馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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【後日談】杖の下に回る犬は打てない

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 目が覚めた。

 目が覚めた?

 いつ寝たんだっけと思ってから、何かの攻撃を腹に喰らって落ちたのを思い出した。知らない間にベッドに寝かされてる。部屋の中は薄暗い。たぶん、日が落ちたくらいの時間だ。何となく見覚えがあるから、知らない建物じゃなくて、どっかの宿だろう。
 起き上がって、師匠を探そうと思ったらすぐ傍の椅子にいた。椅子で寝てるのは珍しい。もう一つベッドはあるみたいだし、そっちで寝た方が体は休まるはずなのに。念のため、自分の服をめくって腹の傷が塞がっているのを確かめてから、立ち上がって師匠に手を伸ばす。

「だッ」

 油断してた。仮眠の時は、先に声を掛けないとだめなんだった。
 伸ばした手を掴まれたと思ったら勢いよく床に叩き付けられて、ぎっちり組み伏せられた。後ろ手に固められた腕が痛い。

「し、しょ、痛い」
「……ばかいぬ……?」

 声が寝ぼけてる。めちゃくちゃ可愛い。うっかり勃ちかねなくて、急いで意識を逸らした。床に押さえ付けられたら興奮するなんて誤解されるのは、さすがに嫌だ。
 腕をきめる力が緩んで、体の上の重みがなくなる。師匠が完全にどいてくれてから、立ち上がって軽く腕を振った。外れたり、変なところが痛んだりはしていない。

「わ、り、寝てて……」
「大丈夫。驚かせて、ごめんなさい」

 仮眠の時の師匠は、眠りが浅い。魔物は昼夜関係なく活動するから、何かあった時にすぐ動けるようにするためだ。それを俺も知ってたのに、何も考えずに手を伸ばしたから、師匠が条件反射で動いても文句は言えない。あの後どうなったのかわからないけど、これだけ動けるなら、師匠はたぶん大きな怪我はしていないはずだ。
 疲れてるだろうし、ちゃんとベッドで寝るように促そうと思ったら、前触れなく服をめくられて腹に触れられた。

「え、あの、師匠、何……?」
「……痛く、ねぇか」

 腹の傷なら塞がってる。薄暗いからさっき見た限りではよくわからなかったけど、傷跡は出来た、かもしれない。痛いというか腹が熱い感覚だったし、何か地面に滴る音がしたのは、俺の血だったんだろう。気絶したのもたぶん、血が足りなくなったせいだ。

 その心配している怪我人を捻じ伏せたのは師匠なんだけど、さっきの声可愛かったし今も心配してくれてるのがわかるし何なら椅子で寝てたのも心配してくれてたからだろうし、許す。

「……心配して、傍にいてくれたの?」

 ちゃんとベッドは二つあるから、師匠がわざわざ椅子で寝る必要はない。回復薬を飲ませてくれたのか掛けてくれたのかわからないけど、ウィルマさんの作ったやつならすぐ治ったはずだ。それでも心配だから、俺が寝てる横に椅子を置いて、そこでずっと看ててくれたんだとしたら、すごく嬉しい。

 師匠の動きが止まって、離れていきそうな気配を感じたから両手を捕まえる。少し焦った顔だ。それなら、心配して傍にいてくれた、で間違ってない。心配してたって素直に言えなくて、言い訳を探してるところはめちゃくちゃ可愛い。こういうことをされると、いじめたくなる気持ちと助けてあげたい気持ちがせめぎ合って、ちょっと困る。今は可愛いから、助けてあげるけど。
 師匠の手を掴んだまま引き寄せて、腰を抱いて撫でる。最近、師匠の体付きがエロくなってきた気がする。腰から尻までの線とか、だぼだぼの服を着て隠してほしい。

「……馬鹿犬、触んな」
「俺の腹抉ったの、何?」

 引き剥がそうと抗議する声を無視して、気になったことを聞いておく。斬られた、とか、殴られた、みたいな感覚じゃなかった。くどくど喋っていた騎士も驚いた顔をしていたから、あいつが何かしたわけじゃない。

「……生きてる魔物が残ってたんだよ。べらべら喋ってねぇで処理しろっつったのに、あの馬鹿……」

 だったら防具を破って腹に攻撃が届いたのも納得だ。師匠をちゃんと守れて良かった。
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