私は神様になりたい

三樹

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橘 千秋

4.

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 電話口の男は一向に返事が返ってこないから、話を戻す事にする。

『警視庁は社会的反響のある大きな重要事件と判断し、特別捜査本部を置く事にしました』
「さっさとそうすべきだったわね。三人殺されてんだけっけ。あ、今回のを入れて四か」
『捜査一課が臨場しようとしたところに、新宿北が本庁の手は借りない、と騒いでうちと口論に』
「それが今回、私に電話した理由?」
『その通りです』

 気まずそうに男が言った。

『お休み中すんません! 俺じゃヤスさんと浅野警部補の喧嘩を止められません!』

 今までのテンションと打って変わって、電話をかけてきた時のテンションに男は戻ったようだ。煩い声が耳を切り裂く勢いで橘の耳に入り、思いっきし顔を歪めた。美人が台無しである。
 不機嫌に口を歪め、髪を掻き上げ「今から行くわ」とソファーから立ち上がる。
 それから、「浅野かよ」と吐き捨て「携帯に位置情報送って」と言って電話を切った。
 ノーブラジャーで着ていた紺色のタンクトップを床に脱ぎ捨てて、床に落としたブラジャーを着用する。目の端に春人が小姑のように睨んでいる姿を捉えるが、無視を決め込んで次々と床に散らばる衣服を身に付けていった。
 
「白いブラウスの下にインナーを着るべきだと思う。ブラジャーが透けて見えてだらしないよ」
「ワザと見せてんのよ」
「顔くらい洗ったら」
「風呂入ったんだから良いでしょ」
「化粧くらいしたら」
「化粧しなくても私は美人」
 
 クルッと振り返ってニッと笑う。
 それから、長い髪を後ろに流し、キツく団子に結ぶ。「よし」と呟いて玄関へ向かい靴を履いていると背後から春人の足音がした。

「ねぇ。木曜日のマンハッタン観て良い?」

 毎週木曜日の夜二十二時に放送されているバラエティ番組だ。春人はこの番組が好きだった。

「別にいいけど、音の音量は下げてね。いくらうちの壁が分厚いからってさ音量マックスだと苦情がくるし、私が家に帰った時にあの音量だと流石に目が冴える」

 肩越しに振り返って、春人を見やると弟は肩を竦めて「だって、音が小さいと聞こえないんだもん」

 そう言った春人の耳には補聴器が付いている。橘はそれを一瞥して、

「好きにしな」

「やった」と春人はガッツポーズをした。

 橘は弟に背を向けてドアノブを回そうとしたら、弟にまたも呼ばれて舌打ちをして振り返った。面倒臭そうな表情を浮かべるくせに、春人に呼ばれたら返事はするし、相手はするのだ。 

「ブラウスに皺がついてるよ」

 春人の小言に姉の美人顔が醜く歪んだ。

「皺がつかない洋服を選んでるんですけど」
 
 いくらとろみ素材のブラウスでも橘のようにソファーの背もたれに掛け、その上に背中を預けて座っていれば少し皺がつく。と言っても、本当に目立つものではないのだが……春人は細かい。

「そういうアンタも制服ばかり着ていないで着替えたら?」
 
 二十一時を回るというのに、春人の服装は小学校の規定の制服だった。
 姉から図星をさされたからか春人の顔はくにゃりと歪んだ。橘は「ゲっ」と呟いた。春人は泣くと面倒なのだ。
 橘は「じゃ」と手を上げて逃げるようにこの場を後にした。

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