馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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「それで、手始めが僕のところ?」
「はい」

 あの時師匠が座っていたソファに腰を下ろして、モンドールさんの出してくれたお茶を飲む。さすがに、高級そうなローテーブルに足を乗せる勇気はない。師匠抜きでモンドールさんと向き合うのは、なんか変な感じだ。
 どうぞとモンドールさんが出してくれたお菓子はおいしかった。ケーキじゃないけど、ふわふわしててバターのにおいがする。

 モンドール商会は国中に店のある大きな商会だから、会頭のモンドールさんも忙しいはずだけど、王妃に言われたら時間を取らないわけにはいかないみたいだ。ミーチャさんが全部調整してくれたらしくて、俺は馬車に乗せられて運ばれてくるだけしかしていない。王妃がどうして助けてくれるのかわからないけど、師匠のことを探せるなら何でもいい。

「バルトロウの話、ねぇ……」

 王妃からは、ジャンからクライヴの話を聞いていらっしゃい、しか言われていない。モンドールさんが師匠のどんなことを知っているのか、俺はよく知らないけど、聞いてこいって言われたからには必要な話なんだとは思う。結構前からの知り合いって感じはするし、もしかしたら師匠の子供時代とか知ってるのかもしれない。あんまり想像出来ないけど。

「……モンドールがどういう家か、バルトロウから聞いてる?」
「諜報関係、とは」

 そうそう、と頷いて、モンドールさんもお茶を飲んだ。師匠ほどじゃないけど、この人も所作が整っている。

「そういう家柄だからさ、代々王家とも距離が近いんだ。その関係で、リチャード陛下がまだ王太子だった頃、僕もお召しを受けたことがあるんだよね」

 王様と年頃が近いのは、モンドールさんの二番目の兄、今の法王だったらしいけど、その時は何故かモンドールさんも一緒に呼ばれた。不思議ではあっても、王家に呼ばれたら行かないわけにいかない。招集された通りの日時に、指定された通りの庭に行ったら、そこには王太子時代の王様と、まだ婚約者だった王妃と、もう一人子供がいたそうだ。

「陛下も妃殿下も、子供の頃からそれはお綺麗だったけどさ。その子の前ではちょっと、霞んで見えたね」

 まだ子供だった法王も、モンドールさんも、驚いて立ち尽くしてしまったらしい。おとぎ話に出てくる妖精が現れたのかと思ったそうだ。金色の髪、金色の瞳、着ているものもかなり仕立てが良くて、柔らかい微笑を浮かべていた口から挨拶が出てきて、二度びっくりさせられた。
 作り物みたいに綺麗な存在が、自分たちと同じ言葉を話すなんて、実際に耳にするまで想像もしなかったそうだ。

「まあ、それがバルトロウ、当時はアドルフだったんだけど」

 王太子がモンドールさんを招いたのは、アドルフ・カーティスの友人になってもらうためだった。王太子が何故そんなことを、という疑問は湧いたものの、王族にそうしてくれと言われれば、貴族の子供としては答えは「はい」しかない。もう一人引き合わされた子爵家の子供、それが今のラクレイン団長だったらしいけど、その三人が幼馴染として交流を持つようになった。
 貴族の子供がどうやって遊ぶかなんて、俺にはあんまり想像が出来なかったけど、お互いの家に行ったり、どこそこで何とかいう催しがあるから一緒に行きませんかってしたり、そんな感じだそうだ。
 そうして関わっていくうちに、アドルフ・カーティスに対する違和感が膨らんでいった。

「僕と同い年で、まだ子供のはずなのにさ、完璧なんだよね。話す内容、言葉の選び方、立ち居振る舞い、全部が」

 顔には常に柔らかい微笑。背筋はいつも伸びていて、所作はどこまでも優雅。誰に対しても真摯な振る舞いで、使用人への態度ですら、上に立つ者の威厳は保ちつつも、あくまで丁寧だった。子供らしく走り回ったり、大声を出したりしたことは一度もない。

「僕とラクレインがどんなにふざけても、声を上げて笑ったりしないし、悪戯しようとしてもむしろ窘めてくるんだよ。こっちが腹を立てても、上手いこと折り合い付けてくれるし」

 欠点がないのが欠点だと言いたくなるくらいだった。
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