馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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 ラクレイン団長と王様の護衛の騎士は、二人とも騎士団の団長だから忙しいはずだ。
 それでもやっぱり王妃に言われたら、時間を取らざるを得ないらしい。デカい人たちが二人でソファに座っているから、すごく狭そうな感じだ。ソファも何だか悲鳴を上げるようにぎしぎし言っている気がする。
 やっぱり時間を調整してくれたのはミーチャさんで、俺はただこの部屋に連れてきてもらっただけだ。師匠にはあれやれこれやれっていろいろ言われてたから、ここまで全部世話をされると、逆に落ちつかない気分になる。俺がいなくても師匠は一人で生きていけるけど、ちゃんと食事してるかとか体を休められてるかとか、いろいろ気に掛かって仕方ない。

「ラクレインがいれば充分だろう、何故私が」

 騎士が不満そうに言うのを、団長がまあまあと宥めている。俺もこの騎士のことは嫌いだ。でも王妃が話しておいでって言ってたから、こいつもたぶん何か知ってるんだろう。俺が知らない師匠のことを、こいつが知っているのは気に入らないけど、どうしようもない。師匠が生まれた時には俺はまだ影も形もないし、俺が生まれたのはたぶん王都ではないはずだ。

「俺とヴァーリってことは、騎士団時代の話と、まあ、討伐の時のことだろう」
「……師匠、騎士団にいたことがあるんですか」
「ああ……あー、聞いてないのか?」

 頷いたら、団長がぐしゃぐしゃと髪をかき回すように頭をかいた。
 昔の話なんて、師匠はしてくれたことがない。ドラゴンを倒した時のことだって知らないし、貴族だったって知ったのもつい最近だ。父親が苦手って言ってた理由も、モンドールさんが子供時代を教えてくれたからはっきりしたけど、本人はあんまり詳しく言わなかった。聞いてて胸糞悪い話だったし、話したくなかったんだろうなとは思うけど。

「……モンドールから、子供の時の話は聞いたんだろう?」
「ラクレインさんとモンドールさんが、師匠の幼馴染って聞きました」

 師匠が声を上げて笑ったり、王都の中でも、貴族は行かないような下町に出掛けたりするようになって、当時のカーティス公爵は息子を元通りの正しい道に戻そうと、ますます苛烈になったそうだ。
 アドルフが屋敷の外に出られる時間すらほとんどなくなって、会う機会をほぼ作れなくなった二人は、王太子に助けを求めた。爵位のある人間と、ただの貴族の子供では、当然勝ち目がないからだ。そして、王太子がどうやってカーティス公爵を言いくるめたのかわからないものの、カーティス家の次男は騎士団に入ることになった。

「……魔力があるからかもしれんが、当時からあの男はやたらと強かった。騎士団を選ぶのも不自然ではなかったがな」

 貴族の子弟が騎士になるのは、珍しいことではないそうだ。爵位を継げない子供はそれ以外で生きていく手段が必要だから、騎士になったり、モンドールさんみたいに商人になったり、中には跡継ぎのいない貴族のところに養子として入ったり、それはそれで大変らしい。
 ただ、モンドールさんはその時には商人になることを決めていたから、一緒に騎士団に入ったのはラクレイン団長だけだった。その頃には、師匠はまた出会った頃の作り物のような態度に戻っていて、騎士団の中でも少し浮いていたらしい。

「剣を振るえばめちゃくちゃ強いし、ちょうど少年と青年の間くらいの年頃だったから、ますます人間離れしてたんだ。その上いつも微笑んでるし、品行方正、立ち居振る舞いも一級品だろう?」

 心酔されるか妬まれるか、とにかく人の関心を引いた。カーティス公爵家の子息という生まれだったから、表立って事件になることはなかったものの、悪意のある言葉とか、嫌がらせとか、付き纏われるとか、ラクレイン団長から見ればひどいものだったけど、アドルフ・カーティスは特に何もしなかったそうだ。淡々と日々の訓練に取り組んで、実績を積み上げて、何かを頼まれれば断らないし、人が嫌がる雑用も真面目にこなしていった。
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