異能力と妖と短編集

彩茸

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避暑

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―――夏真っ盛りのある日、狗神いぬがみ霧ヶ山きりがやまのお堂に居た。

「・・・どいてくだせえ」

 床に転がる狗神に、洗濯物の入った籠を抱えた落魅らくみが言う。

「避けて通れば良いじゃろうが」

 ゴロゴロと転がりながら狗神が言うと、それを見ていた天狗てんぐは言った。

「涼みに来たついでにお主も手伝え、狗神」

 嫌そうな顔をした狗神に、ほれと言って天狗は落魅の持っている籠を指さす。
 渋々起き上がった狗神の横を通り抜け、落魅は定位置に座る。その隣に狗神が
 座り、そのまま静かに洗濯物を畳み始めた。
 そんな狗神の様子に落魅は若干驚きつつ、自身も洗濯物を畳み始める。

「ありがとうございます、狗神さん」

 そう言いながら、人数分の冷たいお茶を持った天春あまはるが台所から出てくる。
 その後ろから出てきたのっぺらぼうは天狗を見ると、台所を指さしながら言った。

「削ったゾ。あの後はどうするんダ」

 地図に何かを書き込んでいた天狗はのっぺらぼうと天春にお礼を言うと、筆を
 置いて立ち上がる。

「ちょっと待っておれ」

 そう言って台所へ向かった天狗に、のっぺらぼうは首を傾げる。
 ガタガタという音がした後、のっぺらぼうを呼ぶ天狗の声がした。



―――少しして洗濯物を畳み終わった落魅は、隣から地面を掃くような音が聞こえて
くることに気付く。何の音だと隣を見ると、狗神の尻尾が嬉しそうに揺れていた。

「もうちょっと待っててくださいね」

 狗神の尻尾に気付いたのは落魅だけではなかったようで、天春が苦笑いを浮かべ
 ながら狗神に言う。
 狗神はお茶を飲みながら、少しワクワクしたような表情で頷いた。

「できたぞ」

「一人一皿ナ」

 そう言いながら、天狗とのっぺらぼうが台所から出てくる。二人の持っている器
 には、鮮やかな赤いシロップをかけたかき氷が盛られていた。

「おお!」

 狗神が嬉しそうに声を上げる。

「上にかかってるの何?」

 天春が器を受け取りながら聞く。天狗はニコニコと笑い、スプーンを差し出し
 ながら言った。

天檎てんごの実で作ったシロップじゃよ」

 天狗の言葉に天春は目を輝かせる。
 器が全員に行き渡り、いただきますと彼らはスプーンを口に運んだ。

「はー、生き返る・・・」

 狗神がそう言って耳をぴょこぴょこと動かす。

「良いですねい、このシロップ」

 落魅がそう言って天狗を見る。

「じゃろう?」

 天狗は嬉しそうな顔で笑うと、隣で頭を押さえている天春をちらりと見た。

「う~、キーンってきた・・・」

 天春はそう言いながらもスプーンを口に運ぶ。

「急いで食べるからダ」

 のっぺらぼうが呆れたように言う。

「やっぱり天狗の所で食べるかき氷は美味いの」

 いつの間にか完食していた狗神がそう言うと、天狗は首を傾げて言った。

「かき氷なぞ、どこも同じじゃろう」

「いや、意外と違うもんじゃぞ?ここの方が家で作るよりもフワフワしとるし・・・
 それに何より、ワシは暑くない所で食べたい」

「・・・そうか」

 狗神の言葉に天狗はそう言って、スプーンを口に運ぶ。
 ・・・セミの鳴き声が響く霧ヶ山。コップに入った氷が、カラリと音を立てた。
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