異能力と妖と短編集

彩茸

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診断メーカー短編

『優しき花』

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【晴樹さんには『今こんなに幸せだから』に始まり、
 『勝手に心に住み着いた、本当に迷惑な人だ』に終わる物語はいかがでしょう?】



―――今こんなに幸せだから、今更言っても仕方がないのだが。僕はかつて、彼女の
ことが嫌いだった。
両親が死んで、たまたま出会った妖に拾われて。人間の闇を知って、無関心が嫌いに
変わって。
再会した兄に、救われて。新しい環境を与えられて、知っているようで知らなかった
世界に足を踏み入れて。
・・・自分の気持ちが自分で分からないのに、出会った君は僕の気持ちが分かって
いるかのように接してくる。

 『友達になろう』

 しつこく、本当にしつこく言われた言葉。何で人間なんかとって、拒絶してた。
 少しして、これも自分のなのだと気付いた。
 拒絶しても、君はずっと話し掛けてくる。一緒に居ようとしてくる。
 ルームメイトのあの人ならともかく、君はただのクラスメートだろう。何で、
 意味が分からないなんて思ってた。

 『晴樹はるきくん!』

 君は、嬉しそうに僕の名前を呼ぶ。気付かないうちに、心の何処かで僕は君を
 受け入れ始めていた。
 あっという間に時は経ち、実践授業が始まった。やっぱり君は、僕の傍に居た。

 『私も手伝うよ』

 兄が妖の毒にやられて、僕が動揺していた時。君はそう言って、薬草探しを
 手伝ってくれようとした。あの時は断ってしまったけど、本当は君の言葉が
 嬉しかったんだ。
 兄が元気になって、君も嬉しそうな顔をしていた。関係ないだろなんて思った
 けど、君が僕の顔を見て嬉しそうに笑っていることに気付いて、少し恥ずかし
 かった。

 『追い付きたいの』

 僕が兄に追い付こうとしているその後ろから、君は必死に僕を追いかけてきて
 いた。傍に居ようとした。その姿が、何だか眩しくて。僕の心が君の光で照ら
 されていくような気がした。
 進級試験で、つい拳を突き出してしまった。やったねって言うのが恥ずかしくて。
 君はすぐに僕の考えに気付いて、拳を突き合わせてくれた。

 『ありがとう!』

 君から何度目か分からない友達の誘いを受けた時、僕が了承したら君はそう言って
 笑ってた。
 ・・・ありがとうは、こちらの台詞だ。君と居ると何だか心が温かくなる。
 兄と居るときとは違う、別の温かさ。
 君と居るのは、嫌じゃなかった。僕の中で、君の存在が少しずつ大きくなって
 いった。

 『大丈夫だった?』

 兄の持っている妖刀を作った妖が学校に来た次の日、君はそう言って心配そうな
 顔をした。大丈夫って答えたら、嬉しそうだねって言われた。
 ・・・復讐を、終えた。少しの間とはいえ完全に壊れてしまった兄が怖くて、
 心配で。傍に居なきゃ、支えなきゃって思ってた。
 気付けば心の枷が外されて、感情が昔のようにちゃんと分かるようになって。
 その頃に、気付き始めていた。僕が君に抱く感情が、ただの友達にしては大きい
 ものだと。

 『楽しみにしてるね!』

 早めに始まった実習に、君も呼んでみた。君の笑顔を見ていると、何だかこちら
 まで嬉しくなってくる。
 実習先の人にからかわれた時、君は顔を真っ赤にしていた。ムッとして否定して
 しまったけど、そろそろ自分の気持ちに気付いても良い頃だろうと今になっては
 思う。
 自分が知らなかった感情。忘れていた感情の一つかな?なんてその時は深く考えて
 いなかった。

 『雰囲気変わった?』

 兄が、全部全部元に戻って。自分の知っている兄に、安心していた。
 君は僕の顔を見て、嬉しそうに笑う。この時ばかりは、僕も笑顔でそうかもと
 頷いた。
 このとき、やっと自覚した。僕はどうやら君のことが好きらしい。

 『私、私ね・・・晴樹くんのことが好きなの!』

 ああ、先に言われてしまった。卒業試験の日、妖を討伐した後に君から言われた
 言葉。あの時僕はどんな顔をしていたっけ。
 君と手を繋いで帰った。兄にバレるのは恥ずかしくて、隠してしまったけど。
 僕の中で君は、かけがえのない存在になっていた。君が居ないことを考えられ
 なくなるくらい、君は僕の傍に居た。




―――今でも君は、僕の傍に居る。

「晴樹くん?私の顔に何かついてる?」

 そう言って、君は首を傾げる。

「・・・ううん、やっぱり好きだなって」

「私も好き!」

 僕の言葉に君は嬉しそうに笑う。繋いだ手が、温かい。
 最初は、しつこい迷惑な人だと思っていた。でも、今は。
 ・・・いや、今もそうか。
 君は勝手に心に住み着いた、本当に迷惑な人だ。
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