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Ⅰ‐ⅳ.僕とあなたの高まり
54.戯れ合う
しおりを挟むジル様と一緒に、いつもと変わらない夕食——を装っていたけど、心臓はバクバクしてた。
これまでの僕、ジル様の前でどんな感じに振る舞ってたかな? 自分で自分がよくわからない。
そんな状態は夕食が済んでも続いて、さすがにジル様が苦笑してる感じがする。
「……随分と緊張しているようだな?」
「そ、そうですか……?」
そっと頬を撫でられて、柔らかな眼差しでみつめられた。
ジル様から溢れる甘い香りにうっとりする。そんな僕の陶然とした顔が青い瞳に映っていることに気づいて、無意識の内に距離を詰めていたことにハッとした。
なんだか恥ずかしくなって、そっと視線を逸らす。
またたびをかいだ猫みたいに、ジル様に惹き寄せられていた。そして、離れたいとも思えなくて、咎められないのをいいことに、傍近くに居座ってしまう。
「ふっ……恥じらいがあって可愛らしいが、そんな顔ばかりされたら、抑えることができなくなるぞ?」
揶揄を含んだ声と共に、少し冷たい指先が耳たぶを弄った。身体がビクッと震える。
瞬間的に走った刺激はどこか甘くて、焦れったい。その感覚に慣れなくて、どのように対処すべきかもわからない。
「……昨夜はすぐに立ち去ってしまわれたのに、今夜はそのようなことをおっしゃるのですね?」
咄嗟に拗ねた声でそう言ってしまったのは、昨夜のジル様の振る舞いを少しだけ不満に思っていたからかもしれない。
僕は今日一日、ずっとジル様に振り回されていたのに、余裕がある感じを見せつけられると悔しくなる。
「あぁ、それは……すまなかった。昨夜は突然のことに、それこそ抑えがきかなくなりそうだったんだ」
イリスの分析は正しかった。それがわかっただけでも、なんだか心が軽くなった感じがする。
ジル様の顔を窺う。
いつものように真摯な表情だ。でも、その瞳に滲む愛情はこれまでより深みを増し、熱を上げているように見える。
……なんだか、愛されている実感が湧いた。
僅かに生まれた余裕が、僕の背中を押してくれているように感じられる。
「食事に誘っても、お断りになられたことは?」
ぽろりとこぼれた言葉は、なんだか甘ったるい響きに聞こえた。
実際、僕はジル様に甘えてるんだろう。ジル様には事情があったんだって、僕は知ってるんだから。
それでも、甘やかしてくれる人に甘えたい気持ちが勝って、言葉を取り消すことなくジル様をみつめ続ける。
「それもすまなかった。今日は確認する書類が多くて、休憩の時間が取れない状態だったんだ」
予想に違わず、ジル様は僕を甘やかしてくれる。ジル様に悪いところなんて一つもないのに。
その優しさに頬が緩む。拗ねた気分なんて、あっという間に消えてしまった。
「お忙しかったんですね。お疲れではないですか?」
「ああ、これくらいは問題ない」
ジル様は「心配してくれるのか」と一層甘い眼差しで嬉しそうに呟いた。
そんな様子を見て、ちょっとだけ悪戯心が湧く。
「そうですか。お疲れなのでしたら、マッサージはいかがでしょうか、と聞くつもりだったんですけど」
僕がにこり、と意味深に笑ったら、ジル様は驚いた後に、瞳をギラッと光らせた。そんな強い欲を感じるような眼差しも、一瞬で隠される。……自制心が強いなぁ。
「……誰にそそのかされた?」
「え、肩を揉むのは、ダメなのですか?」
咎めるように言われて、しらっととぼける。
ジル様は虚を突かれたような顔をしてから、小さく息を吐いた。ちょっとだけ悔しそうだ。
「そういう意味か」
「他にどのような意味があるのですか?」
余裕を突き崩せた気がして、調子に乗ってしまった。
僕が小さく首を傾げて微笑んで見せると、ジル様は片眉を上げて目を眇める。
なんだか、いけない雰囲気が——?
「フラン」
ふわり、と今までより強い香りが押し寄せてきた。それに気を取られたすぐ後に、ジル様の顔が間近にあることを理解する。
吐息が耳たぶに触れた。
「——閨事での睦みあいを示唆する意味もある。知らないならば、覚えておきなさい。……アルファを煽るとひどいことになるぞ」
低く魅力的な声に囁かれる。耳たぶが濡れた感触がした。直接注ぎ込まれるように言われた言葉の半分も理解できない。それくらい、頭の中はジル様のことでいっぱいになっていた。
「んっ……」
身体から力が抜けた。くたり、とジル様の方へと倒れ込んでしまう。
さらに強い香りと一緒にジル様の体温まで明確に感じ取って、意識が溶けていくような気分になった。
「これくらいのことで、こんなに蕩けて……フランはこの先に耐えられるのか?」
微かに笑みを含んだ声で揶揄われても、否定できない。だって、些細な接触で、うっとりとしてしまっているのは事実だから。
恋を自覚したら、こんなに変わるんだ。……もともと、ジル様に触れられると落ち着かない気がしていたけど、ここまで身も心も預けようという気持ちになったのは初めてだ。
「……ジル様の、せいです。ジル様が、魅力的で、カッコいいアルファだから」
「そうか。それなら、フランはそのままでいてくれ。ずっとフランに好かれる俺でいよう」
「ジル様がジル様であるという時点で、僕は好きなんです。好かれようなんて、考える必要はないですよ」
心からの言葉だった。
ジル様は息をのんで固まったかと思えば、ぎゅっと痛いほどの力で抱きしめてくる。その力加減が愛情を示しているように感じられて、なんだか嬉しい。
「……そうか。フランは殺し文句が上手いな」
「ジル様は存在そのものが殺し文句みたいなものですよね」
「それはどういう意味だ」
冗談のように本心を告げたら、ちょっと拗ねた感じで頭を小突かれた。その仕草さえ優しくて、ふふっと微笑む。
するとジル様も笑ってくれるから、さらに幸せな気分になった。
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