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Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり

23.相応しくありたい

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 城の中の貴賓室と思われる豪奢な部屋。
 ベランダに続くガラス扉は大きく開け放たれ、風に乗ってほのかに花の香りが漂ってくる気がする。
 見える景色は青い空と色とりどりの花々。計算された美しさだ。

 そんな素晴らしい景観と共に楽しむのは、旅途中で食べるものとは思えないほど豪勢な食事だった。
 まず、料理が一品ずつ出される時点で、僕の常識を超えている。

「美味しい……」

 前菜の料理名は、長くて意味がわからなくて、教えられてもすぐに忘れてしまった。
 新鮮なお魚と野菜に酸味のあるソースを掛けた感じの料理。複雑な味わいだけど、それを表現する語彙がないのが悔しい。ただ、美味しいのは間違いない。

「喜んでくれたなら良かった。魚は近くの川でとれるもので、この辺りの名産なんだ」
「そうなんですね。ぷりっとしてて、歯ごたえがあって、ソースと合わせると爽やかで……美味しいです!」

 なんとか伝えようとしたけど、言えば言うほど幼稚な気がして途中で諦めた。
 でも、僕が楽しんでいることは伝わったようで、ジル様は満足そう。白ワインを飲みつつ食事を進める姿は優雅で美しい。

 それに比べて、僕のカトラリーの扱い方は、少し雑だ。恥ずかしいけど、今すぐどうこうできるものではない。
 なるべくジル様の仕草を真似てみようと思うけど、生まれ育った環境の影響ってすごいんだなと改めて実感してしまう。

「気楽にお食事を楽しんでいただいて構いませんよ」

 マイルスさんが小声で言ってくれた。ぎこちない仕草なことがバレていたみたい。
 その顔を窺いながら、僕も小声で囁く。

「マナー違反にはなりませんか?」
「ここには殿下とフラン様しかおられませんのでお気になさらず。殿下は小さなことを気にする方ではございませんし」

 僕とジル様しかいないなんて嘘だ。
 食事を給仕してくれる人も、壁際で控えているメイドもいる。その人たちに、ジル様の番予定者はマナーがなってないと思われたら、ちょっと悲しい。

「——メイドたちを下げますか?」
「いえっ、そこまでしていただくことでは!」

 僕の少し沈んだ思いにすぐさま気づいたのか、マイルスさんが提案してくれた。でも、咄嗟に断る。それはわがままな振る舞いだと思ったから。
 給仕してくれている人たちだって、段取りがあるだろうし、それを乱すのは良くない。

「ですが……」

 躊躇いがちに返事をするマイルスさんの顔を見上げ、にこりと微笑む。

「でも、マナーは気になるので、これから少しずつ教えてもらってもいいですか?」

 言葉を遮るようにお願いしてしまったけど、マイルスさんは気を悪くしなかったようだ。
 むしろ、僕を気遣うように微笑みを返してくれる。

「わかりました。フラン様がお食事を満喫できますよう、私もご助力いたします」
「ありがとうございます」

 受け入れてもらえてホッとする。
 マナーを学ぶのは急務だって思ってたんだよね。マイルスさんっていう教師役を捕まえられたのは、本当にありがたい。

 ただ旅の間は馬車でたくさん教えてもらえるかもしれないけど、セレネー領に着いたらそういうわけにもいかないだろう。マイルスさんにもお仕事があるだろうし。

 そうなると、早めにマナーを教えてくれる教師の手配を頼んでいた方がいいかもしれない。
 ジル様がどれくらい社交界と関わっていくかわからないけど、僕はジル様の横立つのに相応しい振る舞いを身に着けておくべきだろう。

 後で頼んでみよう、と思いながら食事に意識を戻したら、ジル様からジトッとした視線が注がれていることに気づいた。

「……随分と仲が良さそうだな」
「え、あ……すみません」

 密かに話したいと思うあまりに、マイルスさんに近すぎたらしい。マイルスさんが近づいてくれた、という方が正しいけど、それも僕の意思を汲んでくれたからだろう。

 注意されて気づいて、咄嗟に謝る。
 マイルスさんがスッと離れていく気配を感じた。

「嫉妬深い男は嫌われますよ」
「運命の番と正式な番契約を交わせていないアルファとしては、極めて冷静な振る舞いをしているつもりだが」
「確かに、殿下は意外と我慢強かったのだと、感心しましたね」

 ジル様が微笑むマイルスさんを睨む。とはいえ、そこに険悪な雰囲気はない。親しい関係だからこその、遠慮のない会話だ。

「……お二人こそ、仲が良いです」

 つい拗ねたように呟いてしまったのは、仲間外れされているような気分になったから。

「やめてくれ。ただの腐れ縁だ」
「乳兄弟で、ほぼ生まれた時から一緒ですし。褒め言葉と受け取っておきますが、羨む必要性はまったくありませんよ」

 即座に返ってきたジル様の嫌そうな表情と、しれっとした顔で肩をすくめるマイルスさんの本心としか思えない言葉に、すぐさま嫉妬心は霧散した。

 だいたい、出会ってまだ一日も経ってないんだから、兄弟同然に育ってきた人と同じようになれるはずがないんだよね。
 これから仲良くなっていければ、それでいい。

「……ジル様、僕とも仲良くしてくださいね」

 甘えるように呟いたら、少し目を見開いたジル様が「……もちろん」と蕩けるような笑みを浮かべて頷いてくれた。

 ——ジル様のこんな笑みを向けられる相手が、僕だけだったら嬉しいな。

 頬の熱さを感じながら、僕もにこりと微笑み返した。

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