上 下
52 / 113
Ⅰ‐ⅳ.僕とあなたの高まり

52.欲と理性の勝者は——ジルヴァント視点

しおりを挟む

 ため息をついて、逸れていた思考を止める。今考えるべきなのは、フランのことだ。

「その勘違いしている者たちは、どこでフランに接したんだ。匂いがわかるくらいなのだから、近づいているのだろう?」

 現在、フランには不特定多数の者が近づかないよう、接近禁止令を出している。……フランには言ってないが。

 これも独占欲ゆえだと、気づかれたとしてもフランは受け入れてくれるだろうし、悪いことをしているとは思っていない。

 マイルスに「フラン様が束縛感をお感じになるかもしれませんので、気づかれるまで黙っていましょう」と言われたから隠しているだけだ。

「散策中のフラン様に密かに近づいている者がいるようです。護衛の騎士に咎められない程度には離れていますが……オメガは鼻が利きますからね」

 マイルスが肩をすくめる。そのように軽い感じで受け流していい話ではないだろうに。

「俺の命令に背いている者がいる、と?」
「一応、仕事をしていた結果、という体を装っているようですから、罰を与えると反感を招く可能性があります」
「……罰してしまえ」

 真面目に仕事をしていない者から、どのような反感があろうと気にしない。どうせ貴族の子息子女だろうが、親元からクレームが来たところで就業態度を教えてやるだけだ。

 そう思って吐き捨てたが、マイルスから返ってきた言葉に固まることになった。

「フラン様のお立場が悪くなる可能性がありますが?」
「……なぜだ」
「どの方も、殿下にとっては取るに足りない立場の者たちであろうと、現在のフラン様にとっては配慮しなければならない相手だからです」

 マイルスの目は真摯な光を浮かべていた。それに気づいて、咄嗟に放ちそうになった言葉を飲み込む。

「……だから、早く閨事に持ち込め、か」

 話の発端になったマイルスの言葉を思い出し、ため息をつく。
 つまりは、フランの立場をより強化してやった方がいい、というマイルスなりの提言だったのだろう。

 公的な番契約を結ぶというのが、最もフランにとって良いことなのは間違いない。だが、それには聖教会やボワージア子爵家、王家が関わってくるため、一朝一夕でできることではないのだ。

 それでも、数日後には結べるよう手筈を整えているのだから、マイルスが言うような方法で、関係を進めるのを急ぐ必要性はないように思える。

「王侯貴族は、一般的に多くの番や妻を持ちます——」

 俺の疑問を察してか、マイルスが淡々と説明を始めた。

「それは、経済的に余裕がある者の義務と見做す方も一定数おられますが。なにはともあれ、殿下がいくら番は一人と心に定め、宣言していようとも、どうにかすれば番や妻になれるのではないかと考える者は、いなくならないでしょう」

 目を伏せる。言われてみれば、その通りだった。
 俺はフランが唯一の番だという思いを変えるつもりはないから思い至らなかったが、元々番になりたいと望んでいた者たちにとっては、簡単には受け入れられない宣言なのだろう。

「つまり、正式に番契約を結んでも、フランの立場はさほど変わらない、ということか?」

 思わず声に不機嫌さが滲んでしまった。
 そうまでして執着してくる相手を、俺がどうすればいいと言うのか。

 悩む俺に、マイルスは苦笑して肩をすくめる。

「公的に保証されるので、私どもが守りやすくなるのは間違いありません。だからといって、勘違いする者たちの意識が変わるとは思えない、という話です」
「……閨事をすれば変わるというのか? あまり効果はない気がするが」

 進んで勘違いしてくる者たちが、そう簡単に意識を変えられるものか。

「少なくとも、オメガの意識は変わるでしょう。彼らは匂いに敏感だと申し上げましたでしょう? 濃密にアルファの香りを纏った、愛されているオメガの雰囲気を感じ取ると、その番のアルファに接触するのを本能的に避けるようになるそうですよ。一種の生存本能でしょうね」
「ほう?」

 マイルス曰く、番うとアルファに依存することになるオメガは、愛されない=死の危険性があると、本能が判断するらしい。

「——知らなかったな」
「でしょうね。私も知り合いのオメガに話を聞いて、初めて知りましたから」
「待て。お前、オメガとそんな話をするほど親しい間柄なのか……?」

 穏やかに微笑んでいるマイルスをじっと観察する。
 マイルスはベータで、番契約はできない。だが、女性のオメガとなら、結婚して子を持つことも可能だ。……これまで浮いた話がなかったが——。

「誤解なさらず。ただの友人です。男性ですし」
「……そうか」

 別に、マイルスが誰と付き合おうと、友人だろうと構わないのだが、なんとなく気になった。

「——まぁ、いい。話はわかった。フランのことを考えて、閨事に関しては前向きに検討しよう」
「殿下も、心の中では望んでいらっしゃることですのに、随分と遠回しなご返答ですね」

 にこりと笑って放たれた言葉は、正直まったく否定できなかったので、無言を貫いた。

 ……昨夜のフランからの誘惑を振り切れた己は、賞賛されてもいいと思う。欲よりも、フランを大切にしたいという思いが勝ったのだ。

 だが、今夜はどうするべきか。
 俺の感情としては、すぐさま褥に連れ込んでしまいたいところだが、フランの思いがどこまで固まっているかがわからない。

 その点については、きちんと話し合うべきだろうな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

悪役が英雄を育てるカオスな世界に転生しました(仮)

塩猫
BL
三十路バツイチ子持ちのおっさんが乙女ソーシャルゲームの世界に転生しました。 魔法使いは化け物として嫌われる世界で怪物の母、性悪妹を持つ悪役魔法使いに生まれかわった。 そしてゲーム一番人気の未来の帝国の国王兼王立騎士団長のカイン(6)に出会い、育てる事に… 敵対関係にある魔法使いと人間が共存出来るように二人でゲームの未来を変えていきます! 「俺が貴方を助けます、貴方のためなら俺はなんでもします」 「…いや俺、君の敵……じゃなくて君には可愛いゲームの主人公ちゃんが…あれ?」 なにか、育て方を間違っただろうか。 国王兼王立騎士団長(選ばれし英雄)(20)×6年間育てたプチ育ての親の悪役魔法使い(26)

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

僕はただの妖精だから執着しないで

ふわりんしず。
BL
BLゲームの世界に迷い込んだ桜 役割は…ストーリーにもあまり出てこないただの妖精。主人公、攻略対象者の恋をこっそり応援するはずが…気付いたら皆に執着されてました。 お願いそっとしてて下さい。 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎ 多分短編予定

処理中です...