馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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 あまりの貴公子っぷりに、王太子より王子らしいと茶化す人さえいて、そんな時にもきちんと一歩引いて王太子を立てる。角を立てない言動がますます子供らしくなかった。
 気になって、ついには王太子に聞きに行ったそうだ。

「アドルフ・カーティスは何者なんですか、どうして僕とラクレインを引き合わせたんですか、とか、いろいろ聞いたらさ、当時の殿下、何て言ったと思う?」
「……さあ……」
「君の仕事は、あの子を人間にすることだ、だって」

 そもそもは、王太子の婚約者、つまり今の王妃が今の王様に助けを求めたらしい。

 子供らしいことは何一つ許されず、起きている間は常に家庭教師がついて一挙手一投足を監督し、学術、武術、魔術、芸術、あらゆることを一日中詰め込まれて、口に入れられる食べ物も父親に許可されたものだけ。寝る時間さえ管理されている。子供らしい遊びをしたこともなければ、自由に外出することさえ出来ない。

 父親の過剰な期待に押し潰されてしまいそうな弟を、何とかして助けたい。

 婚約者から涙ながらに頼まれて、王太子は当時のカーティス公爵を押し切って、アドルフを城に呼び寄せた。そして、王家を裏切らないモンドール家からジャン・モンドールを、もし何か起きても大事にならない子爵家から、同い年のギュンター・ラクレインを、完璧であることを強いられたアドルフ・カーティスが人間らしさを取り戻せるよう、友人として宛がった。

「それを聞いてね、本当に無茶なことを言われたなって思ったし……助けたいなって、思ったんだよ」

 すぐにギュンターにも共有して、二人でアドルフをいろんなところに連れ出した。大人に隠れて王都の町中にも出たし、城の中の、本当は入ってはいけない場所にだって潜り込んだ。アドルフは驚いていたし、引き留めようとしたし、窘めた。でも二人は、アドルフが経験していないことを、たくさんたくさん教えた。

「それでも、声を出して笑ってくれるまで、何年も掛かったんだけどね」

 はっきりとした原因はもはや忘れてしまったが、とてもくだらないことだったように思う。ジャンとギュンターで喧嘩になって、二人で大真面目に言い争っていたのに、すぐ傍からくつくつと笑う声が聞こえて。
 振り返ってみれば、今まで笑うにしても控えめに口角を上げるだけだったアドルフが、耐え切れないといった様子で腹を押さえて笑っていた。照れくささもあって笑うなとギュンターが怒っても、ごめんと謝りながら、それでもアドルフの笑いは収まらなかった。
 妖精のような友人の笑い声に、二人もすっかり毒気を抜かれて、結局その喧嘩は収まったそうだ。

「……だから、バルトロウが君といる時には声出して笑うって聞いて、すごく安心してるんだ」

 にっこりとモンドールさんに言われて、少し考える。
 確かに、師匠が声まで出して笑ってくれることは少ない。口角を上げて面白そうにしていることはあるけど、大笑いなんて本当に珍しい。
 いや、待てよ。

「……何で知ってるんですか」
「何でって、僕はモンドール家の人間だよ?」

 この国の諜報活動をずっと担っている一族というのは、見せかけだけの話じゃない、ということらしい。どこからともなく入ってきた使用人の人が、俺のカップに新しいお茶を入れてくれる。それも、熱すぎない、飲みやすい温度のやつだ。

「情報集めには自信があるからね、任せてよ」

 モンドール侯爵家を継いだ長男、教会のトップに就いた次男、国一番といってもいい商会を築き上げた三男、他家に嫁いだ長女、次女。モンドール家に生まれた人は、あらゆる手段で情報を得て、王家に提供することを教え込まれるのだそうだ。

「バルトロウの情報は必ず手に入れる。だからそれまでは……そうだな、次はラクレインとレイノルド・ヴァーリに話を聞くなんて、どうかな?」
「何でですか」

 自分も新しいお茶をもらって、すっと一口飲んだモンドールさんが、商人らしい人好きのしそうな笑みを浮かべる。

「あの二人は、ドラゴン討伐の生き残りだからね」
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