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Ⅰ‐ⅳ.僕とあなたの高まり
53.期待と不安
しおりを挟む嘆いたり、悩んだりしていたら、あっという間に夜が来てしまった……。
孤児院のことを考えてる時間だけが、落ち着いていられた気がする。
「本当に、夜のお支度はお手伝いしなくてもよろしいのですか?」
「よろしいです。まだ必要ありません」
イリスに聞かれて、なぜか片言気味の敬語で返してしまう。こういう話題に慣れてないからか、どんな感じで振る舞えばいいのかわからない。
……こう考えるのも、イリスからすれば「いとけなくて可愛らしい」ということになるのかな。
微笑ましげに目を細めているイリスを横目で捉え、少しだけ頬を膨らませる。絶対にそう思っている顔をしてた。
できれば大人っぽい感じになりたいんだけどな。
その方が、ジル様に見合う気がするもん。
「お夕食は一緒にとられるそうですよ」
「そうなんだ。良かった……」
避けられているというわけではなかったらしい。イリスに言われても信じきれてなかったけど、ようやく安心できた。
「公金を財源としている団体の一斉調査が始まったそうなので、その影響で殿下もお忙しいのでしょうね」
「それは……孤児院のことがあったから?」
「十中八九そうだと思います。殿下のお声がかりで、急いで情報が集められているようなので」
ジル様も、思うところがあったんだろうな。
小さなことは気にしない、という高貴な人特有のおおらかさや鷹揚さは美徳だけど、そこに付け込もうとする人がいることは、見過ごしていいことじゃない。
僕と同じく、問題意識を持ってくれているなら良かった。……それに付き合わされている方々は大変かもしれないけど。
「じゃあ、随分とお疲れなのかな? なにかリラックスできそうな物を用意できると良いんだけど……」
困った。ジル様に相応しい物がなにも思いつかない。
家族だったら、『肩をもんであげよう』とか『領民たちの楽しい話題を出してみよう』とかでいいんだ。でも、ジル様にそれは、ねぇ……?
「フラン様が隣に寄り添っていらっしゃるだけで、殿下のお疲れは吹っ飛んでいかれるのでは?」
「すごく真剣な顔で言うね? それだけじゃダメでしょ」
真面目な顔で宣うイリスに、僕も真剣に言葉を返す。
僕にそれほどの価値があるなんて思えない——なんて言ったら、ジル様に滔々と諭されそうだな。あれ? 本当に、僕が傍にいるだけでいいってこと、ある?
「——いや、それはやっぱりダメ。もっとちゃんと、ジル様をいたわってさしあげたいし」
僕の番なんだから、という言葉は、気恥ずかしさと共に口内で消えた。
昨夜からずっと、消しても消しても独占欲が湧いてくる気がする。どうしちゃったんだろう。
そんな状態に困っているのに、なんだか悪い気がしないのも、不思議な感じだ。
これが恋心の影響というものなのかな。そうだとしたら、想像していた甘酸っぱさとは違う。でも、それさえも楽しい。
「……マッサージをしてみようかな」
僕がジル様にできることといったらそれくらいだ。家族には褒められてたんだけど、ジル様は気に入ってくれるだろうか。
「夜の?」
「……イリス、若い女性が、そういう下世話なことを言わない!」
一瞬なんのことかと思ったけど、にこにこと笑っているイリスの顔で察した。破廉恥なのはよくないよ。
「失礼いたしました。でも、フラン様がご存知のようでよろしゅうございました」
「……閨事の知識を探られてたの?」
「もしご存知でないようでしたら、お教えするよう命も出ておりましたので」
涼しい顔で言われた。
確かに、ジル様との関係を考えたら、侍従・侍女の立場の人は把握しておかないといけないんだろうけど。だからって、年若い少女に任せなくてもいいんじゃないかな……。
「僕はオメガだし、きちんと学んでるよ」
いつそういう関係になる相手が現れるかわからなかったのだ。発情期が始まった頃から、危険性等も含めて学んでる。
領内にオメガはいなかったし、教師を迎える余裕もなかったから、教本を読んだ程度だけどね。
「それは殿下もお喜びになることでしょう。おそらく、フラン様が動くまでもなく、殿下がお導きになってくださるでしょうが」
……そういうの、なんて言うんだっけ。まな板の上の鯉?
自分が横になっている光景を想像して、なんとも言えない気分になる。ありがたいのかもしれないけど、居たたまれなくもあるよ。
発情期の時だったら、そんなことを考える余裕もないんだろうな。
でも、僕は抑制薬なしで本格的な発情期を迎えたことはないし、想像しかできない。僕はいったいどんな感じになるんだろう?
「……楽しみなような、ちょっと怖いような」
ジル様と過ごす発情期を考えると、胸がざわつく。
きっとその日は遠からずやってくるんだろうな。
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