馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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闘犬、番犬、躾けられてお預け

3-3

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「……悪いが、入れてもらえないか」

 駆け寄って扉を開ける。軽く見開かれた瞳は、夜でも宝石だった。煌めいてる。

「……何で起きてる」
「師匠がいないから」

 眉間に皺が寄って片眉がちょっと上がった。何言ってんだこいつ、だ。でも師匠がいないのに落ちついて眠れるほど、俺の神経は図太くない。
 師匠を中に入れて戸締まりをして、調理場に鍵を戻したら部屋に湯を運ぶ。先に部屋に戻っていた師匠は、荷物を置いて装備を外しているところだった。昼間付け替えていた籠手に、引っかき傷が増えている。それに何となく、焦げ臭い気がする。

「酒と煙草買ってある。ほしかったら、果物食べて。たらい借りて湯も沸かしてあるから、体も洗える」
「…………洗う」

 珍しく師匠が疲れているみたいだ。急いでたらいに湯を張って、水も注いで温度を調節した。傍に椅子を置いて着替えと布を用意していると、服を脱ぎ捨てた師匠がたらいに座り込んだ。横目で確認した限りでは、土ぼこりで汚れてはいるようだけど、大きな怪我はなさそうだ。
 放り出されている服を拾って畳み、荷物の中にしまう。投げ出されてはいないものの乱雑に置かれた装備も集めて、傷やら留め金の緩みやら、限界が来ていないか確認する。自分の装備は自分でメンテナンスまできっちりやる、というのは師匠の教えなんだけど、今はいいんだ。あの師匠が疲れてるし、俺が師匠に楽をしてもらいたいから。こんな時でもないと師匠は全部自分でやっちゃうし、わかりやすく言うと、うるせぇ今俺は師匠を甘やかすっていう絶好のチャンスを手に入れたんだ黙ってろ、ってやつ。
 装備の革の部分にはクリームを塗って、金属部分は丁寧に磨く。ちゃぷちゃぷ言う水音がいつのまにかしなくなって、顔を上げたら師匠が体を拭いていた。

「湯、捨てとく」

 鷹揚に頷いて、師匠が服を身に着けていく。大きな怪我はなくても細かな擦り傷や切り傷はあるみたいで、手当てする気がなさそうで心配になる。

「傷薬……」
「寝る」

 全部投げ打った状態でベッドに潜り込んでしまったので、慌てて傍に行く。ちゃんと聞いてるかわからないけど、目を閉じてしまった顔を覗き込んでそっと声を掛ける。

「師匠、ちゃんと手当てしよう」
「すきに……しろ……」

 待っ、好きにし、落ちつけ、待って、落ち、好きにしろ?

 体洗ってベッド転がってほぼ無抵抗の状態で好きにしろ?

 何考えてんだ今すぐぶち犯してヒィヒィ言わせんぞテメェ。

 自分の喉から唸り声とも呻き声ともつかない音が漏れて首を振った。何たる据え膳。けどここでコトに及ぼうものなら、明日からの俺の人生には絶望しかなくなる。鎮まれ俺の煩悩、目覚めろ俺の全理性。
 しばらく床で悶え苦しんで、立ち上がった頃には師匠と全力で手合わせした時くらい息が切れていた。
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