馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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【後日談】杖の下に回る犬は打てない

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「……ィ……ルイ!」

 声。大好きな。碧。腕。掴まれてる。

「……落ちつけ」

 ぽんぽん頭を撫でられた。戦ってる最中に師匠がこんなことするはずないのに。
 魔物、魔物が師匠を傷付けたから。

「殺す」
「……ここにはもう残ってねぇ」

 言われて周りを見回したら、魔物の残骸と、倒れている人間と手当てしている人間しかいなかった。地面がどろどろになっていたり、さっきまではなかったはずの凹凸が出来たりしている。草も何かに薙ぎ倒されたみたいに、泥まみれで地面に横たわっている。

 いつのまにか、戦闘が終わっていたらしい。首を捻ったら師匠に手を取られて、剣を掴んでいる指を一本一本解された。何でこんな、自分で剥がせないくらい握り締めてるんだろう。咄嗟に手離せるように、力を込め過ぎるなって師匠に言われてたのに。
 俺の手から落ちた剣を、師匠が鞘に戻してくれる。そうだ、師匠、怪我。
 慌てて確かめたら、防具はだめになっていたけど、新しい傷は見当たらなかった。師匠の肌が晒されているのは嫌だけど、今は隠せるようなものを持ってない。

「……回復薬飲んだから、もう塞がってる」

 また落ちつけと頭を撫でられて、肩に入っていた力がゆるゆると抜けていく。師匠が無事なら、いい。大丈夫になれる。
 ぴりぴりが治まるまで撫でてもらおうと思ってたら、誰かが近付いてきた。邪魔すんなと思ったけど、師匠がそっちに向き直ったから、大人しく斜め後ろに立つ。

「英雄殿、勇士殿、ご助力感謝いたします!」

 確か、この近くの町を預かっている騎士団の隊長で、名前は名乗られたけど忘れた。処理しきれずに魔物をこんな大群にしたやつのことなんて、覚える気にならない。何がお二人には遊撃をお願いしたい、だ。戦略考えられないからいい感じにお願いしますって言ってるのも同然だろう。おかげで師匠が戦い詰めで、ちっとも休ませられなかった。こいつは顔も名前も覚えないことに決めてる。

 長々とぐだぐだ喋っているやつは放っておいて、周囲の様子を確認する。怪我人はいるけど、命を落とした人はいなさそうだ。師匠がいたならここが一番酷い戦況だったはずだから、他も何とかなっただろう。俺が元々いたところは、騎士団で何とかなるくらいには減らしてきたし、途中で通ったところも適当に魔物を倒してきたから、少なくとも騎士団だけで対応するよりはマシになったはずだ。隊長の人間が悠長にしているくらいだし、俺が師匠以外の人間のことにまで、気を配る必要もない。怪我をしてようが何だろうが、師匠以外の人間がどうでもいいのは変わらない。

 早く話が終わらないかなと思っていたら、耳障りな音がした。
 急いで師匠を引き寄せて、俺の背中に入れる。腹が熱くなって、寒くなって、びちゃびちゃと水が滴るのが聞こえた。

「ルイ……!」

 大好きな声、なのに、上手くそっちを向けない。俺を、呼んでくれてるのに。
 目の前がどんどん暗くなって、体に力が入れられなくなって、前のめりに倒れたところまでは、覚えている。
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