馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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仔犬、負け犬、いつまで経っても

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 ウィルマさんは、魔力を持って生まれたことがわかった師匠のために、師匠の家が呼び寄せた魔術師だったそうだ。けど師匠は魔術を全然発動出来なくて、ウィルマさんの教え方が悪いからだと解雇されてしまったらしい。実際には、魔力を外に放出出来ないという師匠の体質が原因だったわけだけど。
 ただ、解雇された後も、魔力を溜め込んだ上に限界が来ると意識を失ってしまうという症状を何とかしようと、あれこれ手を尽くしてくれたんだそうだ。さっき師匠が飲んだ薬湯も、溜まっている魔力を消費させる効果があるらしい。

「焼け石に水程度だがな、全く飲まないよりマシだ」

 もっと飲め、とウィルマさんが師匠のコップに赤い液体を追加する。それから師匠の顎を掴んでじっと観察して、ふむ、と頷いた。いつもなら何すんだって払い除けそうなのに、師匠が大人しくされるがままになっていて、なんかどきどきした。

「少し前に寝たか?」
「いや……昔、理論上は魔力譲渡ってのが出来んじゃねぇかって話してただろ」

 ああ、と頷いたウィルマさんが手を離して、自分の薬草茶を飲んだ。茶色だった髪の毛が赤、緑、紫、と目まぐるしく色を変えていく。本当に、この家で出されたものを口にしても、大丈夫なんだろうか。
 自分の前に置かれた緑の液体が入ったコップを見て、覚悟が決まらなくて視線を逸らした。この緑色のやつ、見た目がどぎついのににおいは爽やかで違和感しかない。

「少し前に、こいつがすっからかんにしたことがあってな。空のところに流し込むなら特に問題ねぇだろと思って試したら、出来た。余ってたやつだいぶ渡して、寝なくて済んだ」
「なるほど……」

 ウィルマさんの顔がぐりんとこっちを向いて、めちゃくちゃビビった。何となく、身の危険を感じる。逃げようか先にぶった切ろうか悩んでいるうちに前に立たれていて、顎を掴まれて顔を覗き込まれた。魔力を持つ人は瞳が金色に近付くらしいけど、この人の目はとろりとした濃い蜂蜜みたいだ。

「鋼色とは珍しいな。総量としてはかなり……いや、うむ……面白い……」

 顔を見ただけで何かわかるんだろうか。どうしたらいいかわからなくて、ひとまず大人しく観察されておく。ここで逃げ出す方が危ないと、何故かそのことだけはきっちりわかった。

 唐突に俺から手を離して、ウィルマさんが師匠の方を向く。

「それで、お前の望みは?」
「……そいつに魔術を教えてほしい」

 薬湯を飲み干して、師匠の顔がこちらを向く。師匠が誰かに頼み事をするのがあまりにも珍しくて、俺はぱちぱちと瞬きした。

「そうだな……」

 腕を組んで、ウィルマさんが俺を見下ろした。左手で右肘を抱えるような体勢に変わって、とんとんと右手の指で自分の頬を叩いている。それから何か思い付いたのか、ニタァ、と笑った顔は、師匠とは別のタイプの悪役顔だった。

「先日面白そうな遺跡を見つけたんだがな、中に魔物が入り込んでて、困っていたんだ。そこの調査、それで手を打ってやろう」
「……重たくねぇか?」
「嫌ならドラゴンの血でもいいぞ」

 師匠が思いきり顔を顰めた。俺が同じ立場でもそうすると思う。倒した人は英雄と呼ばれるような魔物から、そう簡単に血を取ってこられるわけもないし、そもそもドラゴンなんかがその辺に気軽に生息していても困る。
 そんな二択にされたら、誰だって遺跡の方を選ぶしかない。悪役顔は伊達じゃなかったみたいだ。
 死ぬほど嫌そうな顔で仕方なく頷いた師匠に、ウィルマさんはわかりやすく上機嫌になった。その勢いで飲め飲めと勧められて飲み干した薬草茶は、特段不味くはなかったし、俺の髪の色が変わることもなかった。
 ただ、翌朝やたら元気になって困ったとだけ言っておく。ナニがとは言わないけど。
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