馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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仔犬、負け犬、いつまで経っても

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 俺は特に深く考えていなかったけど、魔力があるからには魔術について知っていた方がいいらしくて、師匠に連れられて魔術師の家を訪ねることになった。一番近い町からでも何日も掛けないと辿りつけない場所に住んでいるその人は、師匠に昔、魔術についてあれこれ教えてくれた人らしい。
 どういう人なのか少しどきどきしながら扉の前で待っていたら、勢いよくドアが開いて師匠が即座に飛び退った。

「ちっ、お前は相変わらずガードの固い」
「……土産、酒」

 ずい、と師匠が差し出した瓶を見て、その人は目を輝かせた。

「いいだろう! 許してやる! そこの仔犬も遠慮なく来い!」

 ありがたいお言葉だけど、なんか遠慮したい。

 ちらっと師匠を見たらものすごく辟易した顔をしていて、それでもため息を吐きつつ魔術師の人に続いて家の中に入っていった。帰る選択肢はなさそうなので、俺も後についていく。
 天井からはいろんな植物がぶら下げられていて、壁にびっしりと作り付けられた棚には、何が入っているのかわからない瓶とか、分厚い本とかが並べてある。部屋の中に置かれている椅子や、机の上も、謎の道具とか本とか書き付けとかでごちゃごちゃだ。

「その辺に適当に座れ! あ、魔道具には下手に触るなよ、壊れるといかん」

 それは適当に座っちゃいけないんじゃないのか。
 俺は戸惑ったけど、師匠はその辺の椅子に乗っていた道具を蹴落としてから座っていた。あれ蹴落として大丈夫なんだろうか。近くの椅子の本をおそるおそるどけて、俺もそっと腰を下ろした。
 奥から戻ってきた魔術師の人も、机の上のものをごしゃっと押しやって、コップを三つ置く。何かが落ちてけたたましい音を立てたから、壊れたんじゃないだろうか。いいのかそれで。もしかして魔道具に下手に触るなってただの脅しだったんだろうか。どれがダメでどれが大丈夫なのか、俺にはさっぱりわからない。

「お前体はどうなんだ? 無事か?」

 ポットの形をしていない何かから、魔術師の人がコップに何かを注いでいる。師匠のコップには赤い液体、俺のコップには緑の液体、本人のコップには茶色の液体なんだけど、これ飲んで大丈夫か。
 ていうか何で一つの入れ物から三種類の液体が分かれて出てくるんだ。え、怖い。この家怖い。

「……今んとこは」

 師匠が赤い液体を口にした。アレ本当に飲んで大丈夫なんだろうか。怖々見ている俺に、師匠が説明してくれる。

「俺のは薬湯だ。テメェのはただの薬草茶、あいつのは別の薬草茶。死なねぇから安心しろ」

 死ななきゃ問題ないってわけじゃない気がするけど、師匠には特に変化はなさそうだ。師匠だから、変なものをそのまま気にせず飲んだりはしないだろうけど、何かあったら困る。
 魔術師の家で魔術師を上手く殺せるかどうかわからない。

「ああ、そうか、初めて来た子には説明が必要だったな。すまん」

 魔術師の人が立ち上がって、無造作にテーブルの上に乗った。何かの書き付けやら謎の木の実やらを踏み付けている。もしかして、細かいことを気にしていたらこの家ではやっていけないのか。
 天井からぶら下がっていた植物の束を取って、魔術師の人が椅子に戻る。テーブルから謎の木の実が転がって床に落ちた。すぐにどこに行ったかわからなくなったけど、全く気にしているようには見えない。

「仔犬のコップはこのチハニコを煎じた薬草茶だ。大した効果はないんだがな、初心者にはちょうどいいだろう」
「はあ……」

 何がちょうどいいのか、聞きたいような聞きたくないような。しかもどんな効果なのか何も説明してくれてない。ますます飲んで問題ないのか怖くなってきた。

「師匠……」
「…………こいつはウィルマ、魔術師としては確かだ」
「ああ、そういえば名乗っていなかったな!」

 男の人なのか女の人なのかもわかっていなかったけど、女の人だった。
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