、操は真剣に語り掛ける。良い子のお返事で、モミジのお手手を上げて、竹史がにこにこと笑っている。
 玲に引き取られて鍛えられている間も、信頼はしていたし、玲が絶対に操を見捨てないことは感じ取っていた。長男の竹史が生まれても、都築の家の当主も師範代も、操に譲ると玲は宣言している。恐らく竹史はオメガだが、次の子どもがアルファであっても、一度宣言したことを玲は覆したりしないだろう。
 それでも、操には確証が欲しかった。
 自分を大事にしてくれて年相応に扱ってくれる松利のような、大らかで優しい番が欲しい。

「竹ちゃんを、操のものにしても良いですか?」
「みーた!」

 抱っこしてくれるのかと操にしっかりと抱き付いてきた竹史のうなじに、血がにじまない程度、柔らかな幼い肌を食い破らない程度に、歯を立てる。

「みぃちゃん!?」

 子ども部屋に様子を見に来た玲が、それを目撃してしまって、悲鳴を上げた。首の後ろを噛まれた竹史は、痛さよりも驚きで動けなくなっている。

「竹ちゃん、大好きです。みさおは、ずっと竹ちゃんと一緒にいたいのです」
「みぃちゃん……」

 これが本当の番になるための行為とは違うと分かっていた。それでも、他のアルファに対する牽制にはなる。

「ほんの少しだけだけど、竹ちゃんは良い匂いがするのです。他のアルファに目を付けられたら大変なのです」
「分かったから、落ち着き、みぃちゃん。竹ちゃんは、あんさんのことが大好きやで。みぃちゃんが好きやから、保育園で他の子にキスされようとしても、『みーた』て叫んで逃げてたって言われたで」
「……みさおは、竹ちゃんを」
「せやな、ちゃんと大きくなったら、竹ちゃんの気持ちを聞いて、結婚もゆるしたるさかい、そんなん焦らんといて」

 抱き締められて、操は自分が焦っていたことに気付く。
 玲と松利を信じていたはずなのに、両親の記憶が蘇って第二子が生まれたら、居場所がなくなってしまうという弟で経験したことが過ぎってしまう操は、やはりまだ10歳前の少女だった。

「みーた、あむ」
「噛まれたの? それはね、操ちゃんが、竹ちゃんを食べちゃいたいくらい好きってことだよ」
「すち?」
「そうだよ」

 首の噛み痕を見せに松利のところに行った竹史を、松利が抱き上げる。

「あむされてびっくりしたね。操ちゃん、竹ちゃんにごめんなさいして? 急に噛んだら駄目だよ」

 年相応の子どもとして、謝るように促されて、操は意味が分からないまま噛まれた竹史は驚いただろうと反省して、竹史を受け取って抱っこして、素直に謝った。

「ごめんなさい、竹ちゃん。大きくなったら、番になりましょうね。そのときに、もう一度噛ませてください」
「えーよ」

 良い子のお返事をする竹史を、操はしっかりと抱き締めた。
 その夜に、竹史と操と松利でお風呂に入っているときに、操は松利に初めて自分のことを話した。

「みさおは宿題は学校で休み時間に終わらせます。それをアルファだから狡いという同級生がいます。うちの両親も、みさおがアルファだから、ご飯はもらえるけど褒めたり叱ったりしませんでした」

 5歳のときに弟が生まれたから、家のことが手伝えるようにと6歳から入った小学校で、宿題も終わらせて帰ってきた操に、両親が言ったのは、「弟には近付いてはいけない」ということだった。

「みさおは、アルファで賢くて力も強いから、赤ちゃんの弟に危害を加えると思われていたのです」
「そんな……操ちゃん、竹ちゃんをこんなに可愛がってくれて、竹ちゃんも操ちゃんが大好きなのに」
「松利さんは、そんなこと言わないで、大事な竹ちゃんをみさおに抱っこさせてくれます。みさおが竹ちゃんを噛んだら、ダメだよって叱ってくれるし、お手伝いをしたら褒めてくれます……みさおは、松利さんが大好きです」

 玲とよく似た眼差しで松利を見つめると、湯船の中で抱き締められる。その間に竹史が挟まれて、「きゅう」と嬉しそうに笑っていた。

「俺も、操ちゃんが大好きだよ」
「竹ちゃんと結婚したら親子になるし、時々、松利さんのこと、『お母さん』って呼んでも良いですか?」

 その問いかけに、松利が返答に困る。「ごめんね」と言われて、俯いた操に、「ごちーん!」と嬉しそうに竹史が額をぶつけてきた。

「操ちゃんのことは、玲さんと籍を入れたときから、玲さんの養子だったから、自分の娘だと思ってたんだ。そうじゃないと、お風呂に一緒に入ったりしないよね。でも、そう俺が思ってても、口で言わなきゃ伝わらなかったね。ごめんなさい。操ちゃんは、いつでも俺を『お母さん』って呼んで良かったんだよ」

 拒否ではなく優しく受け止める回答に、操が顔を上げる。その目が潤んでいるのに、竹史が小さな手で「みーた、いちゃい?」と撫で撫でしてくれる。

「お、お母さん……」
「操ちゃん。竹ちゃんはきっと大きくなっても操ちゃんが好きだし、俺が玲さんにお嫁さんにしてもらって嬉しいように、操ちゃんなら俺も安心だけど……竹ちゃんと結婚しなくても、俺は操ちゃんの『お母さん』には変わりないからね」
「はい、お母さん」

 お風呂の中で嬉しくて安心して泣いてしまった操を、竹史がずっと撫でて慰めてくれた。
 その後で玲からひそかに「胸の大きさは関係あらへん。大事なのは相手の胸をどう可愛がるかや」と伝授されて、松利が「玲さん、操ちゃんはまだ9歳ですよ!」とツッコミを入れるのを、操は竹史が松利のように立派なおっぱいに育てばどう可愛がるかを考えつつ聞いていた。
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