私は神様になりたい

三樹

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橘 千秋

3.

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「すぐにどこそこ放り投げるからだよ」

「だから、この家汚いんだよ」と続けた。

 玄関の靴は脱ぎ捨てられ、リビングにつながる廊下には脱ぎ捨てられたストッキング、ブラウス、パンツスーツ。それとは反対に綺麗な状態を保っているのはキッチンだ。塵一つ落ちていなかった――のは、橘は一切料理をせず仕事人間で外で食べてばかりいるからだ。案の定冷蔵庫には食材は入っておらず缶ビールがずっしり入っている。だから、空き缶が大量に入ったビニールが引っ越して来てから一度も使っていないIHの上に置いてある。リビングはどうかと言うと、ソファーの背もたれには明日の仕事で着る予定の服が置いてあった。起きてすぐに着替える為に橘は置いているのだ。その洋服でさえも掴んで床に落とした。これでは皺がついてしまうのだが、自分の性格を把握している彼女は皺が付きにくいとろみ素材のブラウスを愛用していた。

「どこー?」
「ソファーの下に落ちてるよ」

 床に這いつくばって覗き込む。ソファーの下、春人の足元に落ちていた。

「拾ってくれても良いじゃん、気が利かない弟ね」

 鳴り続ける携帯の着信ボタンを指でスライドして耳に当てた。

「どうしたの?」
『警視正、昇進おめでとうございます! 三十三歳という若さでしかもノンキャリで警視正だなんて先輩だから成し得た事です! 我が警視庁捜査一課刑事課の誇りです!』
「はいはーい」

 どかっとソファに腰を下ろして、ぶっきら棒に答えると電話の奥の男は「すんません」と謝った。と言っても謝罪にしては軽いノリだ。

「オフの日に仕事用の携帯にかけて来たんだから、デカいヤマでもあった?」
『新宿で殺人事件があったんですが、かがみ検視官が検視に当たった際に、遺体の切り口が新宿北が追っている連続女子学生殺人事件に使われている凶器と同じではないか、と判断されました。監察医に見せないと詳しい事は分からないそうですが、鑑さんの目視だから間違いはないかと』
「鉈で首ちょんぱの事件か」

 ソファーの背凭れに背中を預けていた橘が前のめりになる。だらしない姿が消え、彼女の眼が鋭く光った。

『そうです。ただ、今までの害者と特徴が一致しない』
「──年齢が上、とか?」
『相変わらずですね』
「それと、バラバラ?」

 電話の向こうで『はい』と返事が返ってきて、橘は「ふむ」と呟くと、天井を仰いだ。すると、春人が顔を覗いてきて彼女は顔を顰める。人が真剣な話をしている時に、と、しっしっ、と手を振って弟を払う。ムスッと唇を尖らして、彼女の視界から消えた。

「本当に殺したかったのは彼女かもしれないわね。でも、殺したくはなかったのよね」
『どういう意味ですか?』

 殺したかったのに、殺したくはなかった、なんて相反している。橘の言葉の意味が分からずに男は訊ねた。
 だが質問に答えず、彼女は天井を見つめたまま動かなかった。
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