馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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【後日談】杖の下に回る犬は打てない

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 魔物の鳴き声は耳障りのいいものではないけど、こいつは特にうるさく感じる。ギチギチいう声は普通の生活をしていたらまず聞くものではないし、背筋がぞわぞわして長く聞いていたい音じゃない。刺したり殴ったりするより、真っ二つに斬って断末魔すら上げさせないのが一番だ。一振りで一匹、返す刃でもう一匹。魔物の体液でどろどろになった剣をその辺の葉っぱで拭って、戦況を確認する。あと何匹か倒したら、この辺りは騎士団の人間で片付けられるようになるはずだ。

 ただ、他の人間は俺や師匠みたいに魔物を真っ二つには出来ない。ギャシャァァ、と不快な音を立てさせながら、騎士が集団で何とか一匹倒している。戦力として見積もるにはあまりに頼りない。仕方ない、ことではあるけど、心の中でイライラするのは俺の勝手だ。何でこんな群れになるまで放っておいたのか。危機意識がなさすぎる。
 騎士団が悪いわけじゃないのは、一応わかっているつもりだ。騎士が倒すより魔物の殖える速度の方が速ければこうなるし、人里から遠く離れたところまで、毎日見回りが出来るわけでもない。イライラを魔物にぶつけてぶち殺して、もう一度剣を綺麗にしてから師匠を探して走る。たぶん、一番魔物が多いところにいるはずだ。

 魔物が発生する理由はよくわかっていないらしくて、良くない気の澱みが何とかかんとか、自然の中にも魔力が宿っていて何たらかんたら、学者がいろいろなことを言っているらしい。とにかく何もしなくても魔物は出てくるし、放っておけば手に負えないくらい増えて、人が死ぬ。

 だから人の暮らしを守るために、第二騎士団が各地に派遣されているけど、たまにこうして、第二騎士団だけじゃ倒せない魔物だったり、処理しきれない大群になったりする。そういう時には第三騎士団が派遣されるけど、同時にウィルマさんとか師匠とか、俺はよく知らない魔術師とか、一人で戦況を変えられるくらいの人にも応援の要請が来る。師匠はよっぽどのことがない限り断らないし、モンドール家のおかげで居場所が掴みやすいから、だいたい最初に打診されている、と思う。師匠を呼べば必ず俺もついてくるから、たぶん単純に戦力が高いところも良くない。ムカつくけど、師匠と離れる方がもっと嫌だから仕方ない。

 要請を受けて早馬で来てから少し休んで、あとはほぼずっと戦闘の真っただ中だ。いい加減師匠を休ませたい。守るべきものがあるとあの人は自分に気を配らないから、こういう状況に本当は向いていない。

 きっと、ドラゴンを倒した時に味方がほぼ全滅したことが、ずっと引っかかってるんだとは思うけど。

 飛びかかってきた硬い甲殻の魔物を切り捨てて、攻撃の密度にイライラする。これだけ魔物がいるならたぶんこっちに師匠がいるだろうけど、これだけ頻繁に攻撃されていたら、ちっとも先に進めない。

「……邪魔、すんな!」

 師匠に撃ってから、慣れたのか楽に使えるようになった氷で近くの魔物を全部串刺しにして、うるさい大合唱の中を駆け抜ける。炎で焼いてもいいけどたぶん臭いし、他の人間を焼き殺さない自信がないから使えない。俺と師匠以外誰も人間がいなくて、師匠が俺の隣に、すぐ守れる場所にいてくれないとだめだ。
 魔術で周りを掃除しながら走り続けて、ようやく師匠が見えた。

 瞬間、手足の先まで一気に冷えた。

 師匠が、騎士を庇って、怪我をした。顔が歪んで、赤い液体が散って、体勢を崩しながら、何とかその魔物を斬って。

「…………俺の」

 殺す。

 俺の大事な人特別な人強くて綺麗で優しくて格好良くて最近は少し表情が穏やかになってきてぎこちない時もあるけどちょっとだけ甘えてくれるようにもなって、可愛い、俺の。

 体がぴりぴりする。大事な金色が、俺の特別が赤く汚れてる。碧の宝石が、痛みで歪んでる。俺の。俺の、なのに。
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