18 / 116
闘犬、番犬、躾けられてお預け
2-1
しおりを挟む
「へー、じゃあ今聖女候補さまたちが町にいっぱいいるわけだ」
「いっぱいって言っても、三人だけど」
「三人でも多いだろ、聖女さまどころか、候補だって滅多にいないらしいし」
新しいご当地グルメだというリンゴのサンドイッチを頬張りながら、聖女候補って可愛いのか、とアカシがニヤニヤ笑った。可愛いと思う人もいれば、そうでもないと思う人もいるんじゃないか、と投げやりに答えておいて、俺もリンゴのサンドイッチを食べてみる。
甘く煮たリンゴが挟んであるだけで、リンゴのジャムサンドと何が違うのか、正直わからない。べたべたしないからジャムではない、とは言えるけど。
「ったく、お前自分がイケメンだからってなー、まあお前の姉ちゃんも美人だったけど」
「……それなんだけど」
どう切り出せばいいのかわからなかったから、話が自然とそっちに向かったのはありがたい。
「どれなんだけど?」
「……俺の、ねえちゃん? って、今どこにいるか知ってる?」
姉ちゃんという言葉が言い慣れない。少しつっかえながら聞くと、アカシがきょとんと目を丸くした。
「お前姉ちゃん探して旅してるんじゃなかったの?」
「……いやまったく」
「マジかよ……」
信じられない、みたいな顔をされたけど、本当に一度も考えたことがなかったから、口を噤むしかなかった。
一応、わかってはいる。一般的に、血の繋がりというのは強固なもので、家族として助け合って生きていることが多いというのも知っている。けど、俺は自分の血縁、家族についての記憶が全くない。親が魔物に殺されて孤児になった、というのも、他の人から聞いて知った話だ。その時の俺はまだ小さくて、覚えていられるような年じゃなかったらしい。
いろんな人に後から聞いた話によると、まだ小さい俺を連れて、いくらか自分のことは出来るようになったくらいの年の姉が、どこかからトルポに来たらしい。住んでいたところが魔物に襲われて、親に言われて必死に逃げてきたようだ。当時はまだ大きな町にしか第二騎士団の警備部隊がいなかったから、そんなのはよくあることだったそうだ。
そういうよくいる孤児としてトルポに流れついた姉と俺は、すぐに孤児の集団に吸収されたものの、姉の方は何と五日ほどで姿が見えなくなったらしい。誰かにかどわかされたのか、孤児生活に馴染めなくてどこかにまた一人で逃げていったのか、何があったのかは誰にもわからなかった。ひとまずの事実として、俺一人が残された。
ちょうど姉と同じくらいの年だったアカシが、その後何くれとなく面倒を見てくれて、小さかった俺は死なずに済んだ。だからアカシは俺の姉の顔も覚えているし、俺も何となく付き合いやすい相手として関わり続けている。
「うーん、当時の仲間の居所とか、生きてる死んでるみたいなのはだいたいわかってるけど……お前の姉ちゃんのことは全然だ」
ごめんな、と謝られるのに首を振る。積極的に知りたいと思って尋ねたわけでもない。
「……この前、家族がどこにいるのか聞かれて答えられなかったから」
目的はよくわからなかったけど、こちらとしても答えを持ち合わせていなかったから、結局何も答えなかった。質問の意図がわかりませんが、みたいな顔をしてすっとぼけてしまったから、ちょっと気になっていたのだ。
騎士団の演習に参加して、そういう質問をされたことをアカシに話したら、予想外にすごく渋い顔をされた。
「……いいかクロイチ、そういうのにはな、姉ちゃんのことは答えなくていい。親が魔物に殺されて孤児なんです、だけ言っとけ」
「何で?」
返された内容も予想外で、子供みたいに聞き返してしまった。
「仲良くなったわけでもないのにそういうの聞いてくるやつは、だいたいこっちを利用しようとしてるやつだ。お前自分が思ってる以上にうまそうな餌に育ってるからな? 取っ掛かり作ってやることないんだ、気をつけろよ」
実際に孤児仲間がやられたことがあるそうだけど、家族を人質に言うことを聞けと脅されたらしい。血縁を大事にするようなやつは逆らえないんだろう。
英雄がついてるから大丈夫だとは思うけど、とも言われて、そっちには内心で首を傾げた。師匠が俺を助けようと動くとか、想像すらできない。自分で何とかしろと怒られる方がリアルだ。
「まあ、お前は顔も覚えてないし名前も知らないし、向こうもまさか英雄の弟子が自分の弟なんて思わないだろ。会いたくてめちゃくちゃ探してるってんじゃなけりゃ、そっとしておけよ」
「……そうする」
記憶にもない姉を人質にされても、何も感じないと思う。でも、それで動揺しないというのは外聞が悪い、ということは理解出来る。生きているのか死んでいるのかも知らないけど、向こうも探していないだろうし、アカシの言う通りこのままでいいだろう。
納得してリンゴのサンドイッチを全部口に入れたところで、誰かが近付いてきた。
「あれ、ニール、さぼりー?」
「ちげーよ、今日はもうあがりなの!」
アカシの知り合いらしいけど、ニールって誰だ。
「ニール?」
「……クロイチ、まさかと思うけど、オレの名前忘れてた?」
「……なまえ?」
そこで知った。
アカシは、アカシじゃなくてニールという名前だったことを。
そして、クロイチが自分の名前じゃないことを。
「いっぱいって言っても、三人だけど」
「三人でも多いだろ、聖女さまどころか、候補だって滅多にいないらしいし」
新しいご当地グルメだというリンゴのサンドイッチを頬張りながら、聖女候補って可愛いのか、とアカシがニヤニヤ笑った。可愛いと思う人もいれば、そうでもないと思う人もいるんじゃないか、と投げやりに答えておいて、俺もリンゴのサンドイッチを食べてみる。
甘く煮たリンゴが挟んであるだけで、リンゴのジャムサンドと何が違うのか、正直わからない。べたべたしないからジャムではない、とは言えるけど。
「ったく、お前自分がイケメンだからってなー、まあお前の姉ちゃんも美人だったけど」
「……それなんだけど」
どう切り出せばいいのかわからなかったから、話が自然とそっちに向かったのはありがたい。
「どれなんだけど?」
「……俺の、ねえちゃん? って、今どこにいるか知ってる?」
姉ちゃんという言葉が言い慣れない。少しつっかえながら聞くと、アカシがきょとんと目を丸くした。
「お前姉ちゃん探して旅してるんじゃなかったの?」
「……いやまったく」
「マジかよ……」
信じられない、みたいな顔をされたけど、本当に一度も考えたことがなかったから、口を噤むしかなかった。
一応、わかってはいる。一般的に、血の繋がりというのは強固なもので、家族として助け合って生きていることが多いというのも知っている。けど、俺は自分の血縁、家族についての記憶が全くない。親が魔物に殺されて孤児になった、というのも、他の人から聞いて知った話だ。その時の俺はまだ小さくて、覚えていられるような年じゃなかったらしい。
いろんな人に後から聞いた話によると、まだ小さい俺を連れて、いくらか自分のことは出来るようになったくらいの年の姉が、どこかからトルポに来たらしい。住んでいたところが魔物に襲われて、親に言われて必死に逃げてきたようだ。当時はまだ大きな町にしか第二騎士団の警備部隊がいなかったから、そんなのはよくあることだったそうだ。
そういうよくいる孤児としてトルポに流れついた姉と俺は、すぐに孤児の集団に吸収されたものの、姉の方は何と五日ほどで姿が見えなくなったらしい。誰かにかどわかされたのか、孤児生活に馴染めなくてどこかにまた一人で逃げていったのか、何があったのかは誰にもわからなかった。ひとまずの事実として、俺一人が残された。
ちょうど姉と同じくらいの年だったアカシが、その後何くれとなく面倒を見てくれて、小さかった俺は死なずに済んだ。だからアカシは俺の姉の顔も覚えているし、俺も何となく付き合いやすい相手として関わり続けている。
「うーん、当時の仲間の居所とか、生きてる死んでるみたいなのはだいたいわかってるけど……お前の姉ちゃんのことは全然だ」
ごめんな、と謝られるのに首を振る。積極的に知りたいと思って尋ねたわけでもない。
「……この前、家族がどこにいるのか聞かれて答えられなかったから」
目的はよくわからなかったけど、こちらとしても答えを持ち合わせていなかったから、結局何も答えなかった。質問の意図がわかりませんが、みたいな顔をしてすっとぼけてしまったから、ちょっと気になっていたのだ。
騎士団の演習に参加して、そういう質問をされたことをアカシに話したら、予想外にすごく渋い顔をされた。
「……いいかクロイチ、そういうのにはな、姉ちゃんのことは答えなくていい。親が魔物に殺されて孤児なんです、だけ言っとけ」
「何で?」
返された内容も予想外で、子供みたいに聞き返してしまった。
「仲良くなったわけでもないのにそういうの聞いてくるやつは、だいたいこっちを利用しようとしてるやつだ。お前自分が思ってる以上にうまそうな餌に育ってるからな? 取っ掛かり作ってやることないんだ、気をつけろよ」
実際に孤児仲間がやられたことがあるそうだけど、家族を人質に言うことを聞けと脅されたらしい。血縁を大事にするようなやつは逆らえないんだろう。
英雄がついてるから大丈夫だとは思うけど、とも言われて、そっちには内心で首を傾げた。師匠が俺を助けようと動くとか、想像すらできない。自分で何とかしろと怒られる方がリアルだ。
「まあ、お前は顔も覚えてないし名前も知らないし、向こうもまさか英雄の弟子が自分の弟なんて思わないだろ。会いたくてめちゃくちゃ探してるってんじゃなけりゃ、そっとしておけよ」
「……そうする」
記憶にもない姉を人質にされても、何も感じないと思う。でも、それで動揺しないというのは外聞が悪い、ということは理解出来る。生きているのか死んでいるのかも知らないけど、向こうも探していないだろうし、アカシの言う通りこのままでいいだろう。
納得してリンゴのサンドイッチを全部口に入れたところで、誰かが近付いてきた。
「あれ、ニール、さぼりー?」
「ちげーよ、今日はもうあがりなの!」
アカシの知り合いらしいけど、ニールって誰だ。
「ニール?」
「……クロイチ、まさかと思うけど、オレの名前忘れてた?」
「……なまえ?」
そこで知った。
アカシは、アカシじゃなくてニールという名前だったことを。
そして、クロイチが自分の名前じゃないことを。
22
あなたにおすすめの小説
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!
めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。
目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。
二度と同じ運命はたどりたくない。
家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。
だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる