異能力と妖と短編集

彩茸

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夫婦天狗

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―――とある山中に、別荘のような見た目の屋敷があった。そこに住んでいるのは、
その山に住む妖達を束ねる一人の大妖怪とその従者達である。
その屋敷は妖の中でも一部の者しか立ち入ることを許されず、そこの主は『小春こはるさま
と呼ばれていた。

「小春様、失礼します!」

 てんの妖が、そう言って襖を開ける。
 その先に居た漆黒の羽を背中から生やした美しい女性・・・小春が、貂を見て
 言った。

「何かあった?」

「その、小春様のお知り合いという方が・・・」

 貂の言葉に小春は首を傾げる。すると、貂の後ろから白い羽を生やした天狗が顔を
 覗かせた。

「あらアナタ、いらっしゃい」

 その天狗を見た小春は、顔を綻ばせる。
 小春の元を訪ねて来たのは、小春の夫・・・霧ヶ山きりがやまの天狗だった。

「久しぶりじゃの、小春」

 天狗はそう言って笑みを浮かべる。
 貂が扉を閉め去った後、隣に座った天狗に小春は言った。

「珍しいわね、手紙じゃなくて直接会いに来るなんて。霧ヶ山は放っておいて
 良いの?」

 会いたくなってのと恥ずかしそうに天狗は笑った後、頷く。

天春あまはる達に留守は任せておるし・・・まあ大丈夫じゃろう」

 そう言った天狗に、小春は首を傾げた。

「達って・・・ああ、のっぺらぼう?」

落魅らくみもじゃな」

 天狗の言葉に小春は溜息を吐き、困ったように笑って言った。

「・・・アナタ、面倒見る妖すぐ増やすわよね。本当にお人好しなんだから」

「お主に言われたくは無いわい」

 天狗はそう言ってムスッとした顔をする。

「そうかもしれないわね。・・・さっきの貂も、新入りだもの」

 小春はそう言ってクスクスと笑う。天狗もそれにつられてか、楽しそうに笑った。



―――小春の従者が持ってきたお茶を飲みながら、小春と天狗は談笑する。
少しして、ふと天狗が言った。

「・・・のう、小春」

「なあに?」

「そろそろ、天春を連れてきても大丈夫だと思うか?」

 小春は少しの間考える。そして、口を開いた。

「そうねえ・・・。ここの妖は荒くれ者が多いし、大妖怪クラスじゃないと死んで
 しまうのだけれど・・・天春、強くなった?」

「それなりにはの。落魅に触発されて、強くなろうと努力し始めたんじゃよ」

 天狗の言葉に小春は驚きつつも、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「マイペースなあの子がねえ・・・。良い妖拾ったじゃない」

「そうじゃな。子供の癖に大妖怪相手に戦えている中妖怪なんて、そうそういるもん
 じゃないからの」

 天狗はそう言って笑う。ふふっ、そうねと小春も笑うと、少し間を開けて言った。

「・・・天春、私のこと何か言ってる?」

 天狗は小春の頭を優しく撫でると、微笑んで言った。

「お主からの手紙が届いたときは、嬉しそうな顔で覗き込んでくるよ。本人は山霧やまぎり
 息子達や落魅よりも年上だからと我慢しているようじゃが・・・きっと甘えたいん
 じゃろうな。よく手紙を読み返しては、寂しそうな顔をしておる」

 小春は持っていた湯飲みを置くと、トンッと天狗の肩に寄り掛かる。

「・・・ねえアナタ、今度霧ヶ山に行っても良い?」

 天狗は少し驚いた顔をした後、聞いた。

「大丈夫なのか?ここの管理はお主が一人でやっておるんじゃろう?」

「どうにかするわよ。アナタの話聞いてたら、愛しの息子に会いたくなっちゃったん
 だもの!」

 頬を膨らませた小春を、天狗は愛おしそうな目で見る。
 ははっ、そうかと笑った天狗は、頷いて言った。

「分かった、来る時は教えてくれ。迎えに行こう」

 小春は首を横に振る。キョトンとした顔の天狗に、小春は意地悪そうな笑みを
 浮かべて言った。

「連絡はするけど、私一人で行くわ。・・・あの子にサプライズをしてみたいの」

 小春の言葉に、天狗はニヤリと笑う。

「そうか。・・・どんな反応をするか楽しみじゃの」

 小春と天狗は笑う。屋敷の一室に、楽しそうな笑い声が響いた。
 烏天狗と天狗の夫婦は、互いに妖を纏める存在であり、天春の親であり、優しくも
 悪戯好きな妖であった。
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