馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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闘犬、番犬、躾けられてお預け

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 師匠が聖なる泉を離れてからは、集まってくる魔物を倒したり、わざわざ近くにいる魔物を追い払いに行ったりして時間を潰した。儀式に興味はなかったし、儀式をしている最中の聖女候補と神官たちはともかく、それ以外の聖女候補と神殿兵がさっきにも増して話しかけようとしてきて困った。誰かと話していたせいで魔物に気付かない、なんてことはないけど、相手のことを聞かされたり、俺のことを質問されたりしても、どう返せばいいかわからない。
 俺はただの孤児で、今は師匠にくっついて旅をしてるだけだ。好きな食べ物とか特にないし、今まで行った中で一番綺麗なところといっても、師匠がいる場所が一番に決まってる。

 条件とかはよく知らないけど、儀式が終わって御印を受けられたのは聖女候補のうち一人だけだった。聖女になるのは難しいことなんだろう。聖女と聖女候補で何が違うのかはわからない。師匠だったら知ってるだろうか。質問をしたくても、まだ戻って来てないから気にせず山を下りないといけない。

「あの、お弟子さま? 英雄さまがお戻りでないようですが……」
「……別件があって離れてます。護衛に関しては俺一人で問題ないようなので、このまま下山します」

 それっぽく話せたと思う。神殿兵たちが顔を見合わせたけど、お前らこそ何の役にも立ってなかったからな。ちょっとムカついたけど、神官たちが賛同するように頷いたから、放っといて聖女たちを促した。
 先頭に立って、時折出てくる魔物を、師匠の動きをなぞるように倒す。それから聖女と聖女候補たちには特に優しくしないといけないから、様子を見てなるべく早めに休憩させる。ついでに食べられる木の実を見つけたから、熟したやつを渡しておいた。一応神殿兵にも分けてやったけど、あんまり熟してない渋いやつにしておいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 麓の町にも無事日が暮れる前に着いたので、ゆっくり休んでくださいと伝えてから、一度宿の部屋に戻って荷物を入れ替えた。師匠がいつ頃戻るか聞かなかったけど、今日か明日の朝早くには帰ってくるはずだ。聖女たちの予定は頭に入っているはずだから。
 必要なものと剣だけ持って部屋を出て、宿の人に夜遅くなったら竈を借りられるよう頼んでおく。それからモンドール商会の店に行って、師匠の煙草と酒を買った。夕食はどうするだろう。念のため通り沿いの店に寄って果物を買う。普通の時間だったら宿に頼めばいいし、遅い時間でも、果物くらいなら師匠もつまめるだろう。

 宿に戻ったら荷物を片付けて、仮眠を取って夕食を食べさせてもらった。師匠はまだ帰ってこない。食堂の片隅で待たせてもらうことにして、戸締まりと竈の火を落とすことも請け負っておく。師匠が戻ってくるまで、落ちついて眠れない。食器が立てる賑やかな音と、酒を酌み交わす陽気な声が静まった頃に、宿の人から入り口の鍵を受け取った。これから後片付けをして、全員寝るそうだ。鍵を掛けたら調理場に戻しておけばいいらしい。
 湯を沸かすことだけ手伝ってもらって、宿の人がそれぞれの部屋に戻っていくのにも挨拶した。外で人が動いたり喚いたりしている音を聞きながら、今回の仕事について考える。

 俺が師匠から聞かされたのは、王都と聖地の間で聖女候補を送り迎えすることだ。怪我させないように、死なないように注意して移動させないといけない。けど、師匠にはたぶん別の依頼もされている。俺だと実力が足りないのか、そっちは教えてもらえなかった。クトス山の山頂に何かあるのかもしれない。俺が師匠について行っても問題なければ、わざわざ残るような指示を出したりはしないはずだ。のこのこ迎えに行ったら怒られるだろうか。怒られるのはやだけど、師匠がいないのも嫌だ。
 あと十数える間に師匠が戻ってこなかったら行こうと決めて、八数えたところで宿の扉が叩かれた。
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