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闘犬、番犬、躾けられてお預け
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「へー、じゃあ今聖女候補さまたちが町にいっぱいいるわけだ」
「いっぱいって言っても、三人だけど」
「三人でも多いだろ、聖女さまどころか、候補だって滅多にいないらしいし」
新しいご当地グルメだというリンゴのサンドイッチを頬張りながら、聖女候補って可愛いのか、とアカシがニヤニヤ笑った。可愛いと思う人もいれば、そうでもないと思う人もいるんじゃないか、と投げやりに答えておいて、俺もリンゴのサンドイッチを食べてみる。
甘く煮たリンゴが挟んであるだけで、リンゴのジャムサンドと何が違うのか、正直わからない。べたべたしないからジャムではない、とは言えるけど。
「ったく、お前自分がイケメンだからってなー、まあお前の姉ちゃんも美人だったけど」
「……それなんだけど」
どう切り出せばいいのかわからなかったから、話が自然とそっちに向かったのはありがたい。
「どれなんだけど?」
「……俺の、ねえちゃん? って、今どこにいるか知ってる?」
姉ちゃんという言葉が言い慣れない。少しつっかえながら聞くと、アカシがきょとんと目を丸くした。
「お前姉ちゃん探して旅してるんじゃなかったの?」
「……いやまったく」
「マジかよ……」
信じられない、みたいな顔をされたけど、本当に一度も考えたことがなかったから、口を噤むしかなかった。
一応、わかってはいる。一般的に、血の繋がりというのは強固なもので、家族として助け合って生きていることが多いというのも知っている。けど、俺は自分の血縁、家族についての記憶が全くない。親が魔物に殺されて孤児になった、というのも、他の人から聞いて知った話だ。その時の俺はまだ小さくて、覚えていられるような年じゃなかったらしい。
いろんな人に後から聞いた話によると、まだ小さい俺を連れて、いくらか自分のことは出来るようになったくらいの年の姉が、どこかからトルポに来たらしい。住んでいたところが魔物に襲われて、親に言われて必死に逃げてきたようだ。当時はまだ大きな町にしか第二騎士団の警備部隊がいなかったから、そんなのはよくあることだったそうだ。
そういうよくいる孤児としてトルポに流れついた姉と俺は、すぐに孤児の集団に吸収されたものの、姉の方は何と五日ほどで姿が見えなくなったらしい。誰かにかどわかされたのか、孤児生活に馴染めなくてどこかにまた一人で逃げていったのか、何があったのかは誰にもわからなかった。ひとまずの事実として、俺一人が残された。
ちょうど姉と同じくらいの年だったアカシが、その後何くれとなく面倒を見てくれて、小さかった俺は死なずに済んだ。だからアカシは俺の姉の顔も覚えているし、俺も何となく付き合いやすい相手として関わり続けている。
「うーん、当時の仲間の居所とか、生きてる死んでるみたいなのはだいたいわかってるけど……お前の姉ちゃんのことは全然だ」
ごめんな、と謝られるのに首を振る。積極的に知りたいと思って尋ねたわけでもない。
「……この前、家族がどこにいるのか聞かれて答えられなかったから」
目的はよくわからなかったけど、こちらとしても答えを持ち合わせていなかったから、結局何も答えなかった。質問の意図がわかりませんが、みたいな顔をしてすっとぼけてしまったから、ちょっと気になっていたのだ。
騎士団の演習に参加して、そういう質問をされたことをアカシに話したら、予想外にすごく渋い顔をされた。
「……いいかクロイチ、そういうのにはな、姉ちゃんのことは答えなくていい。親が魔物に殺されて孤児なんです、だけ言っとけ」
「何で?」
返された内容も予想外で、子供みたいに聞き返してしまった。
「仲良くなったわけでもないのにそういうの聞いてくるやつは、だいたいこっちを利用しようとしてるやつだ。お前自分が思ってる以上にうまそうな餌に育ってるからな? 取っ掛かり作ってやることないんだ、気をつけろよ」
実際に孤児仲間がやられたことがあるそうだけど、家族を人質に言うことを聞けと脅されたらしい。血縁を大事にするようなやつは逆らえないんだろう。
英雄がついてるから大丈夫だとは思うけど、とも言われて、そっちには内心で首を傾げた。師匠が俺を助けようと動くとか、想像すらできない。自分で何とかしろと怒られる方がリアルだ。
「まあ、お前は顔も覚えてないし名前も知らないし、向こうもまさか英雄の弟子が自分の弟なんて思わないだろ。会いたくてめちゃくちゃ探してるってんじゃなけりゃ、そっとしておけよ」
「……そうする」
記憶にもない姉を人質にされても、何も感じないと思う。でも、それで動揺しないというのは外聞が悪い、ということは理解出来る。生きているのか死んでいるのかも知らないけど、向こうも探していないだろうし、アカシの言う通りこのままでいいだろう。
納得してリンゴのサンドイッチを全部口に入れたところで、誰かが近付いてきた。
「あれ、ニール、さぼりー?」
「ちげーよ、今日はもうあがりなの!」
アカシの知り合いらしいけど、ニールって誰だ。
「ニール?」
「……クロイチ、まさかと思うけど、オレの名前忘れてた?」
「……なまえ?」
そこで知った。
アカシは、アカシじゃなくてニールという名前だったことを。
そして、クロイチが自分の名前じゃないことを。
「いっぱいって言っても、三人だけど」
「三人でも多いだろ、聖女さまどころか、候補だって滅多にいないらしいし」
新しいご当地グルメだというリンゴのサンドイッチを頬張りながら、聖女候補って可愛いのか、とアカシがニヤニヤ笑った。可愛いと思う人もいれば、そうでもないと思う人もいるんじゃないか、と投げやりに答えておいて、俺もリンゴのサンドイッチを食べてみる。
甘く煮たリンゴが挟んであるだけで、リンゴのジャムサンドと何が違うのか、正直わからない。べたべたしないからジャムではない、とは言えるけど。
「ったく、お前自分がイケメンだからってなー、まあお前の姉ちゃんも美人だったけど」
「……それなんだけど」
どう切り出せばいいのかわからなかったから、話が自然とそっちに向かったのはありがたい。
「どれなんだけど?」
「……俺の、ねえちゃん? って、今どこにいるか知ってる?」
姉ちゃんという言葉が言い慣れない。少しつっかえながら聞くと、アカシがきょとんと目を丸くした。
「お前姉ちゃん探して旅してるんじゃなかったの?」
「……いやまったく」
「マジかよ……」
信じられない、みたいな顔をされたけど、本当に一度も考えたことがなかったから、口を噤むしかなかった。
一応、わかってはいる。一般的に、血の繋がりというのは強固なもので、家族として助け合って生きていることが多いというのも知っている。けど、俺は自分の血縁、家族についての記憶が全くない。親が魔物に殺されて孤児になった、というのも、他の人から聞いて知った話だ。その時の俺はまだ小さくて、覚えていられるような年じゃなかったらしい。
いろんな人に後から聞いた話によると、まだ小さい俺を連れて、いくらか自分のことは出来るようになったくらいの年の姉が、どこかからトルポに来たらしい。住んでいたところが魔物に襲われて、親に言われて必死に逃げてきたようだ。当時はまだ大きな町にしか第二騎士団の警備部隊がいなかったから、そんなのはよくあることだったそうだ。
そういうよくいる孤児としてトルポに流れついた姉と俺は、すぐに孤児の集団に吸収されたものの、姉の方は何と五日ほどで姿が見えなくなったらしい。誰かにかどわかされたのか、孤児生活に馴染めなくてどこかにまた一人で逃げていったのか、何があったのかは誰にもわからなかった。ひとまずの事実として、俺一人が残された。
ちょうど姉と同じくらいの年だったアカシが、その後何くれとなく面倒を見てくれて、小さかった俺は死なずに済んだ。だからアカシは俺の姉の顔も覚えているし、俺も何となく付き合いやすい相手として関わり続けている。
「うーん、当時の仲間の居所とか、生きてる死んでるみたいなのはだいたいわかってるけど……お前の姉ちゃんのことは全然だ」
ごめんな、と謝られるのに首を振る。積極的に知りたいと思って尋ねたわけでもない。
「……この前、家族がどこにいるのか聞かれて答えられなかったから」
目的はよくわからなかったけど、こちらとしても答えを持ち合わせていなかったから、結局何も答えなかった。質問の意図がわかりませんが、みたいな顔をしてすっとぼけてしまったから、ちょっと気になっていたのだ。
騎士団の演習に参加して、そういう質問をされたことをアカシに話したら、予想外にすごく渋い顔をされた。
「……いいかクロイチ、そういうのにはな、姉ちゃんのことは答えなくていい。親が魔物に殺されて孤児なんです、だけ言っとけ」
「何で?」
返された内容も予想外で、子供みたいに聞き返してしまった。
「仲良くなったわけでもないのにそういうの聞いてくるやつは、だいたいこっちを利用しようとしてるやつだ。お前自分が思ってる以上にうまそうな餌に育ってるからな? 取っ掛かり作ってやることないんだ、気をつけろよ」
実際に孤児仲間がやられたことがあるそうだけど、家族を人質に言うことを聞けと脅されたらしい。血縁を大事にするようなやつは逆らえないんだろう。
英雄がついてるから大丈夫だとは思うけど、とも言われて、そっちには内心で首を傾げた。師匠が俺を助けようと動くとか、想像すらできない。自分で何とかしろと怒られる方がリアルだ。
「まあ、お前は顔も覚えてないし名前も知らないし、向こうもまさか英雄の弟子が自分の弟なんて思わないだろ。会いたくてめちゃくちゃ探してるってんじゃなけりゃ、そっとしておけよ」
「……そうする」
記憶にもない姉を人質にされても、何も感じないと思う。でも、それで動揺しないというのは外聞が悪い、ということは理解出来る。生きているのか死んでいるのかも知らないけど、向こうも探していないだろうし、アカシの言う通りこのままでいいだろう。
納得してリンゴのサンドイッチを全部口に入れたところで、誰かが近付いてきた。
「あれ、ニール、さぼりー?」
「ちげーよ、今日はもうあがりなの!」
アカシの知り合いらしいけど、ニールって誰だ。
「ニール?」
「……クロイチ、まさかと思うけど、オレの名前忘れてた?」
「……なまえ?」
そこで知った。
アカシは、アカシじゃなくてニールという名前だったことを。
そして、クロイチが自分の名前じゃないことを。
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