異能力と妖と短編集

彩茸

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診断メーカー短編

『過去』

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【雨谷のお話は「幸せになってください」という台詞で始まり
 「そんな思い出が今でも心臓を刺すのだ」で終わります。】



―――幸せになってください。あの日、君にそう言われた。

「カハッ・・・」

 心臓が痛い。
 そろそろかもしれないと、心の何処かでは分かっていた。ただ、現実から目を
 背けていたかった。

雨谷うこく様?!」

 雪華せつかの心配する声が聞こえる。
 ごめん雪華、痛みで目を開けることすらできないんだ。
 意識が薄れる。このままだと消えてしまうと、本能が訴えかける。
 ・・・何が起こったのか、分かっていた。
 信者が死んだのだ。人間の信者の、最後の一人が。
 『どっちつかず』の神である自分は、どちらかの信仰が無くなれば消えてしまう。
 消えないためには昇華して完全に神になるか、妖に堕ちてしまうかを選ばなければ
 いけない。

「雨谷様、雨谷様!!」

 雪華の泣きそうな声が聞こえる。
 ごめん、これはギリギリまで選ばなかった自分の所為なんだ。
 心臓の鼓動が煩い。このまま消えてしまおうかと、心の何処かで思い始める。
 ・・・もっと早くに選んでいれば、ここまで苦しむことはなかった。
 少しの違和感と共に、勝手に自分が変わっていくだけ。
 元『どっちつかず』の神が言っていた。選ぶなら、早い方が良いと。消える直前に
 選ぶのは、本当に苦しいぞと。

「せ・・・か・・・」

 ああ、従者の名前も碌に呼べないのか。
 口から零れるのは荒い息だけ、これじゃあ面目丸潰れだ。
 涙が零れる。未練があるとすれば、彼女を一人にしてしまうことか。

「ここに、私はここにおります!」

 伸ばした手を雪華が握る。
 苦しい、辛い、そんな感情が心を支配する。
 胸の痛みに耐えながらうっすらと目を開ける。涙を流す雪華の姿が目に入る。

「目・・・」

 こんな時でも雪華の目がなる。
 ボロボロと涙を流しながらも、雪華は顔を覗き込む。
 今までにないほどの強い感情が、雪華の目から伝わってくる。死んでは駄目だと、
 貴方はまだ幸せになっていないだろうと。

「雨谷様、私は、私は・・・!」

 うん、分かるよ、言わなくても伝わってる。誰よりも、どの妖よりも純粋だった
 君の目が、オイラに全部伝えてくれている。
 あの日、雪華が従者になってくれた日。君に望むものを聞いたことを思い出した。

「はあっ、はっ・・・・・・あ・・・」

 声がまともに出ない。目を開けることもできなくなった。
 ああ、消えてしまう。決めなければ、早く、早く、早く。
 ・・・自分の意識が完全に途絶える前に、君の望むものを願ってみた。



―――目が覚める。ああ、なんだ夢か。
起き上がり、欠伸をする。久々に昔の夢を見た気がする。

「・・・雪華」

 何となく、名前を呼んでみる。すると、扉が開いた。

「おはようございます、雨谷様。お呼びになりましたか?」

 雪華がそう言って首を傾げる。その姿を見て、何だか安心した。

「ううん、何でもない。おはよ~」

 そう言って笑うと、雪華は笑みを浮かべる。

「朝食のご用意ができました」

「うん、ありがと~!今行くよ」

 雪華の言葉にそう言って、立ち上がる。
 一歩踏み出し、立ち止まる。自分の体が少し、ほんの少しだが震えていた。

「雨谷様?」

 キョトンとした顔で雪華が首を傾げる。首を振り、何でもないと言って足を
 踏み出す。
 その時、雪華が手を握った。

「せ、雪華・・・?」

 ふと思い出してしまう。夢を、自分の過去を。

「雨谷様、顔色が優れないように見えるのですが。早くご飯を食べて横になって
 くださいませ」

「え・・・あ、うん・・・」

 雪華に引っ張られるようにして部屋を出る。色々と思い出した所為か、心なしか
 心臓が痛い。
 幸せの中に隠れた過去。突然変わってしまった自分が、怖かった。傍に居てくれる
 者の優しさが、辛かった。
 ・・・そんな思い出が、今でも心臓を刺すのだ。
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