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闘犬、番犬、躾けられてお預け
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その山麓の町の一つ手前、トルポの町に着いたのは、まだ日も高いうちだった。けど今からここを出ても次の町に着く前に日が暮れてしまうので、それぞれゆっくり疲れを癒そうという雰囲気で解散することになった。聖女候補たちが掛けるお誘いをしらっと回避する師匠に恐る恐る近付いて、別行動を申し出る。
「明日の出立には遅れるなよ」
余所行きの品行方正モードの師匠だ。見た目に相応しい爽やかな笑みを浮かべて許可をくれた。普段だったら「いちいち聞いてくんな馬鹿犬」のはずだから、まるで違う人みたいでちょっとぞわぞわする。
ただ、何か言おうものなら後でとんでもない目に遭うのもわかりきっているから、藪はつつかない。師匠に振られた聖女候補たちが、じゃあとばかりにこちらにも声をかけてきたけど、どうにかこうにか断って集団から離れた。
師匠は知っていて何も言わない、んだとは思うけど、トルポは俺が叩き出された町だ。昔はもっと治安が悪くて、孤児や家のない人があちこちに座り込んでいた。生きているか死んでいるかわからない人が道のすぐ傍に転がっていて、家族もない人が死んだら獣や鳥に死肉を貪られる。魔物から身を守ったり、自分たちの食料を確保するのに誰もが精いっぱいだったから、俺もそれは当たり前のことなんだと思っていた。
ただ、クトス山に向かう巡礼とか聖女認定の旅人は必ずこの町を通るし、いい感じにお金を落とすことに気付いた町長が、あれこれ対策して安全な町に生まれ変わらせたんだそうだ。当時の孤児仲間からそう聞いた。お土産品の店を建てたり、ご当地グルメを作ったり、働き口も出来たから人も増えているらしい。
ただ、お土産には別に用がなくて、町に住んでいる人が使うような、生活雑貨の店に足を踏み入れる。
「いらっしゃい! って、クロイチ!」
俺より少し年上の、赤毛の男が快活な声を上げた。こいつが暗い声を出しているところを、俺は見たことがない。
ところで、こういう時は何て言うんだっけ。
「……久しぶり」
ぎりぎり不自然でない時間で思い出せたと思う。俺も師匠と同じように誰かと連絡を取ったりしないから、親交を深めるというか、旧交を温めるというか、そういうことは苦手だ。そもそも、連絡を取る相手がいないだけだけど。
「ほんと久しぶりだな! 元気だったか? 時間あるなら何かちょっとしたもんでも食いに行こうぜ! あ、ちょっと待っててくれよ、オヤジさんに今日はもうあがらせてもらえないか、聞いて来るから!」
情報量が多い。
圧倒されたまま頷いて、待つことにした。俺も聞いてみたいことがあってわざわざここに来たから、時間を作ってくれるならそれに甘えたい。
昔の孤児仲間には、生きているのもいればもう死んだのもいて、この町を離れたやつもいる。残っている中でも、この店で働いているやつは俺にとっては付き合いやすい相手で、トルポに来た時には一応、気が向けば会うようにしている。
昔トルポに来ても何もしなかったら、知り合いくらいいるだろうが会ってこい、べたべた俺にくっつくな、と師匠に蹴り出されたことがあるから。
「クロイチ、あがれそうだからさ、もう少し待ってて」
「わかった」
店の中にいるのも邪魔だろうから、外に出て待つことにする。
クロイチなんて呼ばれるのも久しぶりだ。孤児の仲間にしか呼ばれなかったけど、他の呼び名といえば師匠の「馬鹿犬」か、モンドールさんの「狂犬ちゃん」か、ラクレイン団長の「猟犬くん」くらいだ。
なんか犬縛りでもされてるんだろうか。俺のことだとわかれば何でもいいけど。
「お待たせ!」
「ううん、アカシ、ありがとう」
ようやく思い出した。当時の孤児仲間だったこいつの名前は、アカシだ。
「明日の出立には遅れるなよ」
余所行きの品行方正モードの師匠だ。見た目に相応しい爽やかな笑みを浮かべて許可をくれた。普段だったら「いちいち聞いてくんな馬鹿犬」のはずだから、まるで違う人みたいでちょっとぞわぞわする。
ただ、何か言おうものなら後でとんでもない目に遭うのもわかりきっているから、藪はつつかない。師匠に振られた聖女候補たちが、じゃあとばかりにこちらにも声をかけてきたけど、どうにかこうにか断って集団から離れた。
師匠は知っていて何も言わない、んだとは思うけど、トルポは俺が叩き出された町だ。昔はもっと治安が悪くて、孤児や家のない人があちこちに座り込んでいた。生きているか死んでいるかわからない人が道のすぐ傍に転がっていて、家族もない人が死んだら獣や鳥に死肉を貪られる。魔物から身を守ったり、自分たちの食料を確保するのに誰もが精いっぱいだったから、俺もそれは当たり前のことなんだと思っていた。
ただ、クトス山に向かう巡礼とか聖女認定の旅人は必ずこの町を通るし、いい感じにお金を落とすことに気付いた町長が、あれこれ対策して安全な町に生まれ変わらせたんだそうだ。当時の孤児仲間からそう聞いた。お土産品の店を建てたり、ご当地グルメを作ったり、働き口も出来たから人も増えているらしい。
ただ、お土産には別に用がなくて、町に住んでいる人が使うような、生活雑貨の店に足を踏み入れる。
「いらっしゃい! って、クロイチ!」
俺より少し年上の、赤毛の男が快活な声を上げた。こいつが暗い声を出しているところを、俺は見たことがない。
ところで、こういう時は何て言うんだっけ。
「……久しぶり」
ぎりぎり不自然でない時間で思い出せたと思う。俺も師匠と同じように誰かと連絡を取ったりしないから、親交を深めるというか、旧交を温めるというか、そういうことは苦手だ。そもそも、連絡を取る相手がいないだけだけど。
「ほんと久しぶりだな! 元気だったか? 時間あるなら何かちょっとしたもんでも食いに行こうぜ! あ、ちょっと待っててくれよ、オヤジさんに今日はもうあがらせてもらえないか、聞いて来るから!」
情報量が多い。
圧倒されたまま頷いて、待つことにした。俺も聞いてみたいことがあってわざわざここに来たから、時間を作ってくれるならそれに甘えたい。
昔の孤児仲間には、生きているのもいればもう死んだのもいて、この町を離れたやつもいる。残っている中でも、この店で働いているやつは俺にとっては付き合いやすい相手で、トルポに来た時には一応、気が向けば会うようにしている。
昔トルポに来ても何もしなかったら、知り合いくらいいるだろうが会ってこい、べたべた俺にくっつくな、と師匠に蹴り出されたことがあるから。
「クロイチ、あがれそうだからさ、もう少し待ってて」
「わかった」
店の中にいるのも邪魔だろうから、外に出て待つことにする。
クロイチなんて呼ばれるのも久しぶりだ。孤児の仲間にしか呼ばれなかったけど、他の呼び名といえば師匠の「馬鹿犬」か、モンドールさんの「狂犬ちゃん」か、ラクレイン団長の「猟犬くん」くらいだ。
なんか犬縛りでもされてるんだろうか。俺のことだとわかれば何でもいいけど。
「お待たせ!」
「ううん、アカシ、ありがとう」
ようやく思い出した。当時の孤児仲間だったこいつの名前は、アカシだ。
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