小さなお姫様と小さな兎

砂臥 環

文字の大きさ
上 下
30 / 31

シャルロッテ⑰

しおりを挟む

初日はヴィーダー公爵夫妻やジルゼ先生のご兄弟夫妻にご挨拶し、あとはその幼いお子様達と遊んたりしてゆっくり過ごしたのだけれど。
その際懐かれたらしく、殿下と通信をした翌日もお子様達と遊ぶことになった。

お子様達と触れ合うのは結構楽しかったのだけど、一人が『外に出て遊ぶ』と言い出して。
私も少しだけ仲間に交ざったけれど、子供達の体力についていけなくなりそうになる前に、ジルゼ先生と下のお兄様の奥様であるロジーネ様にお茶と称した助け舟を出された。

「馬鹿正直に相手することないんだよ。 相手はゴブリンの群れみたいなモンだぞ? 私も以前酷い目に遭ったが、小さいモンスターだ。 知らん間に増えてデカくなってるのだから堪らん」
「まあ、ジルゼ様ったら」

大分酷い比喩だけど、ジルゼ先生らしい。ロジーネ様も気分を害した様子もなくコロコロと笑っている。

「私と兄とロジーネは幼馴染みなんだ」
「そうなんですか?」
「ええ。 旦那様とはジルゼ様より兄妹みたいな感じだったから、婚約が決まった時は互いに少し困ってしまったの。 異性として見れなくて」
「ええっ? 信じられません!」

挨拶に行った際、ロジーネ様と旦那様はまるで新婚夫婦みたいな感じだったから、私は驚いてしまったの。
おふたりともまだ30代にはなっていないと思うけれど、上のお子様は7、8歳。結婚は少なくともそれ以上の長さの筈なのに。

「よせ、シャルロッテ嬢。 私はもうコイツらの惚気を耳が腐る程聞いている」
「あら、お耳が? ではまだ無事だから大丈夫ですわね! あれは私がまだシャルロッテ様くらいの歳の頃、15の夏でしたわ……」

要約するとデートで出掛けた時人混みで手を繋いだ時に、その手はかつての大きさではなくそこで初めて意識して……みたいな話。
こうして要約すると、とても些細で普遍的だけれど、とても素敵な話だった。

「心って変わっていくものですもの。 長い間一緒にいると悪い方に振れることもあったりしたのだけれど、それでも互いに相手と真摯に向き合えるのなら、きっと大丈夫なのだと思うのです」
「……まさに『病める時も健やかなる時も』という誓いの言葉通りですね」

私は感じ入るものがあったのだけれど、ジルゼ先生は「病んだ際、巻き込まれた方はたまったもんじゃないがな」と心底嫌そうな顔をしていた。

(心は変わっていくもの、かぁ……)

きっと、そうなのだろう…………とは思うのだけど。




「やあ、シャルロッテ」
「……ご機嫌よう、殿下」
「返事は決まった?」
「う~ん、なんとなくは」

──翌日。殿下との通信では互いにもう変な緊張感はなかった。
私の最初の返事に殿下は「早いね?」とちょっと意外そう。『まだ決められない』だと思っていたっぽい。

「殿下、今日はお時間は?」
「ちゃんと開けてあるから問題ないよ。 前回は長すぎて流石にコンラートに怒られてしまったけどね」 

通信機とは関係ないので意図するところではなかったのかもしれないけれど、ヴィーダー公爵家の皆様とご交流できたのは、とても良かったわ。

ロジーネ様と旦那様を始め、それぞれ少し違う感じで仲の良いご夫妻。
既に個性が溢れる幼い子供達。

きっと誰かに相談しても、誰かの考えを聞いて余計に迷っただけのような気がするけれど、それらは情報過多で混乱気味だった私の頭と心を整えてくれたの。

「じゃあお話しましょう、殿下。 それでちゃんと決めます」
「ああ、成程? ……ふふっ、なんだか試されてるみたいで怖いなぁ」

殿下はそういつものように笑う。

「『嘘は吐かない』って言ってくれましたよね?」
「うん。 僕は嘘があまり好きじゃないんでね……言えないことや言いたくないことは、そう言うよ」

私も笑った。

嘘は私もあまり好きじゃないの。
それがたとえ、誰かからの優しさであったとしても。




「正直に言うと、殿下は狡いと思うわ」
「ええと、それは否定できないけど……どういう意味で?」
「私に選択肢を与えたようでいて、その実全く選びようがないところです」

恋愛音痴の私には多分、在学中に『恋人や好きな人を見つける』のはまず無理。
そうすると、婚約が先になるに違いないわけで。

だけど殿下からのお話で、お姉様の衝撃的な事実を知って。いつまでも私だけには何も教えてくれずにいた、両親に対する不信感は更に増している。

親に言われてお見合いをする場合、相手がどんな方であれ最初の印象は多分悪いわ。

「それに信頼関係がある程度できている殿下に『婚約を前提として恋人に』と言われたんです。 一目で恋にでも落ちない限り他の誰を紹介されても、きっと殿下と比べてしまいます。 きっと相手は不愉快でしょう」

私は別に殿下のことを男性という意味で特別意識したことはないけれど、少なくとも見た目は素敵だとは思う。
性格は……外面はいいけれど、割と偏屈なんじゃないかしら。ちょっと難しい人。 
でも特にそれを負担に感じたり不愉快に思ったりということもないわ。 

「……それは僕と婚約をしてくれるってこと?」
「いいえ? 『恋愛とかよくわからないけれど多分、婚約者になったら殿下を好きになるのではないかしら』という話です。 ちゃんと大事にしてくださるなら」
「勿論──」
「あともうひとつ。 『比べられるのは誰だって不愉快』ってことかしら」
「!」

殿下は私の言おうとしていることをわかってくださったみたいだった。

──『お姉様』という存在を抜きにして、殿下のことを考えてみようと思ったのだけれど。

(でも、そもそもその前提はなくならないんじゃないかしら)

たとえ心が変わるものだとしても、私と殿下の中には『ギルベルタお姉様』が強く存在する。
私が殿下を好きになったとしたら、きっとそれがとても気になると思うの。

『互いに相手と真摯に向き合えるなら』

だからきっと、問題はここ。

「殿下の推測したお姉様のお気持ちやそこに至るまでの経緯ではなく、今の殿下の、お姉様と私へのお気持ちです。 私が答えを出す為にはそれが必要だわ」 

お姉様との婚約解消と、それを18手前まで待つ具体的理由は別にいい。
でもそこにある気持ちがなんなのかを知らなくては、もし婚約や婚姻をしてもきっと上手くいかない……そう思ったから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生した悪役令嬢の断罪

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:6,169pt お気に入り:1,592

100のキスをあなたに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,242pt お気に入り:69

ぼくの言の葉がきみに舞う

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:958pt お気に入り:35

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:20,461pt お気に入り:978

図書室の名前

青春 / 完結 24h.ポイント:1,334pt お気に入り:0

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,902pt お気に入り:7,098

愛する事はないと言ってくれ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:23,092pt お気に入り:118

処理中です...